第8回報告「原発事故後10年 もう一つのふくしま巡検資料」(山川充夫)

 第8回地誌東京研究会では、山川顧問から「原発事故後10年もう一つのふくしま巡検資料」を基にご報告いただきました。(2021年7月)

 本研究会では、昨年7月下旬に東日本大震災・原発災害復興に関する巡検を予定していましたが、新型コロナウイルス感染拡大により中止となっていました。今後、しかるべき時期に、巡検の再実施を考えていましたので、今回の報告は、大変参考になる中身の濃いものとなりました。大部な資料なので、ピックアップしてお伝えします。表記のp〇〇は、別添リンクPDFファイルのページ数です。

「1はじめに」では、
 まず、福島県が提唱している「ホープツーリズム」と福島イノベーション・コースト構想(以後「イノベ構想」という。)推進機構が実施するツアーの紹介をしていただきました。団体登録をすれば、イノベ構想の拠点施設や地域の視察ツアーの企画も依頼できるとのことです。学校教育においても様々に利用されている実例も挙げていただきました。p5

「2ふくしま原発事故がもたらしている困難」では、
 福島原発災害被害の特性に注目し、被災から避難所生活までの第一次被害が解決しないうちに、第二次~第五次の被害が積み重なっていく、「被害の累積性」について示されました。そこには、「生業再開から廃炉産業・ロボット産業誘致へ軸足移行」していく復興の在り方や「汚染水の地元合意なき海洋放流」の問題などの将来課題についての指摘もありました。p12
 次に、2020年時点の帰還者の状況については、帰宅困難区域のある双葉郡で帰還率20%。2018年に実施した意識調査では、双葉町、大熊町、浪江町では、半数以上の住民が「帰還しない」との結果が示されました。これら地域の厳しい現状は、山川顧問が今回整理された表や図に極めて具体的に示されていますが、資料中に紹介されている、早川篤雄氏(楢葉町宝鏡寺住職、ふくしま生業訴訟原告団長)の記事がさらに特徴的です。原発事故の不条理の中、被災10年経った今も、被害が継続、拡大している状況を我々に知らせてくれます。p26

「3.原発被災地域の産業経済動向」では、
 浜通り地域の「相双地域」(「相馬地域」と「双葉地域」)の総生産は2015年度には回復したものの、状況は産業部門ごと、地域ごとに違いが出ていることが分かります。建設業は復旧工事の進捗に応じ頭打ちになるとともに、製造業の復興には地域差が生じています。特に、帰宅困難区域を多く有する双葉地区は、p32の所得循環構造図の経常収支の赤字拡大や他の指標の推移を見る限り、さらに厳しい状況にあることが分かります。

「4.福島イノベはふくしま復興の切り札か?」では、
 今回の報告における主題とも言える部分です。「福島イノベーション・コースト構想」とは、原子力災害からの復興の目玉として打ち出されたもので、現在は「廃炉」「ロボット・ドローン」「エネルギー・環境・サイクル」「農林水産業」「医療関係」「航空宇宙」の6つの分野で進行中の国家プロジェクトです。p49
 まず、廃炉分野ですが、
廃炉とはそもそもどんな状態を指すのかが曖昧であるとの指摘がなされました。廃炉法制定を唱える尾松亮氏によれば、取り出したデブリはどうするのか、原子炉は解体するのか、汚染水はすべて海洋放出なのかなど、いずれも未定であるという状況です。 
 廃炉分野での地元企業との関わりについては、新規誘致企業が中心であり、廃炉作業にかかわる全56社中、わずか4社に留まっているのが現状。わずかに、東電の下請け企業だった『エイブル㈱』が、ロボット製作を自前化し、排気筒解体工事を成功させ、元請け会社に成長したとの紹介がありました。
 また、廃炉の研究開発や人材育成の拠点として「廃炉環境国際共同研究センター」が整備されたが、地元企業とはほとんど無関係のままとのこと。廃炉作業従事者が一部、双葉地区に居住している以外、地元との関係は極めて薄いと言わざるを得ないと課題を挙げられました。
 ロボット・ドローン分野では、
 現地の開発棟での研究として、「ドローン」「災害用ロボット」「介護・リハビリ・コミュニケーション」や変わったところでは「空飛ぶ車」などの開発事例が出てきているとのことp59。現地の広大な土地を利用し実験フィールドとして整備したロボットテストフィールドでは、全国各地から活用事例が報告されているp64。その中で、隣接する復興工業団地への進出が決まった『テラ・ラボ㈱(本社愛知県春日井市)』は、先日の熱海市の土石流災害で土砂量のドローン等による3D解析を行い、災害調査に貢献しているとの新しい情報も提供いただきました。
 ただ、この分野では、きめ細かな受注に応えられ、しかも最先端のものづくり技術が求められることから、対応できる地元企業はまだまだ育っていないとの指摘がありました。実際、地元企業との関わりでは、ロボットやドローンの羽根の塗装を請け負う板金業に留まっているのが現状のようです。
 報告の中では、『菊池製作所(本社八王子)』の紹介がありました。この企業は、社長の出身地である飯舘村や南相馬市に工場を持ち、「マッスルスーツ」で一躍注目されるようになった会社です。後日、調べたところ、金型・試作で実績のある上場企業で、今後、こうした技術や経営ノウハウを生かし、地元のベンチャー企業に対し支援していくという記事を見つけました。p40のあるように、もともと金属加工業が集積する南相馬市にこうしたロボット関連産業が根付くようになれば、イノベ構想の未来に具体的な光が見えてくるのかもしれません。
 p67では、間接的な波及効果についても具体的に触れていただきました。いずれにしても、イノベ構想が地域の本格的な復興に寄与していくかどうかを評価するには、いましばらくの時間が必要ということが分かりました。

「5.帰還困難区域特定復興再生拠点整備」では、
 空間線量から推計した年間積算線量は、発災8年経過した2,019年9月では約78%減少してきていること。2018年の法改正によって、将来にわたって居住を制限するとされてきた帰還困難区域内に、「特定復興再⽣拠点区域」を定め、計画的な除染を行うことにより、避難指⽰を解除し、居住が可能となったことが示されました。しかしながら、これら対象の地域以外は、引き続く高線量のため、田畑や山は除染されずに残され、手つかずのまま、ふるさとが失われていくことが、資料の現地上空の俯瞰写真でもよく分かりました。p78
「6.ふたば復興と「ふるさと創造学」」では、
 原発災害の影響は、もちろん学校教育の分野にも及んでおり、双葉郡では、小・中学校は町村各1校に統合、浪江町では小・中一貫校が、高校では、双葉未来学園1校に統合されることが紹介されました。
 福島県では「双葉郡教育振興ビジョン」p85を策定し、双葉郡8町村共通で進める探求型学習『ふるさと創造学』p86を定めるなど、双葉郡の復興や持続可能な地域づくりに貢献し、全国や世界に活躍できる人材育成を目指しています。その担い手づくりの本部になるのが、双葉郡地域学校協働本部で、「地域コーディネーター」と連携して取り組む学校の応援団となるものです。山川顧問は、この取組を捉え、担当者の個人的努力に委ねられており、鍵を握る「地域コーディネーター」を育成していくためには、学校評議会などを活用し、人材バンクなどの組織化の重要性が指摘されました。
 今回の東日本大震災・原発災害によって、はからずも、学校の地域統合や新しい形の一貫教育校が誕生することになった訳ですが、コミュニティの中心となっていた学校が失われるというデメリットを少しでも打ち消すような成果が上げられたらと切に願うところです。双葉郡の「ふるさと創造学」、双葉未来学園中高一貫校の総合的学習の時間「未来創造学」p105などは、震災、原発事故に見舞われた福島県双葉郡の学校ならでは教育プログラムとして今後発展していくことを望みたいと思います。
 政府や自治体のこれまでの新型コロナ対策の検証を真剣にやってもらいたいと思いますが、全国的な感染爆発となってしまった今、これまでと同様な形での巡検が再開できるのかどうかが不安です。現場の巡検を通して、ネット上の情報やオンラインでは見えてこない現実が分かることが必ずあるだろうと思います。今回の山川顧問の報告を受け、早い時期に是非現地に赴きたいと気持ちが高まります。

報告資料は下記「原発事故後10年 もう一つのふくしま巡検資料」を👆クリックしてください。

👉「原発事故後10年 もう一つのふくしま巡検資料」


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