あれから3年

 2016年7月26日に津久井やまゆり園で起きた殺傷事件から3年。

事件数日〜数週間後、負傷されて救急病院に入院している方々の次の居場所がなかなか見つからないという状況がありました。それで自分が勤務している病院で受け入れられるように精神科部長や病院の理事長にお願いしたところ、あまり稼働していない病棟をまるまる空けてくれ、何人かの方々に数週間ほど入院してもらったのでした。みなさん、負傷後適切な処置を受けていたので身体的には比較的元気。その病院は内科や外科病棟も併設された比較的大きな総合病院だったこともあり、院内を探検するように色々な場所に走って行けるほど回復した人もいました。ただ、即席で用意してもらった病棟だったので安全を保持できるかどうか大きな不安が残り、園の方々と相談して、ボランティアのヘルパーさんたちが交代で24時間体制で常駐してくれました。

 あれから3年がもう経ちます。僕は今年の4月にその病院から大学病院へ異動しました。10年以上前に大学病院で研修を終えた後、非常勤勤務先として津久井やまゆり園の嘱託医になったのですが、その大学病院に戻った形です。大学病院の外来は患者さんの数がとても多く、十分な診療時間がどうしても確保できないのが大きなフラストレーションなのですが、先日、その外来で久しぶりに津久井やまゆり園に入所されていた一人の方に会いました。重度の知的障害とてんかんを抱えていて、今は別の施設に入所中。必要な処方を大学病院で続けるということでいらしたそうでした。思わず「久しぶり!」と声をかけたのですが、車椅子に乗って眠そうにしています。もう一度声をかけると、「知らねーよ。お久しぶりです」というツンデレのようなお返事を頂き、そうだこの人は表面的に口は悪いけど優しい人だったなと思い出しました。怒涛のような外来の一日の中で、その時間は僕にとって小さな癒しになりました。しばらく会っていない人に予想外に出会えるって、良い刺激になるものです。

 僕は今、大学病院に常勤で勤務しながら、知的障害を抱える方々の施設が複数ある社会福祉法人に非常勤で通っています。そこには作業所や、通所する方々が暮らすグループホームが複数あり、僕は毎回そのどこかの施設に行っておよそ一人一時間くらい、ゆっくり話をしています。みなさん、色々な話をします。生い立ちに大きな辛さを抱えていたり、障害のために虐げられてきたと自覚しているという話を聞く時、簡単にどうしたら良いのかなんて分かるはずがなく、ただただ聞きます。また、僕がこれまで話してきた人たちの中で考えると、電車とゲームに強く興味を持っている人が多い印象です。一言に電車と言っても興味の焦点は様々で、特定の路線の特定の車両番号の電車を追い続けていたり、ある路線とある路線の電車のフォルムの違い、例えば丸っこさが似ているところに着目しているという人もいました。さらに、一日中電車の終点とか、例えば田園都市線と半蔵門線など線が変わる駅に滞在して、車掌さんが交代する時の所作の違いに着目している人もいました。この人の話を聞いて、電車の話のようで電車自体の話ではないことに驚きました。自分は、電車といえばほぼ、移動手段という認識しかありませんでしたが、こんなに無数の目線が存在しうるなんて! こういう発見があることは、自分の気持ちを豊かにするような気がします。ゲームについては、ポケモンが好きな人が多い印象ですが、みなさんそんなに出歩かないのでほとんど誰もポケモンGOはやっておらずもっぱらゲーム機。僕がポケモンというワードを聞いて、嬉々としてポケモンGOの話をしても、話を理解してくれる人はかなり少ない。その時、自分が少数者であるという感覚になります。でも、みなさん優しくて、「ゲーム機でやるポケモンていうのはGOとは違ってだな」なんて、詳しく教えてくれます。神話を題材にした自作のゲームの脚本を書いている人の話も面白かったなぁ。神話は僕も興味あって色々読んでいるので、かなり盛り上がりました。

 僕が病院や施設にいるからでしょうか。日に日に、「障害」「健常」「異常」「普通」という言葉の使いかたがよく分からなくなってきています。今通っている社会福祉法人の人たちとの関わりの中で、「ピープルファースト」という運動も遅ればせながら知りました。「わたしたちは 『しょうがいしゃ』であるまえに 人間だ」という発言をきっかけに世界に広がっている、知的障害を抱える方々の運動です。「ピープルファーストジャパン」の全国大会に参加している何人かの人の話を聞いて、今回の参議院選挙でこれまでになかった結果が生まれたことに繋がるものを感じました。
 
 事件から3年の今日、この文章を書いている僕は、自分の中の「いつもの日常」を過ごしています。「いつもの日常」はそれぞれの人にあって、それぞれに辛く、それぞれに面白く、それぞれに普通です。

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