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コンビニの店員さんに惚れ申した!――コンビニ・ラブストーリー

上京して最初に住んだのは、学生寮でした。トイレ・シャワー・キッチンは共同、そして二人部屋と、まさに貧乏学生のための寮です。共同にはすぐ慣れましたが、二人部屋にはどうしても馴染めず、最終的にはストレスで味覚障害をおこし、3か月で一人部屋へと移動になりました。

それでも、やっぱり寮生活はなにかと不自由です。門限もありましたし、友だちを気軽に招くこともできません。結局2年近くいましたが、常に引っ越したいと思っていました。

そんな寮生活において、ひとつ楽しみがありました。

それは、近くのセブンイレブンの店員さんと会うことです。



小柄な体、高い声、ポニーテール。おそらく大学生だったと思います。我ながらストーカー気質だと思いますが、もう20年近く前の話なのに、まだ顔を覚えています。

その店員さんを、仮にAさんとします。

ホームシックもあって、優しさに飢えていたのかもしれません。相手は仕事ですから当たり前なのですが、Aさんの丁寧な接客に、すっかり惚れてしまいました。

なかでも、Aさんの声がすごく好きでした。元気な声で、「いらっしゃいませ!」と言われるたび、生きててよかった!と思えるほどです。

学校帰りに毎日立ち寄り、Aさんのレジに並ぶ。あの頃、いくら使ったかわかりません。通ううちに、Aさんのシフトは覚えました。会える日は気持ちが高まり、会えない日は一日ブルーです。

でも、あくまで店員と客の関係。どう進展させていいかわかりません。シャイボーイなので、「ヘイ彼女!今度お茶でもどうだい?」と誘える勇気はありませんでした。ただ普通の客を装って買い物をしながら、ちらっと顔を見るだけ。

それでも、心は満たされました。いつも同じ時間に、同じ場所にいてくれる。そのことが幸せでした。日々の活力でした。「ありがとうございました」の声が聞けるだけで、心細さが消えました。

あの頃、間違いなくAさんは、わたしにとってのアイドルでした。



けど、アイドルはいつか卒業します。ファンがどんなに求めても、風のように去ってしまいます。なかには、また違う風となって現れてくれるアイドルもいます。しかし、もう戻ってはこないアイドルもいる。

Aさんはある日突然、レジに現れなくなりました。最初は、お休みかなと思いました。でも、次の日も、次の日も、次の日もいない。認めたくなくて、今まで通りの時間に、今まで通りに通い続けました。

もう一度顔が見たい、もう一度声が聞きたい、そんなもう一度を求めても、そのもう一度が叶うことは、二度とありませんでした。

ああ、辞めたんだ……

その事実を認めるまで、1か月はかかったと思います。

さよならすら言えなかった。言えるわけもありません。ただの客なのですから。Aさんがわたしに、辞める日を教える義理なんてどこにもありません。

Aさんというアイドルは、風のように去っていきました。



ファンはアイドルに迷惑をかけてはいけない。その意識は当時からありましだ。だから、目立つことはしていません。

店内にずっといたり、じっと見つめたり、何も買わずに出入りしたり、そんなことはせず、普通の客として通いました。気持ち悪がられたり、邪魔になるようなことは絶対にしたくありませんでした。

なのできっと、Aさんにとってわたしは、ただの客です。よくて、「よく買い物にくる学生さん」でしょう。覚えているわけはありません。でも、Aさんという存在は、あれから20年経った今でも、わたしの心に深く刻まれています。

いまどうしてるのかな、結婚してるのかな、幸せかな。幸せであってほしいな。Aさんの人生において、わたしという存在は、記憶にも残らない、ちっぽけな存在です。でも、そのちっぽけな存在は、あなたの幸せを心から願っています。


20年近く経ったいま、Googleストリートビューで、そのセブンイレブンを見てみました。場所はちょっと移動していましたが、確かにいまも存在しています。

そこには、好きな人に会える喜びを抱えた、あの頃のわたしがいました。

そして、店のなかには……


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