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ニケ… 翼ある少女 : 第7話「パパとお祖父ちゃんは私が護る… ①大空の戦い」

 その時、くみは英語の授業中だった。両親の教育により、くみは幼いころから英語は流暢りゅうちょうに話せたのである。英語の教科ではバイリンガルの教師の話すことは全て理解出来た。したがって、英語の授業はくみにとっては退屈な時間であった。

 弁当の後の授業だったため、くみは眠くなっていた。あまりに退屈なので、大きなあくびをした時だった。母アテナの呼びかけの声がくみの頭に響いた。テレパシーのような能力で、アテナとくみは遠く離れた場所でも精神で会話が出来たのである。

『くみ… たいへんなの!』

『どうしたの…? ママ…』

『ニューヨークからの帰りのお祖父じい様を乗せた、お父さんの操縦するジェット機が空の怪物に襲われてるのよ!』

「ええっ!」

くみは驚きのあまり、実際に声を出して立ち上がってしまった。

「どうした、榊原さかきばら… 何か言いたいことがあるのか?」

英語の教師が話しかけてきた。まわりの生徒たちも全員くみの方を見ている。

「すみません、先生… ちょっと気分が悪いので保健室に行かせて下さい。」

「ああ、それはいいが… 一人で大丈夫なのか?」

心配そうに聞く教師に大丈夫な事を告げて、くみは教室を出た。

『ママ… 私が助けに行くわ。パパとお祖父じいちゃんを…』

『そうして、お願い! これは、あなたにしか出来ないのよ、ニケ!』

『はい、行きます… アテナ様…』

 くみは校舎の屋上に出た。強い風が吹いていて、くみの美しい栗色の髪を激しくたなびかせる。

 くみは胸にしまった銀色のペンダントを取り出した。手に握るとペンダントはその形を銀色の仮面に変えた。くみは自分の顔に銀色に輝く仮面を装着した。すると仮面はくみの顔にぴったりとフィットし、まるでくみの顔の一部の様になった。

「待ってて、パパ、お祖父じいちゃん… すぐ行くわ…」

 くみは制服であるセーラー服の背中のホックを外した。アテナが制服に手を加えて、ニケの背中の翼が服を着たままで出せるようにしてくれたのだ。くみの背中から銀色の翼が現れて、大きく広がっていく。この翼は普段はくみの体内にあり、背中は表面上は普通の少女となんら変わりはない。裸になってしまえば、くみの裸体は他の同世代の少女達の身体と見た目は同じである。特別なところなど何もない、健康で美しい15歳の少女である。

くみは大きく銀色の翼を広げた。この瞬間、くみはニケへと変わった。

 ニケは広げると翼長3mにも及ぶ銀色の翼を羽ばたかせて上空に舞い上がった。高度100mくらいまで上がったところで静止したニケは、アテナに念を送った。

『アテナ… どの方向へ飛べばいいですか?』

アテナからの返事がニケの脳に届く。

『ママでいいわ、ニケ。そう… あなたのいる場所から2時の方向よ… お父さんの飛行機は太平洋上を日本に向かって飛行中よ…』

『分かった、ママ… 2時の方向ね。行くわ!』

 そうアテナに返事をしたニケは、翼を羽ばたかせて2時の方向へ身体を旋回させた。方向を定めたニケは一度大きく息を吸い込んだ。

「待っててね… パパ、お祖父じいちゃん… 今、私が…ニケが行くわ!」

 そう声に出した次の瞬間、ニケの姿はその空間から姿を消していた。一気にすさまじい加速をかけたのだ。

 瞬時にニケの身体は音速の壁を越えていた。女神であるニケにしか出来ない急激な加速… これは最新鋭ジェット戦闘機でも不可能な芸当である。

数分後、ニケは日本上空から太平洋上に出た。アテナからの念が届く。

『そう、そのまままっすぐに飛びなさい。その方向でいいわ、ニケ…』

『了解、ママ…』

 静かだった… 音速を超えて飛行するニケには外部の音が聞こえない。音は発した瞬間にはるか後方に飛び去って行く。速度はすでにマッハ5を超えていただろう。地球上でこんな速度で飛行する生物はいない。ニケは今、一人っきりの世界にいた。ニケの視界には自分の進む前方の狭い領域しか見えていなかったのだ。あまりの速度に周りの風景などは見えていない。ニケの目で認識出来るのは、自分の真正面の一点のみだった。

 ニケの身体からはソニックブームが生じていた。ニケが超音速で飛行しているため、彼女の後方に衝撃波が発生しているのだ。この衝撃波によりニケが低空を飛ぶ際には、彼女が飛行した後方の海面に激しい水しぶきの航跡こうせきを引き起こした。雲の中を突っ切るときは、まず雲にニケが通った穴が開いた一瞬後に、彼女の後方になった雲は衝撃波で吹き飛ばされて跡形も無く飛び散った。ニケの後方では衝撃波によりとてつもない爆音が生じているのだが、音速をはるかに超える彼女自身には聞こえていなかった。

 ニケは低空を飛んでいた。ジェット旅客機の国際線機長である父の竜太郎に聞かされたことがある『くみ、ニケになって飛ぶときは出来るだけ低空を飛ぶんだ。そうすればレーダーが探知しにくくなる。』という話を覚えていて実践したのだ。低空を飛びながらも、衝撃波が海面に影響を及ぼさないぎりぎりの高度を選びニケは飛んだ。

 どこまでニケの速度は上がっていくのか、飛んでいる彼女自身にも分かっていない。すでにマッハ7は越えていただろう。ただ、父と祖父を助けたい一心でニケはひたすら加速し飛んでいくのみであった。自分でもここまでのスピードで飛び続けたことは無かった。自身のリミッターを解き放ったのだ。今、地球上にニケを越える速度を出し得る物は光しか存在しなかった。

『もうすぐよ、ニケ… あと数分でお父さん達の飛行機があなたの視界に入るはずよ。そろそろ、速度をゆるめなさい。』

 アテナからの念波に従い速度を落とし始めた事により、ニケの視界が広がり出した。するとニケの右前方に、一機のジェット旅客機が飛行しているのが認識出来た。

『いた! ママ、旅客機を発見したわ!』

『怪物は旅客機の屋根に取り付いているはずよ、あなたのお祖父じい様が結界を張って、怪物の侵入を食い止めているの。早く何とかしないと、お祖父じい様がもたないわ!』

『分かった、ママ… 何とかやってみる。』

 ニケは一度ジェット機上空を迂回うかいして、後方から追尾ついびする態勢に入った。ジェット機と速度を合わせたのだ。するとどうだろう、アテナの言った通り、ジェット機の屋根の上に怪物が取りついているのがニケの肉眼で確認出来た。

 怪物はまるで巨大なムカデのような姿をしていたが、その背中にはトンボのはねのようなものが複数枚生えている。全長は30mもあるだろうか、ジェット機の半分ほどの大きさがある。

「うわあ… 何あれ… 気持ち悪い… 最悪!」

 怪物は巨大なあごを持つ口でジェット機の屋根をい破ろうとしているのだが、くみの祖父であり大陰陽師だいおんみょうじでもある安倍賢生あべの けんせいった強力な結界により、かろうじてふせがれていた。

 ニケは怪物の全身をよく観察した。まさしくムカデの様な身体の節ごとに、直径30㎝ほどもある二本の脚がついえていて全部の脚を合わせると数十本ある。怪物はその脚の先にあるカギづめで旅客機の胴体をしっかりとつかんでいるようだった。

「あのつめはずせば、あの気持ち悪い怪物はパパのジェット機から離れるわ、きっと…」

そうつぶやいたニケは、自分の両目に力を込めて念じた。
 その瞬間、ニケの双眸そうぼうからすさまじい勢いで、レーザー光線のような青い光がほとばしった。二本の青い光線は真っぐに怪物の脚に達し、ニケが視線を動かすと一瞬にして十数本の脚をぎ払った。もちろん、ニケはジェット機を傷付きずつけないように光線の威力いりょくを減弱させて照射したのだが、それでも怪物の脚を焼き切る程度には十分すぎる威力いりょくだった。

「グギャアアーッ!」

 数十本の脚をニケの光線によって焼き切られた怪物は、絶叫を上げてジェット機から全てのカギ爪を離した。そして、背中の数枚のはねを激しく羽ばたかせて、機体をつかんでいた全ての脚を解き離して身体をジェット機から遠ざけた。

上手うまくいったわ、ママ!』

ニケはアテナに対して念じた。

『よくやったわ、ニケ。そのまま怪物をお父さんのジェット機から引き離しなさい。』

『わかった、やってみる!』

 ニケは怪物とジェット機の間に割り込む様に飛び込んだ。もう一度レーザー光線を怪物に対して照射する。今度は威嚇いかく射撃だ。

 怪物はニケの青いレーザー光線照射を目にした途端とたん、恐れおののいた様にジェット機から急いで遠ざかった。

 しかし、怪物は離れざまに口から粘液状の液体をニケに向かって吐き出した。

 ニケは急旋回で粘液をかわしたが、一部がジェット機の左側のエンジンにかかってしまった。

 エンジンにかかった粘液は煙を上げながら、エンジンを溶かし始めた。しかも激しい速さで溶かしていく。

「しまった! なんてことするのっ! こいつめえっ!」

 ニケは怒りの叫び声を上げ、怪物に対して振り向きざまに両目のレーザー光線をはなった。

 怪物のムカデの様に長い胴体は瞬時に両断された。ニケは容赦ようしゃすることなく、レーザー光線を照射しながら視線を軽く数回動かした。

 ニケのレーザー光線でバラバラに切断された怪物は、数十個の肉片と化して後方へ吹き飛び、落下していった。

『ママ! 怪物はやっつけたけど、ジェット機の片側のエンジンがやられたわ!』

『わかってる、ニケ… あなたの目を通して私にも見えてるわ…』

『パパ達のジェット機… どうすればいいの? ママ!』

 左翼のエンジンの推力を失い傾きながら飛ぶ父の操縦するジェット機に並んで飛びながら、ニケは母アテナに対して祈るように強く念を送った。


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