見出し画像

もっと趣味に走っても良いのかもしれないという話

上記の本、今まだ途中なんですが、良いです。すごく好き。

Makerについて

自分は子供の頃からずっと物を作るのが好きで、趣味の領域でいろいろやってきたかもしれません。でも、なんかこれを仕事にするんだという覚悟が割と早い段階からあったので、プロでありたいというなにか制約を自分に設けてるところがあって、Makeの文化についてはなかなか受け入れられないところがあって、Maker Fairとかもなんか行ったことなくて。。今、Maker Proの本を読んで、「う、これだ!」ってなってます。。

プロってなんだ

誤解を恐れずに、プロということについて書いてみます。

若い頃は、プロでありたいという気持ちが強かったので、プロの定義は「お金をもらうこと」「クオリティを担保すること」「ミスがないこと」とか、そういうイメージでした。今もこんなプロでありたいとは思ってるんですが、プロってそれだけじゃないなってことも同時に思います。

批判されそうですが、書いてみます。プロっていうのは、仕事としてスキルを扱うので、良くも悪くも割り切りができるようになっていきます。(クライアントワークでしかない話かもしれませんが)、仕事ってどうしても理想を追いきれないところがあります。クライアントの要望の枠の中でやるってこともありますし、予算の問題もありますし、時間の問題もあります。でも、その限られた枠の中で最高の結果を出そうとするわけで、いろんな制約と戦いながらも最高のものを目指します。そうやっていくと、だんだんゴールイメージが正確に見えるようになってくるので、経験を積めば積むほど、ゴールに向かってスムーズに行き着くわけです。ある意味戦わなくなるといいますか。いい具合に手を抜けるようになるってことです。

プロっていうのはその領域の専門家なんで、当然最先端のことも知ってるでしょうし、毎日やってるわけだからこだわりも半端じゃないと思います。でも、クライアントの方はそういうわけじゃないことが多いので、プロのこだわり全開の提案とかはやりすぎだったりするわけです。

自分でも葛藤がある話ですが、プロであるというのは、ここで書いたような要素も含まれると思うわけです。

趣味だとどうなる?

趣味だとこれが変わります。誰かに頼まれてやってるわけでもないし、売るために作ってるわけでもなかったりします。そうすると、制約なしです。時間とかコストとかの制約がないわけじゃないですが、そこは趣味だから自分の持ってるものをすべて投入することだってできるわけです。とことんやりきれる。

これを趣味最強説と僕は呼んでいます。

Maker Pro

で、きました。Maker Pro。これです。

上記の趣味の方で、自分の作りたいものをひたすら作っていたときに、それがうっかり仕事になるぐらい売れた場合どうなるでしょうか。ついにやりすぎがないプロになれるわけです。

クライアントワークでも知名度を得た少数の人たちや、そこらへんのブランディングのコントロールができる人たちは、常に全力投球で仕事ができてる場合もあるかもしれません。でも、僕なんかはわりとそっちを目指すよりも、Maker Pro目指すほうが近道じゃないかって気がしてきてるわけです。

趣味に走ってた時期もある

じゃーお前の「趣味に走る」ってなんだよ。と言われてしまうと思います。

かつては、割とやってました。その時はApple大好きのベクトルですね。MacOSの開発がやりたくてそればっかり考えてたので、展示の仕事とかも無理やりMacで納品してました。Mac miniを使った展示物をたくさん作ってきた実績あります。openFrameworksとかが流行る前からずいぶんとやってました。しかも、UIとかにもこだわりたいタイプ(というかMacのUIに惚れて始まってる)なので、展示用のアプリだとしても、設定画面も全部しっかりGUI用意して誰でも操作できそうな感じにしてました。無駄にアイコンとかこだわったりとか。誰も求めてないのにめっちゃ作ってました。

コンテンツ内の時間概念があるので時計のUIで表現。つながるMacProがアイコン付きでリスト表示。台数減るとセンタリングされていい具合に表示。つながるiPod touchは無駄にデバイスの向きも連動したり。バッテリ残量はもちろん知ることができる。つながるプロジェクターはPJ Linkで制御して、電源管理。接続台数変更することは殆どないのに、リストはすべてGUIで編集可能。音の再生はスピーカーの台数多かったのでリスト表示。それぞれ波形で確認できる。オーディオインターフェースはプルダウンで変更可能(変更することはないけど)。

最近は、そこをやらなくなってきて(無駄なことやってたから当然かな)。openFrameworksとか使うと、GUIにこだわったとしても知れてるので、いっそjsonで設定ファイル作ったほうがスマートじゃない?とかそっちになっていきます。効率バンザイの考え方ですね。オープンソース使うのも、効率めっちゃ良いので、あっという間にすごいのができちゃいます。

あっという間にできることの問題

仕事の効率があがってあっという間に完成するんだったら良いことばっかりだね。って思うと思います。でもなんか弊害あるんです。

なんかね、愛情をふくらませる前に納品しちゃってるっていうか。。

昔だとなんでも作るの大変だったんです。僕の場合は自分で勝手に大変にしてるっていうのもありますが、オープンソースもそんなに出回ってなくて、Arduinoもないころなんて、新しいセンサー使うたびにデータシートとにらめっこして、何日もかけてテストして。openFrameworksもないわけで、しかもGUIもこだわってたから超大変で。でも、そうやって作っていくと、プロジェクトに愛情がものすごい芽生えてくるんです。コツコツとゼロから積み上げていくので、100%フレッシュな状態なんですが、そうなってくると一点の曇もなくつくりたいという気持ちが高まってくるので、超こだわります。こだわってこだわって、こだわり抜いて作っていくので、もうそりゃ納品で手放すのが惜しくて。

今はね、あっという間に完成します。それは経験を積んだってこともありますが、それよりもまわりの進化がすごい。なにをやるにも、オープンソースがすごく支えてくれるので、作ろうと思ったものを今ままでの何倍もの速度で作れてしまいます。その気持ちよさはそれはそれであるんですが、なんていうかあっという間すぎて、物足りないってことが多いです。変なこと言ってるかな?

今だったら何やるか

さて、じゃ今だったら何をやるのかって考えると、まだ結論出ません。

昔とちがって大嫌いだったWindowsも触ってますし、昔ほど嫌いだって思わなくなってしまってるし。openFrameworksも昔はあんまり好きじゃなかったけど、今は結構好きだし。Arduinoも「こんなの素人が使うものだ」とか言い放ってましたが、それは間違いで自分も今は超使ってます。RaspberryPiも登場して、これまた便利で最高に楽しいし。嫌いなものが減って、マイルドになってしまってますが。

趣味に走るためにも、なにかこう気持ちが高ぶっていくなにかを盛り込んでいきたいなと思ってて。「何作ろうかなってワクワクする」と近い感覚を今感じてて。

オチがないですが。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?