缶チューハイ2つ

はじめて触れたのはいつだっただろう…

雷夢(らいむ)に出会ったのは、10年前の7月。その年は、記録的に早く梅雨が明け、うだるような夏の暑さが訪れていた。

地方の田舎町から、進学のため東京にやってきた僕は、来る日も来る日も、怠惰な大学の授業と、生活のためにはじめたコンビニのバイトに明け暮れる毎日。気づけば、そんな生活も3年が過ぎようとしていた。

「こちらのレジへどうぞ」

カゴという便利なものがあるのを、まるで無視したように、複数のチューハイ缶を抱え、彼女は楽しそうにレジに倒れこんだ。

「あははは、やっぱ買いすぎかな」

レジから転げ落ちそうになる無数の冷えたチューハイ。僕は彼女の独り言に、特に頷くこともなく、静かにバーコードを読み取る。

「年齢確認ボタンを押してください」

彼女は慣れた手つきで、軽快にレジの画面をタッチする。

「2653円になります」

そう告げた時、彼女は奥にあるスナック菓子のコーナーに駆け出した。

「これっ!やっぱりこれがないと」

梅味のポテトチップスを抱え、少し息を切らす彼女。チューハイ缶を抱えてた時には気づかなかった、彼女の豊満な乳房が目に飛び込む。

会計を済ませ、袋に入ったそれらを渡すと、彼女は僕の顔を覗きこんだ。

「あ、やっぱりそうだ。ガリ勉くん」

彼女は同じ大学で、同じ講義を取っていた。誰と仲良く話すわけでもなく、もくもくとノートを取る僕を、彼女は陰でそう呼んでいたらしい。

その日以来、彼女は僕のコンビニに来ては、ちょっかいをかけるようになっていた。

「ねえ、私が誰とお酒飲むか気にならないのー?」

お酒で頬を赤らめながら、彼女は僕をからかう。

「年齢確認ボタンを押してください」

レジから無機質な声が聞こえてくる。

「なんかさ、このボタンを押す時って、気分あがらない?よっしゃ、これから呑むんだぞーって」

「2653円になります」

「もー、ちょっとは構ってよー」

スマホをかざし、会計を済ませる彼女。

「あっ…」

「ん?なあに?」

これまで、会話らしい会話をまともに彼女としてこなかった僕だったが、この日は違った。

「あ、いや。なんというか…」

「ねえ、ねえ、なによー。はじめてじゃん、話しかけてくれるろー。なによー」

「ほら、あれ…」

「えーー、あれって……あ!梅ポテチ!」

「うん…」

「わかってるー。ねえーガリ勉くん、バイト何時までなのー?」

「朝まで」

「じゃあ、朝またくるるるる」

「あ…」

そう言って、彼女は梅ポテチを握りしめ、自動ドアから出て行った。

「それ…万引きだから…」

その日の朝、結局彼女はやってこなかった。

翌日、同じ授業だった僕のところに彼女は悪びれる様子もなくやってきた。

「ねえ!昨日、ごめんなさい。梅ポテチ、お金払ってないよね?!」

「あ、、いや。僕が払ったから大丈夫」

「うそ!ごめんなさい!!ねえ、お詫びっちゃなんだけど、なんか奢らせて」

「いや、大丈夫」

「無理!そーゆーの、ダメ!ねえ、今夜空いてない?バイト休みでしょ?」

「え…なんで知って…」

「だって、今日はいつも居ない日じゃん。わたし、毎日あそこのコンビニいって、ガリ勉くん居ないかなってみてるんだからね」

「そうなんだ…」

「ねえ?だめ?わたしのこと嫌い?」

「いや…嫌いとか、そういうのはないけど…」

「じゃあ、飲もっ。きまり!ガリ勉くんとのーもー」

「いや…」

「え?ダメ?」

「そうじゃなくて…」

「なに?なに?」

「ういんぐ…名前…憂愚(ういんぐ)って言います」

「ういんぐ君…じゃあ、ういっちだ!」

「それ、なんか魔法つかいみたいでいやかな…」

「いいじゃん!ういっちで、きまり!わたしは雷夢。みんなからは、らいむって呼ばれてる」

「そのまんまじゃん…」

「すごい!わたし、いま、ガリ勉くんにツッコミいれられてる!」

「いや、だから…」

「あ、ういっちね!ういっちにつっこまれるなんて、感動!」

その日、僕はベッドの上でも、激しくツッコミを入れた。

あれから10年。今でも、この街に住む僕は、例のコンビニに来ては、ときおりチューハイを2本買い、レジに向かう。

「年齢確認ボタンを押してください」

慣れた手つきで、画面をタッチする。今はほんの少しだけ、あの時彼女が言っていたことがわかるようになった気がする。

「なんかさ、このボタンを押す時って、気分あがらない?」

まだ、梅ポテチ代は返してもらっていない。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

3
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。