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エルソナシンドローム制作記(中編)

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【6. ネーム大賞に応募する】

年が明けた2014年初春、僕は『エルソナ・シンドローム』のネームを佐藤漫画製作所主催のコンテスト「第6回ネーム大賞」(2018年で開催終了)に応募しました。ネーム大賞の存在は、前年秋ぐらいに知ったと思います。本作は編集者には「面白い」と言ってもらえたものの、1人の評価ではまだ不安で、他の人の評価も聞いてみたいと思っていました。また、自分の年齢を考えると、他の出版社に持ち込んでこれまでと同じように修正等に時間をかけてるヒマはないと思い、コンテストでの評価次第で次の手を考えようと思っていました。

↓『エルソナ・シンドローム(ネーム版)』*画像をタップすると実際のネームをご覧いただけます

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 ネーム大賞は、その名の通り作品のネーム(絵コンテのような草案)で応募できる画期的なコンテストです。草案で応募できることで、そこからペン入れ(清書)して完成原稿にするまでの多大な時間と労力をかける前に、作品の評価を聞くことが出来ます。これは漫画家を目指す志望者たちにとっては時短になり非常に助かります。また、作品のあらゆる権利を作者が持ったまま応募できるので、同時に同作品を他のコンテストに応募したり、同人誌等に自由に使うこともできます。そうした自由さもあって、僕はネーム大賞である程度の選考まで残ったら、例え受賞まで行かなくても、完成原稿にして自分でKDP(*1)で出版しようと考えていました。
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[*1: KDP(Kindle Direct Publishing)は、Amazon Kindleが個人出版者向けに提供する電子書籍配信サービス。]

【7.作品を自分で売るということ】

僕は常々、漫画は娯楽商品であり、読者をひと時楽しませることが出来たらそれでいいのだと考えています。コンテストで、ある程度選考に残る作品(例えば応募約300作品中の50作とか)なら、それは作品内容をちゃんと他人に伝える技術があり、素人レベルより魅力ある内容で、読者(審査員)をガッカリさせず楽しませることが出来た、ということではないでしょうか。僕はそれを商品として販売する一つの目安だと考えています。もちろんそんな目安にとらわれず、作品を販売することもできます。しかし、お客さんが買って「つまらないから、もう二度とこの作家の作品は買わない」なんてなったら、作家にとってはかえってダメージです。

さらに、そうした目安をクリアした後も、出版不況の昨今、作品をどう売っていくかは悩ましい問題です。出版社と協力して作品をさらにブラッシュアップしつつ、より売れる作品を目指すのも一手でしょう。しかし出版社と組んで原稿料を頂いて制作するということは「受注制作」ということですから、作品に発注元の意向を取り入れることも求められるかもしれません。例え連載にたどり着けても、出版社の判断で打切られることもあります。書店が激減し紙の本自体が売れづらい時代、スタートで売上が伸びないと早い段階で打ち切られる作品がほとんどなのです。

僕にとって『エルソナシンドローム』は、描かなければならない作品であると同時に、完結させなければならない作品です。この作品には自分のこれまでの時間と労力と能力、苦痛や楽しさ、読者との分かち合いやメッセージなどが沢山つまっています。それが本当に結実したのか、やってきたことが正しかったのか、確かめねば次にも掛かれません。この作品は避けて通れないし、途中で放り出すこともできない、なんとか読者に最後まで届けねばならない。僕にとってそういう作品になっていました。

だとすれば、この作品は頓挫する可能性の低い方法で、読者に届けるべきではないか。出版社を通さず、例え周知に時間がかかったとしても確実に読者に届けられる方法。売れるも売れないも自分で全て背負う覚悟で。打切りがなく、絶版がない電子書籍での自主発行は、それにかなっていると思えました。もちろん紙の出版をしたくないわけではいありません。ですが、それは作品を思う存分描き上げ完結させた後、もしも出来たものを気に入ってくれる出版社があれば、でもいいのではないかと。これまでの、そしてこれからの一つのランドマークとして、僕にはこの作品が必要だったのです。

【8.ネーム大賞審査経過と新雑誌】

少し話が逸れましたが、ネーム大賞の話に戻りましょう。ネーム大賞は年一回開催で、僕が応募した2014年で第6回を迎えていました。今回の応募総数は250作品(他の年よりやや少なめ)、これを1次審査途中100作品→1次審査結果30作品→2次審査結果10作品→最終審査結果、と絞り込んでいきます。当時は各審査模様のネット生配信などもあったりして、僕はそれを見ながら、もうゲロ吐きそうになるくらい緊張して結果を見ていました。

1次審査結果発表で、『エルソナ・シンドローム』は30作品に残ることが出来ました。僕はその時点で本作をKDPで出版することに決めました。応募したネームは連載用に作った2話分(完成版では3話分)です。いかんせん物語として完結していない状態であり、審査員からは「これだけのページ数読ませて完結してないのか」との声も聞かれました(当然のご意見です)。そんな未完の状態にも関わらずそこまで行けたのだから、清書して商品化する価値はあると判断しました。

そんな時、確か1次審査結果から次の2次審査結果が出る前だったと思うのですが、主催の佐藤漫画製作所から、コンテストとは別の新たな企画の発表がありました。それは新しい電子雑誌の発行についてです。作家に作品の権利を持たせたまま掲載してくれる新しい雑誌。その掲載作品を募集するという告知でした。

この発表を聞いたとき、僕はもう渡りに船というか、この雑誌で「エルソナ・シンドローム」を連載させてもらえたら、もう最高だなと思いました。2014年当時、電子書籍の市場規模はまだ現在ほどではありませんでしたが、自分でKDPで出すだけでなく、雑誌で初連載まで出来たら「自分の作品を世に出す」というのには願ってもない形だと。

僕は早速、新雑誌の詳細を自分からメールで問い合わせることにしました。雑誌は季刊誌で、ゆっくりした刊行ペースでしたが、この点も逆に初連載に挑もうという僕の不安を和らげてくれました。この新雑誌が、現在本作を連載中のWeb雑誌『マンガonウェブ』だったわけです。

↓ 『エルソナシンドローム』の連載が始まった『マンガonウェブ 3号』

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そうこうしている間にあっという間に師走が来て、第6回ネーム大賞の最終審査結果が発表されました。『エルソナ・シンドローム』は佳作(3位)、そして「ビーグリー特別賞/クラウドファンディングの権利」を頂きました。本作を評価していただけた感謝とともに、本当にホッとしました。苦節4年以上、小さなアイディアだった本作が「シリアスSFスーパーヒーロー漫画」として物語となり、あーでもないこーでもないと形を変えた末、ようやく日の目を見たのです。長かったなぁー、おい。

このコンテストには授賞式があり、入賞者は佐藤漫画製作所に招待され審査員から直接賞状を手渡されます。その感慨はひとしおでした。授賞式後の打ち上げでは、沢山の漫画家の方々や、スタッフ、スポンサー企業の方々と知り合うことができました。それまでずっと一人で家で黙々と漫画を描いてきた僕にとっては、暗い地面の穴から別世界にヒョコっと顔を出したようで、なんだかまぶしい感じがしました。漫画を通して一気に人のつながりが出来たことは、賞にも勝る収穫だったと思います。

【9.原稿制作クラウドファンディング】

翌年2015年は、クラウドファンディングの準備から始まりました。前年問い合わせた新雑誌での連載希望に佐藤漫画製作所からOKを頂き(初連載ゲットだぜ、ヒャホーイ!)、プロジェクトは「連載用の完成原稿制作資金を募るクラウドファンディング」として行うことになりました。ビーグリーさんのサイト「FUNDIY」で実施するにあたり、プロジェクトページの作成や、支援者へのお返し品の決定など、準備はいろいろあります。ツイッターやネットでの告知・検索のしやすさを考え、作品タイトルも中黒「・」を取って『エルソナシンドローム』に改めました。

募集金額は20万円。僕はクラウドファンディング自体初めての経験でしたが、それまで全て自費で活動してきたので、原稿制作にそんなにお金を頂いていいのか?という戸惑いもありました。しかし、楽しんで頂ける作品を作ってそのお代を頂く、その責任を果たしていくということがプロになるということだと覚悟を決め、その第1歩として進めていくことにしました。

4月に入り、実際にプロジェクトが開始されるとすると、早速沢山の方々からご支援を頂くことが出来ました。それまでツイッター等でほとんど活動してこなかった僕は、フォロワーもほとんどおらず、途中20万円到達は難しいのでは?とも思われる場面もありましたが、最後には皆さんのおかげでなんとか達成することが出来ました。有難うございます<(_ _)>

【10.『エルソナシンドローム』原稿制作開始!】

2015年6月のクラウドファンディングプロジェクト成立を待たず、僕は先に『エルソナシンドローム』の原稿制作を始めていました。もともと完成原稿にするつもりでしたし、何しろ150ページもあるので、早めに始めないと予定通り完成できるか心配でした。また、長期連載になることを鑑み、省力化やスピードアップ、作品品質の向上などを目指して初めてフルデジタルで制作することに決めました。そのため機器の使い方など覚えることも多く、当初はかえって時間がかかりそうに思えたのです。

クラウドファンディングのプロジェクト成立後は、原稿制作と並行してお返し品の作成も本格的に始まりました。イラスト色紙を描いたのは初めてでしたし、同じ絵を何枚も描くのは結構大変でした。自分のサイン自体、クラウドファンディングのために初めて作りました。

↓ クラウドファンディング用お礼メッセージ 。サチは実際には第4話から登場

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また、クラウドファンディングをやってみて、作品を広く知ってもらうことの難しさも痛感するようになりました。商売として漫画を描いていくなら、沢山の人に作品を知って読んでもらわなければなりません。Web雑誌『マンガonウェブ』での連載は、その強い味方になってくれるでしょうが、未だ成熟したとは言えない電子書籍市場です。大手出版社の雑誌ほどの告知効果は、まだ期待できそうもありません。

そこで僕は自分なりに作品の広告・情報発信も行うことにしました。クラウドファンディングを機にツイッターなどもよく使うようになったのですが、既に多くのプロやアマの漫画作家さんたちが、作品告知を盛んに行っています。僕はまず、作品情報の集約基地として2015年8月『エルソナシンドローム』作品公式サイトを立ち上げました。

(「エルソナシンドローム制作記(後編)」へ続く)



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