がっちがち

 ヤッホー、おれは銀行強盗だ、はじめまして。正確に言うなら、これから銀行強盗になる、あるいは銀行強盗鋭意準備中の男、それが俺だ、カッコいい。銀行提携のパーキングに車を入れて、精算機から駐車券を出していざ蒲鉾、駅前の銀行までの道筋はいつものようにひとヒト他人で溢れてて、そうかそろそろ師走だしみんないろいろ忙しいんだよなと、自動ドアの前に立つ。ボディバッグをくるりと回し、中から取り出すプリングルズ、二の部分は不思議な光のシールドみたいで逆さにしても中身は落っこちないけど、ゆっくりと手を差し入れると中身を取り出すことができるという優れもの。ちなみに素早く差し込むと硬いバリヤーになるので突き指する。で、取り出したのはチップスター、的な形の透明な一枚、どういう理屈か分からないが、これをべきっとへし折ると大体十分くらい時間が止まる、その間おれは世界の支配者、何でもかんでもやりたい放題、だからこれから、銀行強盗、時間を止めて大金をかっさらう、なんて鮮やか、かっこいい。ちなみにプリングルスの入れ物にはその開発者の遺体の一部が入ってることもあるらしいから注意をするに越したことはない。チップスターの方はどうかな、村山博士に聞いてみろ。なんてね、誰だよ、村山ちゃん。センサー作動、エンジンドアが開き始め、銀行のなかの匂いというか光というか静かなざわめきというか、そういった雰囲気に包まれる。摘まんだ指に力を込めて、ぽきりと何かが砕ける感触、そうして真っ暗で全くの無音で熱くも寒くも臭いもない、油断してると自分すら無くなってしまうようなそんな状態がやってくる。最初の時はパニクって、あっさり五秒で気絶した。あんときはたまたまた公園のベンチに座ってたから良かったようなもので、ま、悪運の強さには自信もあることだし、そもそもこんなもん拾うなんて、どう考えてもこの世の覇者だろ、俺。ベンチで我に返って考えた、これはポテトチップスではない、大体蓋が変だし、中身はクリア、こいつのもともとの持ち主、さっきあっちのイチョウの木の下に停まってたでっかいサイドカーみたいなやつのそばに倒れてた宇宙刑事みたいなギラギラしたあいつの手にしっかりと握られてるのを強奪、ま、軽い気持ちでくすねただけなんだけど、それがこんなものだとはそりゃ誰も思わない。一枚目は虚無の中で意識も虚無化、キョムスキー・キョムキョム、アパートに持ち帰って何枚か試しているうちに、ようやく気付く、これは時間が止まっているのだ、と。この先少し哲学めいてて、多分わかる奴は少ないのだけど、要は意識は無時間の中では存在できない、光すら止まる状況ではまず世界が消えたちまち意識も消える。そこでおれは考えた、いや待ておれが動けばすなわちそこに世界が立ち現れるのではないか、くーっカッコいい、そして正解。おれが動くと世界も動く、光が動いて視覚が戻り、再生速度の変な感じだけど音が聞こえるようになり、そうして眺めた世界はおれ以外の物が凍り付いた世界だった、と素早く回想切り上げて、若干の吐き気など我慢しながら虚無の中へ歩きだす。不思議、歩き出して初めて地面が現れ、足からリアルな重力がおれを縛り、目の玉をかすめる光のつぶつぶが薄暗いけど銀行の中の様子を映し出し、物音はおれの進行方向からだけ聴こえ、匂いも温度も、そう、それらはおれの前半身だけで渦を巻いて生まれおれの後ろでまた虚無に変える。光あれ、神様が言ったのはつまりはこういうことだったのだ。わはは、おれ、ほぼ神。落ち着いて落ち着いて、消え去りそうな意識を何とか今ここに括り付けて、おれは歩く、歩く。カウンターを抜けて、奥に入り、多分金庫がある、大金のある金庫にお邪魔して、貰えるものは根こそぎ貰う。女の行員の香水が少し鼻をくすぐる、ぶつ切りの会話のようなものが一瞬・一瞬。聞こえるような、勘違いのような、手探りで行く世界、大丈夫、足の指の感覚はある、おれは世界を捕まえている、しっかりと踏みつけている。

 そこまでだ小僧、と宇宙刑事は言った。暗闇をスキャンして、『宇宙の目』の存在を確認、もはや何者に遠慮することもない。
「サンチョ、明かりをともせ! 今こそサンバルカンの鉄槌じゃ!」
「へい、旦那、どっちの方向を?」
「新潟SF別冊の方に決まっておろう!」
 自己紹介を使用。それが私の仮体だ。すなわち「『ドン・キホーテ』の本」というのが私だ。とは言え、マルチ・バース解析システム遠隔プローブである私は、n+1-n/次元での座標同定によりところどころの筆おろしであるにすぎない。システム自体はあまりに巨大で汎存在であり非実在、この記述はこの次元の地球の日本という地域のごく短い時間に使われていた音声通信言語により再構築される。らてるらてるあぷろあぷろ、言うなればそういうことだ。
 ところであなたはどこにいる?
 聞こえているか、この茶番。
 これは最後から二番目の真実、言うなれば嘘っぱちだ。

 ごめんね、ディック、全然関係なかった!
 びっくり!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?