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『Get Hype!』刊行に寄せて

北陸有数、というよりもはや世界的なラップレコードのコレクターであるKoichiro氏が自身のコレクションを元にしたビジュアルアート集を来月5日に発表する。その名も『Get Hype! - A Collection of Hip Hop Ads, Promo Kits & Records』。タイトルの「Get Hype」は掛詞になっていて、そのまま「盛り上がれ(Get Hype)」という意味の俗語的表現と、「広告=Hype」を取り上げたアート集であるということがここで表現されている。

紙面イメージ(Mobb Deep / The Infamous)

本作は主に見開きでページが構成されており、右側に当時のラップの雑誌広告をスキャンしたもの、そして左側に当該広告に関連したレコード、関係者のみに配布されたアーティストの宣材資料、プロモグッズといった貴重な資材のスキャンが全ページフルカラーで掲載されている格好だ。恐らく世界的にみても本作のような形でレコードのみならず関連アイテムを蒐集しているラップコレクターはほとんど存在しないのではないかと思われる。とりわけ当時のプレス向けの販促資材、すなわち「プレスシート」は入手困難であるらしく、本書以外の場で一般のラップファンが目にする機会はまずないだろう。

本アート集は特徴として「Hype」つまり「雑誌広告」のスキャンをメインに据えているため、その多くが30年以上前の宣材といえども、厳密に捉えるなら、著作権的にはなかなか難渋する内容となっている。それでも、ラップはそもそもサンプリングやミックステープといった同じく既存の著作権という概念と相克する表現形態を通して発展してきたカルチャーであるし、ここまで一貫して各アーティスト毎にラップの宣材をまとめ上げている媒体はおそらく他に存在しないため、この度著者もグレーゾーンであることは承知の上、比較的自由に創作できる「自費出版」の形で公開することになったという。また、本作は売上から必要経費を除いた金額が、ヒップホップアーティストの権利向上を目的とした米国の非営利団体Hip Hop Allianceへ寄付されるとのことで、ヒップホップ誕生50周年の節目となる本年、あくまで「文化の保存」を主眼に企画されたことに留意されたい。

思えば最初にKoichiro氏から出版の意向を伺ったのは2018年のことだった。それから足掛け5年でようやく『Never Get Enough』という中綴じZineが本年5月に制作された格好である。元々膨大なラップ関連アイテムのコレクションを誇る人物であるということは認識していたが、いざそれが形になった時にはなかなか衝撃的だった。しかも氏曰く「『Never Get Enough』はあくまでプロモ用の小冊子で、本番の冊子は倍のページ数を予定しているんです」と。。。

しかるに『Get Hype!』は同作の完全版というわけだが、紆余曲折あってこの制作に本年6月頃から参加していた(ちなみに『Never Get Enough』には直接関わっていない)。今は離れてしまったのだが、元々広告・出版業界のバックグランドがあり、私自身も完全自主(つまり独力)で『Hip Hop Anti-GAG Magazine』という雑誌を制作した過去があるため、そのノウハウを『Get Hype!』には惜しみなく注入したつもりだ。

ここからはかなりテクニカルな話になってしまうのだけれども、『Get Hype!』に関わった人間として、本アート集の購買意欲が多少なりとも高まるような情報を提示しておきたい。まず、計550点以上にのぼる本書のスキャン画像は全て印刷用に色調補正済み(低予算の出版物だとやらない場合が多い)。また、本書に使用される用紙だが、本文も表紙もZineではまずあり得ない極厚仕様で、画集や図鑑相当のものが用いられる予定だ。手前味噌ながら、本誌は通常の美術誌にも全く引けを取らないクオリティで制作されているし、はっきり言ってこれを自費で、しかもあの金額で実現するのは狂っていると思う。その他、英語表記などの確認もちゃんとしているため、本書は完全に”英書”になっている(そのまま英語圏で流通できる)。恐らく海外での方がよっぽど需要があるのではないだろうか。本書のマーケティングには関わっていないので、正直もったいないなと思いながら眺めていたりする。

最後に笑い話をひとつ。『Get Hype!』の表紙は当初Koichiro氏が用意したイメージ写真を元に制作する予定だったのだが、なかなか使用できる画像がなかったので、全て合成することになった。ただし、そこは流石こだわりの強いコレクター、当初案で示したイメージにジャバラノートが写り込んでいたのだが、「本書制作にジャバラノートは使っていない」ということで、実はNas『It Was Written』の販促資材(当時モノ)をその上に合成してはめ込んでいる。長年アートディレクションをしてきたが、こんな注文は初めてだった。紙面もぜひ実物を手に取って眺めてみてほしい。その並々ならぬこだわりがうかがい知れるはずだ。

さて、話が若干逸れてしまったが、『Get Hype!』は自費出版のため、基本的に受注生産で制作されるとのこと。まず増刷はないだろうし、予約が多ければ途中で受注終了になる可能性もある。特に特典の16ページ冊子は部数が限られているため、そろそろなくなりそうだと聞き及んでいる。購入を検討されている場合、お早めに下記取り扱い店にてご予約することをおすすめする。

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