貨物列車のレール音と共に

子供のころから、あまり寝つきが良くなかった。

小学校の頃は親のしつけで夜9時には強制的に布団に入らされていたので、学校で9時以降に放送されるテレビ番組の話題になると、話についていけなかった。「とんねるずのみなさんのおかげでした」も「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」も見れなかった。友達が仮面ノリダーで盛り上がっていてもチンプンカンプン。両親への憤りも伴って、布団の中で一人悶々としていたのを今でも思い出す。

中学生になり自室を与えられたときは、その反動からか、倉庫から古いテレビを引っ張り出して、室内アンテナを立てて夜遅くまでコッソリとテレビを見ていた。しかし、ある日父親に見つかってしまい、『だから、学校の成績が下がるんだ!!』と一喝。その頃の僕の期末テストの順位は学年280人中208位。反論の余地なく、あえなく没収の憂き目にあい、再び深夜に懊悩することとなった。

そんなとき、同じクラスの友達から、『ナインティナインの深夜ラジオが面白い』という話を聞く。毎週木曜、深夜1時から2時間の生放送。言わずと知れた「オールナイトニッポン」である。テレビでよく見るあのナイナイがラジオ?ラジオに馴染みのなかった僕は半信半疑で友達から聞いた周波数にチューニングを合せてみた。

どうでもいいような雑談やネタハガキのコーナー。しょうもない下ネタに一人深夜にクスクス笑う。眠くなる限界まで聞いて、エンディングを待たずに寝落ちしていた。その日から深夜ラジオは寝つきの悪い僕の入眠娯楽となった。

ある日、ナイナイのオールナイトで『岡村隆史のケツ毛が濃い。』という話題になり、岡村は『除毛クリームを肛門に塗ってみた。』と言い出した。
岡村『肛門がメチャメチャ熱かってん。』
矢部『そんなとこに塗ったらアカンのちゃう?』
岡村『ちょっとケツ見てくれへん?』
矢部『嫌やって!!』
岡村『頼むから、見てくれや!』
矢部『しゃあないなあ…。』
…。
矢部『岡村さん!!ケツかぶれてますよ!!!』
CMへ
文字に起こすと若干伝わりづらいかもしれないが、僕は深夜に腹がよじれるほど爆笑した。二人のやり取りから相方に生ケツを見せるまでの流れ。オチ直後のCMのタイミング。最高だった。そして岡村隆史と同じく毛深いことで悩んでいた僕は「デリケートゾーンに除毛クリームを塗ってはいけない」と学んだ。

ナイナイ以外にも月曜深夜の「福山雅治のオールナイトニッポン」は、テレビやドラマで見る爽やかな雰囲気とは大きく異なる下ネタ満載。思春期の僕は違った意味で悶々としたが、大ハマりし、僕の入眠娯楽にラインナップされたのだった。マシャ(福山のラジオでの呼び名)はバリトン歌手のような超ええ声で下ネタを連発し、電話でリスナーの女の子にエロいことを言わせたりして、僕の想像力とそれ自身を膨らましに膨らまして、結果さらに眠れなくなるという事態を度々引き起こしてくれた。

おかげで火曜日と金曜日の授業は完全なる寝不足状態。しかし、ラジオを聞きながら勉強する習慣がついたためか、不思議と学校の成績は、下がるどころか30位程度まで奇跡の大逆転。高校受験も深夜ラジオのおかげで乗り切り、第一志望の進学校に滑り込みで合格したのだった。

高校時代はラインナップにゆずやaikoなどの楽曲も好きなアーティストも加わり、より一層ラジオの世界にのめり込んでいった。高校の同級生にもラジオ好きがいて、そいつとは放送翌日にお互いどちらともなくネタハガキのフレーズをつぶやき合うという遊びをやっていた。

大学に入ると生活が不規則になり、さらに友人としょっちゅう飲み歩くという自堕落な生活を送っていたため、ラジオを聴く機会も少なくなっていったが、それでも思い出したように「あ!今日ナイナイのオールナイトだ!」とコンポの電源を入れ、チューニングを合せていた。

ちなみに僕の住む北の片田舎ではオールナイトニッポンの1部は地元の地方局で放送されていたが、2部や10時台の番組は放送されていなかったので、僕はニッポン放送にチューニングを合せて聞いていた。アンテナを微妙に調整すればそれなりにクリアな音質で聞けた。CMもダサい地方局のヤツじゃなくて、東京のCM聞いてるんだぜという小さなこだわりと優越感。インターネットで聞ける今の時代じゃ味わえない若干恥ずかしい思い上がりである。

大学のときに付き合っていた彼女はaikoが好きで一緒にオールナイトを聞いたりもしていたが、誰かと一緒に聞くとなると、必然的に会話が生まれ、次の話題を聞き逃してしまうことが度々あるので、集中出来ず、それとなく一緒に聞くことはなくなった。”やはり深夜ラジオは一人でひっそり聞くに限る”とは僕の持論である。

就職して働き始めると、ラジオを聞く時間帯は深夜から日中へと変わった。チャンネルもAMからFMへ。通勤や移動中の車の中で聞く昼のラジオ。夜更かしして遅刻してしまっては社会人失格。ラジオの聞き方も大人になった。深夜ラジオからは一時離れていた。社会の荒波に揉まれ、自分のふがいなさに打ちひしがれ、日々の仕事に忙殺されているうちに深夜ラジオの存在はすっかり頭の中から消え去っていた。

ところが、数年前に突然、深夜ラジオ熱が再燃したのである。きっかけは資格試験の勉強だった。さすがに学生時代のように深夜にラジオを聞きながら勉強することはなかったが、集中したい時などにスマホからインターネットでアーカイブされた深夜ラジオを聞くようになった。またナイナイのオールナイトを聞くようになったし、ここ数年は「オードリーのオールナイトニッポン」にドハマりしている。通勤中でも、家事をしている時でもとにかく一人でいるときは隙間を見つけて聞いている。

ナイナイのオールナイトでは受験シーズンには受験生リスナーと電話を繋いでクイズに答えてもらうというコーナーをやっている。今では僕が聞くことの出来ない時間帯に生放送のラジオを聞ける受験生に当時の自分と重ね合わせたりして、懐かしくもあり、羨ましく思う。

僕の実家は駅からも線路からも2~3km離れていたのだが、深夜になると電車が通るカタンカタンというレール音が聞こえていた。日中には電車が動いてる音など全く聞こえないのに深夜になると聞こえてくる。田舎だから終電も早い時間に無くなっているので、おそらく貨物列車のレール音だと思われる。夜中に誰もが寝静まったあと、ひっそりと活動している者だけが味わえる深夜ラジオとレール音。静かな世界に一人没入していく幸福を堪能した青春だった。

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