見出し画像

キャズム理論: あなたは説明できますか

キャズム理論は、アメリカのマーケティングコンサルタントであるジェフリー・ムーアが提唱したものですが、ときとしてその本質的な部分が理解されないまま、漠然とした知識をもとに、間違った議論がされているようなことが時折見受けられます。また、あまり多くはありませんが、業界では名前が通っているようなひとでも勘違いしてキャズム理論を用いている場合があることも事実です。
そこで今回は、私自身の覚書きの意味も込めて、キャズム理論が誤解されて使われているケースを取りあげながら、その本質について探っていきたいと思います。
■キャズム理論の背景について
キャズム理論は、前書きでもふれましたが、アメリカのマーケティングコンサルタントであるジェフリー・ムーアが1991年に著した『Crossing the Chasm』という書籍によって知られるようになった理論です。その内容をかんたんに説明すると、ある革新的な商品・サービスがあった場合、初期市場の採用者と、メインストリーム(主流)市場の採用者とのあいだにはキャズム(深い溝)が存在し、そこをこえることが商品・サービス成長の要諦となるというものです。
そして、ムーアがその理論を組み立てる際に普及プロセスのモデルとして援用したのが、同国アメリカのコミュニケーション学者であるエヴェリット・ロジャースが1962年に著した『Diffusion of Innovation』で説いた普及率でした。この著書で説かれた5つの採用者タイプ(後述)とその特徴は、普及学の基礎理論としてマーケターのあいだではよく知られています。
なお、これを読み解く際に私たちが注意しなければならないのは、ロジャースの普及モデルが、新しいアイデアや革新的な技術を視野にいれたものではあるものの、ことさらハイテクのみに限定して述べられたものではなかったという点です。ロジャースの普及学は、あくまでも人類学や社会学の知見、つまり人間という主体を研究した結果として見いだされたものだということを私たちは忘れてはいけません。
それでは、以下にキャズム理論にかかわる「よくある誤解」を取りあげながら、もうすこし掘りさげて解説していきましょう。
■誤解1: 一般(層)に普及することをキャズムをこえるという
普及モデルの採用者タイプは、時代によって単語の読み方の細部に多少の変遷はありますが、イノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティー、レイトマジョリティー、ラガードの5つに分類されます。ひじょうに直感的でわかりやすい名前です。しかし、じつはこのわかりやすさゆえに、私たちはキャズムという言葉を独り歩きさせ、ときとして間違いをおかしてきたのです。
ムーアの定義を厳格に適用するならば、ただ単に一般のひとたち(層)に普及しただけのものに、キャズムをこえたという言葉を用いるべきではありません。それよりもまず、その商品・サービスが革新的なものであるのか、また、その採用者となる市場にそもそも上述したような5つのタイプの分類が存在しているのかを検証することが重要です。
■誤解2: すべての商品・サービスにキャズムが存在する
ムーアの定義にそえば、それまでになかったまったく新しい革新的な商品・サービスが、その価値を先進的に認めてくれる特別なかぎられたひとたち(層)だけではなく、一般のひとたち(層)にも受け入れられ、ホールプロダクトとしての普及・提供がすすんでいくことをキャズムをこえたといいます。
キャズム理論を語る際、これはとても重要なことなのですが、ムーアが提唱したキャズムとは、採用者の行動様式にこれまでとは異なった変化を強いるような革新的な商品・サービスのみに存在するものなのです。
ただ単に旧来的で魅力のない一般的な(または無用な)商品・サービスであるにもかかわらず、その普及が停滞したり、市場からの撤退を余儀なくされたりすると、そこをキャズムだといったり、キャズムをこえられなかったといったりするのは間違った捉え方なのです。
■誤解3: キャズムをこえることを製品・サービスの評価項目にする
キャズム理論が適用される革新的な製品・サービスの普及においては、アーリーアダプターまでの初期市場と、アーリーマジョリティーからのメインストリーム(主流)市場とでは、マーケティング的な意味で採用者タイプがまったく異なります。もとより、アーリーアダプターとアーリーマジョリティーとでは、それぞれに商品・サービスに対する要求が異なっていることが多く、それぞれの層に普及させるためには、それぞれの層にあわせた、異なったアプローチをする必要があるのです。それゆえに、このタイミングでのマーケティングアプローチを見誤った場合、当然のことながらキャズムが生まれてしまうのです。
初期市場に普及させた後、つぎの採用者タイプをどうセグメントするのか、プロダクトをどう改善するのか、チャネルをどう整備するのか、アーリーマジョリティーへどのようなアプローチしていくのかという議論をムーアはその著書で切々と説いています(すくなくとも私にはそう感じられます)。なぜなら、それがキャズムをこえるという言葉のもつ本質的な意味だからです。
結果的にキャズムをこえたことが評価されることはもちろんあります。しかし、私たちは注力しなければならないのは、どのようなアプローチで商品・サービスを異なった層に普及させるのかという、オーディエンスの特徴にあわせたマーケティング戦略だといえるのです。

今回、キャズム理論に関する3つのおもな誤解について書かせていただきましたが、そのほかにも原典である『キャズム』に目を通すこともなく、インターネットに散在する断片的な情報だけでキャズムについて議論し、誤用しているケースが数多く見受けられます。キャズムにご興味をもたれているみなさんの中に、原典をまだお読みでない方がいらっしゃるようでしたら、ぜひともご一読いただければと思います。

この記事は下記を参考にさせていただきました。
『キャズム』(ジェフリー・ムーア、翔泳社刊)
『イノベーションの普及』(エヴェリット・ロジャース、翔泳社刊)
『Interview with Geoffrey Moore: Crossing the Chasm and Big Data』(http://www.kdnuggets.com/2014/03/exclusive-interview-geoffrey-moore-crossing-chasm-big-data.html)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?