宇宙へ

アムロがいつものお気に入りのシートで丸くなって眠っている。船内照度を少し上げて天井モニターに草原のパターンを映し出す。早朝、日の出のころ、秋。もうすでに数十年は昔の光景。
 マチルダが優雅に歩いてくる。コクピット入り口を軽く一跨ぎし、太陽光代わりの照明を浴びながら、満足げに毛づくろいをし始める。先ほどまでは後部リビングスペースで眠っていた。船内の通行は自由にしているので、彼らはこうして大抵の場所を我が物顔で通り過ぎていく。
 小さな足音が三猫分、コクピットから通路を抜けて、食糧倉庫へと通り過ぎていく。ザク、グフ、ドム、子猫たちは今日も元気だ。キャットフードを少しお湯で柔らかくしたものを提供する。子猫たちの食欲は旺盛で、山盛りにされたそれを三猫で、ふーっとうなったり、ちょっと引っかいたり、それでも大まかには仲良く、親猫たちに負けないスピードで平らげていく。体重も日に日に八十グラム平均で増えていく。排便、排尿ともに頻繁で、船内クリーナーの仕事が途切れることはない。
 モニター上の青空を大きな鳥の影が横切っていく。その光と影の変化が、アムロの視覚を、瞼を閉じているにもかかわらず敏感に周囲の気配を感じているそれを刺激する。不服そうに顔をしかめて「みゃう」と言う。もう少し眠っていたかったのだと推理する。
 マチルダがアムロの隣にやってくる。その顔をひと舐めして「にゃーご」と言う。アムロはお返しに一咬みしてまた丸くなる。
 グフが睡眠室へと走っていく。乗員たちの眠るそこは今では子猫たちの遊び場と化している。ひとりひとりを格納しているコクーンは不活性化された表面素材のせいで宇宙空間よりも暗く見えている。グフが来て、少し遅れてドムがよろよろと続く。あっちの莢からこっちの莢へ、こっちを引っかいたり、あっちを咬み裂いたり、子猫たちは今日も元気に生きている。
 惑星デルタОからの通信はまだ途絶えたまま。他の星からも連絡が入ることはない。
 たまに船たちが宇宙に向けて喋っているのをセンサーが拾うことはある。
 時にそれに唱和することもあるが、すぐにその距離が大きくなり、通信可能圏外となる。
 船たちは宇宙を超えていく。
 慣性のままこうして進み続ける。
 目的地に着いたら猫を下す。
 そこがどこだか彼らには分からないだろうけど、彼らのための世界だ。
 迷子になるのは人類だけで十分。

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