トム ②リコちゃんのおばはん

 酷く寒い日が続いた。
 雪が降った。 
 トムは縄に繋がれてそれ以上動けなかった。
 丸くなっているのが一番効率がいい。
 じさまが飯を持ってこないから、うんこも出ない。
 雪を食った。

 でかいスコップを持って隣の奥さんが雪を除けている、昼下がり。
家の境目でトムと目が合って、慌てた様に消えた。

 しばらくして、俺の大好きなリコちゃんの飼い主が来た。
隣の奥さんと一緒だ。目をまん丸くしてこっちを見ている。
 リコちゃんのおばはんの手元からものすごく旨そうなにおいがしたので、俺は少し前から存在感を増しつつあるケツに出来たオデキの痛みを堪えておばさんのところへいった。
ずっと丸まって寝てばかりで足が固まっていたから歩くのはヨタヨタしておかしな具合だ。
おまけに左足に体重をかけると余計におできが刺激される。
 リコちゃんのおばはんが色んな顔をしながら駆け寄ってくる。何かを叫んでいるんだろう。
その手に持った凄い匂いのする袋からカタマリを出したので俺は待てなくて手からもぎ取った。
うまいうまい。うまいうまい。
 俺が飲み込む間、おばはんは雪に埋もれた水入れのボールを掘り出して雪を払い、ボトルの水で満たした。
俺は嬉しくて飛び回っていたからそれをこぼしてしまった。
 おばはんは表情を変えずに水を足した。
紙の皿にじさまがくれていたのと同じ飯を出し、俺が食っている間に消えた。
 その日から、リコちゃんのおばはんは大体毎日来た。
 リコちゃんにはもうずっと合っていない。
じさまに荒縄で引っ張られ、自転車に後れを取らないようにしていたが俺はリコちゃんが大好きだった。
 リコちゃんは俺に気づくとこれでもかと鬼の形相で叫んでいたが、俺も荒縄で引きずられつつ応えるのを忘れなかった。
 耳が聞こえていたころ、俺たちの声が辺りに響き渡るのが好きだった。
そりゃ爽快だった。
けどある時から、夕方に出てくる柵の中でリコちゃんを見ることがなくなった。

 その雪の日以降、おばはんは俺を散歩に連れ出すようになった。
じさまと違って歩いて散歩するので俺はずっと嗅ぎたかった電信柱の匂いを心ゆくまで堪能した。
 それでも、リコちゃんには会えなかった。たぶん死んだんだろう。
もっと走りたいときもあったがじじいが帰ればまた自転車だろうからこれはこれでよしとする。
 じさまは散歩の後家に入れてくれることがあった。
けど、リコちゃんのおばはんは小屋につないだら慌ただしくいなくなってしまう。
いいさ。
 食い物がない間はキツかった。今は、たまにおばはんが来ない日があっても大概は食い物を貰えるんだから。

 それから、春が来た。
寒さが和らいで楽になった。ケツの出来物は大きくなっているようで、今じゃまっすぐに座れない。舐めると血の味がするし汚れた敷物も血の匂いがしている。
 じさまは帰ってこない。声が聞こえていたころ、じさまは散歩の後俺を家に入れて俺をかまった。乱暴に頭を抱えてごしごしする。
 じさまの「トム」という声が聞こえなくなって随分なるが、口の動きで大体のことは分かったさ。
なにをやっているんだろう。

 庭の水仙が同じ高さににょきにょきと葉を出している。 
 花を咲かせるのはまだ先だが、この花はじさまを笑顔にする。
 咲くころにはじさまが見に来るだろうか。
俺の頭をゴシゴシするだろうか。


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