踊るデザイン画、原初のときめき【なんでも魔女商会シリーズ】

考えうる限り、一番最初に心がときめいた瞬間だったと思う。児童書の間に突如として現れた美しいデザイン画は、遠い記憶の中で今も輝きを宿している。

昔読んでいた児童書

なんでも魔女商会シリーズをご存知だろうか。私は小学生時代に飽きるほど読んでいた。あらすじとしては、おさいほう魔女のシルクが、お洋服のリフォームを通して悩みを抱えた動物や妖精の問題を解決したり、はたまた自分や身の回りの人の悩みを解決したりする。リフォームされた洋服はどれも魅力的でお客様に似合っているし、みんな幸せな気持ちになって帰っていく。

愛読書の理由

さて、子ども向けらしいなんともわかりやすいストーリーだ。読む前からなんとなく落ちがわかっていて、冒険物やミステリーみたいな予測不能のワクワク感は無いに等しい。でも、当時このシリーズを愛読していた私の胸には、ワクワクとドキドキが詰まっていた。それがこのシリーズの1番のお楽しみ、シルクが描いたデザイン画である。

夢中になるその魅力

読んだことのある人になら伝わると思う。真っ白い紙に文字とイラストが配置されたよくある児童書の中、突如として挟み込まれる茶色い紙の驚き。そしてそこには色鉛筆で描かれたような美しいデザイン画と、シルクの手書きメモがある。その上、リフォームで使う見本の布が貼り付けられたような仕様になっている。それはどこまでも現実の近くにあって、触れれば布の質感がするんじゃないかとその部分を何度も撫でた。しかし、指先に残るのは紙の感触ばかりで、いつもがっかりしてしまう。それでもまた触ってしまうのは、いつかその布やらスパンコールやらに手が届くかもしれない、という空想が手放せないからだろう。

ここまで読んで、こう思われたかもしれない。「デザイン画があるのがそんなに凄いことなの?」とか「デザイン画さえあればいいってこと?」というようなことだ。もちろん、そうではない。一つ一つ話していく。

デザイン画は世界の境界を揺らす

デザイン画は、ただ本物みたいだから良い訳では無い。ここで大切なのはそれが「シルクのデザイン画」であることだ。挿絵とは違うタッチで描かれていて、手書きのメモも添えてある。それまではことの成り行きを傍観者として見ていた私達が、突然シルクのデザイン画を覗き込む。そこで、世界が揺れる。物語と現実の境が曖昧になる。フィクションの世界への没入体験を果たすという訳である。客観的な視点から主観的な視点への変化が、予告もなしに訪れる。それは、鮮烈な読書体験として私の胸に爪痕を残した。

デザイン画だけでは、足りない

デザイン画をただ1枚見るだけではここまで心に響きはしなかっただろう、と確信できる。上記の通り、客観的に見ていなければ主観的な体験もない。すなわち、それまでの部分やその後の部分はデザイン画の効果を増幅させる。しかし、それではストーリーがまるでおまけのようには聞こえないか。もちろん、それは違う。今までは物語に没入できるという点でデザイン画自体の存在がいかに素晴らしいかを語ったが、肝心なスケッチブックに描かれている洋服の見ためそのものについては、全く触れてこなかった。なぜなら、そのことがストーリーの大切さに繋がるからである。

ストーリーの役割 〜前半〜

基本的に、物語の前半はデザインを考えるためのヒントだ。キャラクター自身の性格や個性、境遇または環境などの情報や、別のキャラクターとの関係性を知ることになる。そこから悩みを解決するために必要な要素を考え、導き出されたものが1枚のデザイン画という答えなのだ。私達は、シルクらと共にお客様にどんなリフォームをするか考えながら読む。次々と集まるデザインのヒントは、私たちに想像の余地とその後続くであろうページへの期待を与えてくれるのだ。では、物語の後半は? これこそおまけじゃないの? 実は違うのだ。

ストーリーの役割〜後半〜

デザインの後は、お洋服にリフォームを施す場面になる。ここでまず、必要な材料の調達に向かうことが少なくない。魔法が当たり前の世界には、特殊な素材が沢山存在している。この材料集めでは、あっと驚くようなアイディアや人間の世界との違いを感じることが多いため、魔法の世界ならではの魅力がたっぷり詰まっているといえる。また、作業シーンでは工程の説明だけでなくこだわりなんかも書いていて、実際に手芸をしてみたい気持ちがじわじわと溢れ出す。(コサージュなんかの簡単なものは作り方が載っている時もあるのでぜひ作ってみてほしい)デザイン通りの姿にお洋服が変化していく様子を追っていくと、そこに生じるのは不思議な結束感である。私たち読者は、もはや共にリフォームをした同士のように思えてくる。そして遂に、依頼をしたお客様が来店する。ちなみに、その時点での反応は意外とまちまちだ。喜ぶ人が多いものの、リフォームしたお洋服を見ても直ぐには喜ばれないこともある。しかし、生まれ変わったお洋服に身を包んだ人たちは皆、幸せを感じるのだ。それが何故かと言うと、お洋服の中には、見たり着たりしたその瞬間にはわからない魅力を持つものがあるからだ。そういう時は、後から気づきが訪れる。パーティーの会場で、コンテストの舞台で、ようやく本領を発揮したお洋服がデザインの意味を伝える。そうして得られたお客様の笑顔を見届けるまでが、この物語の楽しみ方だと思っている。

結論

デザイン画が一番楽しみではあったけれど、それはストーリーまで読んだ上でのことであり結局は全て揃ってこそである。しかし、それはそれとしてデザイン画がすごく良いのでじっくり読むほどではない方もぜひそこだけ見てみてほしい。ちなみに、作者のあんびるやすこ先生は他にも「ルルとララ」シリーズ、「魔法の庭」シリーズなど素晴らしい作品を世に生み出している。私のnoteを読んで気になったという方はぜひチェックしていただけると幸いだ。

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