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爽快な鮮魚が踊る、刺身定食の愉悦。

「大衆酒場さぶろう すすきの店」

2021年8月19日(木)

晩夏の白んだ空。

暑熱を冷ましつつある陽の余韻。
数日振りの好天はすっかり秋に衣替えしたかのようで、
どことなく寂しく、どことなく憂いを纏う。
この夏の狂おしいほどの異様な暑さの反動かもしれないが、振り返れば名残惜しい。

この状況下で何を食べよう?
ひと気が疎らになって久しい通りに、ランチメニューの看板が寂しげに佇立していた。
その一瞥の物悲しさに呼び止められたような気がした。
別段何を目指しているわけでもない。ただ食欲の充溢だけを体調が求めていた。
アルコール消毒と体温計測も、もはや新しい日常として受容している。
スタッフたちの威勢の良い掛け声も変わらない。
が、来慣れた店のランチは初めてだった。
名物のザンギもあれば、焼き鳥もある。
寿司もあれば、焼き魚もある。
そんな中で、心惹かれたのは「さぶろう刺身定食」だった。
女性スタッフの快活に任せてそれを頼んだ。
12時を過ぎても空隙ばかりの店内はあからさまに沈鬱で、
スタッフの威勢の良い掛け声はそれに抵抗しようと懸命のように思えた。
「さぶろう刺身定食です! 赤字覚悟です!」
沈鬱の帳を破って訪れたそれは、赤字覚悟に偽りのないネタの数であった。
マグロ、中トロ、ホタテ、サーモン、カンパチ、シメサバ、アジ、タコという充実のラインナップ。
色鮮やかなサラダを頬張りながら、どう攻めるかを考えるも、箸は徐にタコから攻めた。
肉弾の良い歯応えにご飯が吸い込まれていった。
不用意にカール・マルクスの箴言が脳裡をかすめた。
“人間とは、自分の運命を支配する自由な者のことである”
次に貝系を攻めようが、赤身系を攻めようが、自由な者は我が意思に従えば良い。
8種のラインナップを、思いのままに食べ尽くすという自由。
ところがその自由は時に暴走し、ご飯の量を想定以上に減らした。
残りのネタとご飯の最適配分を誤ったのだ。
マルクスの言う自由、そして最適配分を誤った共産主義。
計画経済など有り得ないことを刺身定食から学び直すとは、自分でも一笑しかけた。

「お客様がお帰りです!」
帰りもスタッフの快活な声音が店内に響いた。
外まで見送る姿は清々しい青空に似合っていた……

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