見出し画像

1976年8月15日、夏の日の思い出(04)

僕は雪の左手を握ったまま歩きながら特に会話らしい会話はしないまま歩いていた。
家の前を通過しようとしたとき「家過ぎたよ」と雪が家の方を見て僕に言った。
「今、自分の部屋はこの家でないところにあるんだ」と言った。
雪はちょっと不思議そうにして僕を見た。
「うちのじいさん、知っているよね。別居していて、食事の時だけ来ている」と雪に向かって言った。
「ええ」
「じいさん、お妾さんいて、ばあちゃんが亡くなって一周忌が過ぎてからお妾さんのところで寝泊まりするようになってさ、その家の2階が使われいなくて今年に入ってすぐに僕がその2階の部屋を使うようになったんだ」と言った。
雪はちょっと理解出来ていないように感じたが「そうなの」と呟いた。
「まあ、そんな感じでこのことを知っているのは家族だけだし、今じいさんとお妾さん旅行へ行って誰もいないんだ。そんな感じで初めて他人(ひと)を部屋に入れるんだぜ」と僕は言った。
そう、じいさんのお妾さんの家に間借りしているなんて友だちに言えないし、お妾さんも僕の友人と言うか他人が家に来ることは嫌なはずだ。
幸いして、今はお妾さんもじいさんもいないので、今ならいいかなと勝手に思った。
雪が僕に「今日は大人ぽい格好しているけど」と聞いてきた。
短い髪をチックで固めて、白の長袖ボタンダウンカラーのシャツ、シャツの胸ポケットにRay-Banのクラブマスターをさしていた。
それとチャコールグレーのスラックスにダークブラウンのダーティバックスのプレントゥシューズを履いていた。
服装はアメリカのファッションに憧れて、メンズクラブなど雑誌の影響がおおきい。
今日は、雲っていてもそこまで寒くないがもう少し気温が低いときにはノーネクタイのままだったり、きちんとネクタイを絞めてネービーのブレザーを着る。
僕の身長は168cmで、雪とほとんど変わらない。雪は、ヒールの高いシューズを履かないのでかろうじて並んで同じくらいだ。
僕も「雪こそ今日はいつもより大人ぽく感じる」と言った。
どちらかと言うと雪の方が話さないで黙っていると外見上僕よりも大人ぽい。
そう言えばふたりで買い物をしている時など店の店員に「弟さん」とか「お姉さん」などと言われることがあった。

雪の話だと、小学6年生の時に帯広へ引っ越してからの1年半くらいの間で10cm以上伸びて、着ていた服がほとんど合わなくなった。そしてお母さんと身長がほとんど変わらなくなり、お母さんのものや新しく買うものは大人ぽいものになり外見上より大人ぽくなった。
そのときに雪は言わなかったが身長が伸びただけでなく体型も変わったのだと見て感じる。
僕は、帯広に来たばかりの姿は知らなく、その1年半に成長した雪の姿しか知らない。

「午前中に家族で音更のお寺へ行って来て、帯広に戻って着替えずにレコード屋に行って来た」と僕は答えた。
歩いていると雪の視線が僕の脇に抱えているサウンドコーナーの包みが気になるようで何度もそちらに向けられていた。
「“The free Electric Band(ザ・エレクトリック・バンド゙)”というアルバート・ハモンドのレコードともう1つはさっき知ったばかりの浜田省吾の“生まれたところを遠く離れて”」と僕は答えた。
僕は早く帰って、取り寄せて買ったアルバート・ハモンドのレコードより、浜田省吾のレコードを聴きたかった。
部屋には、音の良いステレオはなく、モノラルの小型のレコープレーヤーしかない。
部屋で音楽を聴くのは、レコードを聴くより、ラジカセでカセットテープをヘッドホンをして聴く方が多かった。
高額のステレオがなくてもこのように聴くことでそれなりにいい状態で音楽を楽しむことが出来た。
いつも買ったレコードは、中学校のクラスメートの中にオーディオマニアの奴がいて、そいつのところでカセットテープにダビングしてもらっていた。。
このレコードも夏休みが終わってからそのクラスメートにカセットテープにダビングしてもらうつもりでいる。
小型のモノラルのレコードプレーヤーでは、音の迫力はないが今は仕方ないと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?