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世界の森林と日本の森林(その17)by 立花吉茂

 グレージング(食う、食いちぎる)は、野生の草食動物によっても起こるが、ヒトの養う動物すなわち家畜による「食害」は計り知れないほど大きいものである。いままで世界各国の森林や草地を見てきたが、家畜の「食害」のひどさは一般の日本人にはしっかり理解されているとは思えない。その理由は、世界でもまれなほど立派な森林があり、しかも家畜を山に放すことをしないのは世界中でわが日本だけだからである。日本人は農耕民族であり、狩猟民族ではないし、仏教国だから殺生禁物で、家畜は最小限度にしか飼わず、山は里山として手を入れ、エネルギー源、有機肥料源として活用された。
 狩猟民族のヨーロッパ、新大陸、アフリカなど、世界の大部分の地域は、グレージングによって自然植生はひどく破壊されている。それは、次代をになう森林樹木の若木の芽生えが食べられてしまうからである。しかし、同じアジアの農耕民族でもタイ国や中国の山間部では多くの家畜を山に放している。
 山西省東部の恒山山脈や太行山脈もこの例にもれない。先年訪れた五台山の2,000m級の高地にあったカホクカラマツの林のなかから大きな牛が飛び出してびっくりしたことがある。今回、植物園候補地探しの太行山脈で、多くの落葉樹林の名残りを見つけたが、1,500mから2,000mあたりまでの傾斜のきわめて強い場所でも行くところすべての場所に羊(ヒツジ)、山羊(ヤギ)の糞のない場所はなかった。
 もし家畜を放さなければ、もう500mくらい低地にも落葉樹が分布するに違いない、と考えられた。このことがはっきり証明されるのが、霊丘「流黄水自然植物園」(編注:現「南天門自然植物園」)である。ここには「リョウトウクヌギ」などの自然植生が1,500m以上の場所にあるが、もっと下の方へも野生の落葉樹を植える計画になっているからである。もちろん、家畜はシャットアウトされる。家畜を入れないようにすると付近の農家は被害者となるから、何らかの形で彼らに若干の収入源を与えてあげなければならない。10年もすれば、一番低い900mのあたりまで落葉樹が育つであろう。自然林がヒト(家畜)に荒らされて消えたが、ヒトの助けで復活するのを見ることができるであろう。
(緑の地球65号 1999年1月掲載)


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