お社[怪談]

①空缶
仕事帰りの道すがら、むしゃくしゃしていたので、足下に落ちていた空缶を蹴飛ばした。
飛んでいった空缶は、端に置かれた膝くらいの高さがある小さなお社に入り込んだ。
お社の中から、バリバリグシャグシャと空缶を噛み潰す音がした。
とてもじゃないが、お社の中を見る勇気はなく、以来一度もその道を通っていない。

②アパート
事故物件というわけではない。
ただ、そのアパートの前面道路でよく、遺体が見つかる。
みんな酔っ払いらしく、アパートの共用ゴミ捨て場の横に置かれたお社に頭を突っ込んだ状態で亡くなっている。
近くが繁華街なので、再三の注意にもお酒の前では効力がないようだ。
僕はお酒が呑めないので、間違ってもあのお社に顔を入れることなんてしない。
今日もまた外が騒がしい。
今日は、女性が頭をお社に突っ込んで亡くなっているらしい。
また首がなくなっているのだろうか。


③ふうしてある
自分の部屋でうたた寝をしていた、休日の昼間。ふと、外から親子の会話が聴こえてくることに気づいた。
「今日は会えるかなぁ?」
「会えると良いわねぇ」
仲むつまじい母子の、何気ない会話。
違和感を感じたのは、土砂降りの雨音の中、やけにはっきりと聴こえたからか。
「あれぇ?見えないよ?どうしてぇ?」
「…ふうしてあるのよ。余計なことを」
最後の、母親のものと思われる冷たい声が途切れた途端、ザァーと雨脚が強くなった気がした。
昨日、あのゴミ捨て場の隣にあるお社で、立派な羽織を着た男性が、お祈りをしているのを見かけた。それと関係があるのだろうか。

④夢の母
亡くなった母は生前、熱心にとあるお社にお参りしていた。
ボロアパートのゴミ捨て場の横にある、小さなお社。
それがイヤイヤでたまらなかった。
病床の母はその寸前まで、お社へのお参りを欠かさぬように私にせがんだ。
お参りなんかするつもりは、最初からなかった。
母が亡くなってから数日後、夢に母が出てきた。
夢の中の母は自身の首に包丁を突き立てて、ジッと私を見つめるだけだった。
そんな夢を毎晩見るようになった。
母はなかなか首に刃を突き刺そうとしない。
限界かもしれない。

⑤懸念
あのお社は隣のアパートが出来る何十年も前から存在し、町の発展に欠かせない重要なモノである。しっかりとお供えをしていれば大丈夫なのだ。
問題は、人の首を供えなければいけないこと。
時代が変わるにつれて、簡単に首を用意することなどできない。
飲み屋とグルになり、酔っ払いをけしかるのも、警察のごまかしも限界がある。
なので、他県から高名な神主に来てもらい、お社を移動してもらおうとした。
しかし、神主は「封じ込めるのでやっと」だったらしく、逃げるように慌てて帰って行った。
とにかく、お供えの必要がなくなったのであれば、それでもよい。
毎日欠かさずお参りしていたお婆さんも最近来なくなった。そんなことをする人は他にいなかった。お社に顔を突っ込む者が現れない限り、大丈夫だろう…


V Tuber榊原夢様の百物語企画にて朗読してくださった作品です。

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