相撲の袈裟固め

「ごめんね先輩。だから無理」
そう言って白川はきゃぴんと首を傾けた。ふられた直後だというのにその可愛さに、にひひとなって、「そうなの? 全然、謝んないで」、オレは笑顔を作って言葉を返す。
 昼休み直後の文芸部の部室、新館と本館の間に渡された二階の通路の端の方に、簡単に仕切られた文化部の各部室が並んでいる。その列の中ほど、ESSと演劇部とに挟まれたパーテーションの中にオレたちはいた。遠くに蝉の声がする。もちろん学生たちの声ももわんもわんと聞こえてくる。暑いな夏だな、青春だな、ふられちゃったけど、仕方ないな、それはと、直前の夏休みの長さとそろそろ本格的に始まる大学受験の季節のあれこれを考える。
 終業式の後すぐにアメリカに行っちゃうのらしい。交換留学? なんか分かんないけど、あっちでホームステイして、そのまま向こうの学校に通うって、だから交際するのは無理、と、そういうことを告げられた。白川は二個下だから、いいなまだまだ楽しい高校生活、あれ、そうすると高校は留年ってこと?
「向こうで受けた授業をそのままこっちの分として処理してくれるんですよ、だから帰ってくるのは二年の秋で、先輩はそのころ東京で大学生って感じですよねー」と、おっきな瞳をくりんくりんさせて、「そのあと私も先輩おんなじとこ目指そっかな」ときゅるんとするから、もうオレはてんぱり、即リーかけようかとも思うけど、ここは部室でまだまだ昼間、おまけに人通りもそこそこあるので我慢我慢、「九月から新学期だもんな、あっち、あ、そんで入学式的なこともやるの、留学生って?」と話を逸らす。
「なんか映画で、卒業式に帽子飛ばしたりするじゃないですかあ、だから多分、帽子をくれるんだと思うんですよ、入学式、で、最後にパーンって空にたくさんの帽子が飛んで、次の物語が始まる、みたいな」、ふにふにふにふに上体を揺らしながら白川が語る。笑顔が揺れる胸が揺れる、青春が残像となって、揺れる揺れる。
 切れ切れの映像をつないでもその時の風景はもう思い出せなくて、そもそもオレは文芸部ではなかったしなと考える。ああ、ここはどこだろう。暑いな、いまだ夏だ。
 インターネットカフェで小説を書いている。五十三分、そろそろ終える。
 さらば白川、楽しかったよ、ありがと。

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