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「悪代官様、御成りあそばせ」第1話

あらすじ

江戸の時代の、どのあたりかは定かではござりません。時代考証だのと何なのと、堅苦しい話はやめておきましょう。
江戸八百八町のどこかにおりますのが、悪代官様。名前なんて、野暮なことは聞かないで下さい。今日もどこかで、また悪いことを考えて、悪徳商人とつるんで、あんなことやこんなことをやっているんです。毎回、あんなこと、そんなこと。古典的な悪代官のすべてを赤裸々に、コミカルに……どうです、気になりませんか?
それでは悪代官様と一緒に、黄金色の饅頭を片手に、いざ江戸ライフへ!

第1話 悪代官様、見参

 悪代官。
 文字通り、悪いお代官様のこと。
「強きをたすけ弱きをくじく」
といった、厭~な御方の代名詞にも用いられることで有名です。
 悪代官様。
 まあ、この物語の主人公です。何の公儀の代官様かは、聞くだけ野暮というものでしょう。なんてったって、御上の御役目を預かっている身の上でありながらも、よくもまあ呆れるくらいに……おおっと、皆まで語るのもそれこそ野暮の骨頂なり。
 ここまで読んでしまった貴方。もう、諦めて下さい。最後まで……のう、おぬし。ふっふふふ。
 
 江戸の時代の、どのあたりかは定かではござりません。時代考証だのと何なのと、面倒なことは置いといて。とにかく江戸八百八町のどこかに、おりましたですよ、悪代官様。
 悪代官様、今日は満面の笑みを浮かべてござります。
「越後屋、ようきたな。儂はのう、今日という日が、まことに楽しみであったぞ」
「これはこれはお代官様。これはほんのお土産にござります」
 桐の箱に入った高価な饅頭。お代官様、これに目がないのであります。
「ほほほ、これはこれは、黄金色の饅頭じゃのう」
「お口に合いますことやら」
「わしは好き嫌いなんぞ、したことがない」
 そういうなり悪代官さま、箱をひっくり返しました。なんと中敷きの下から小判がザックザク。背中を丸めてご丁寧に数えたりする姿が、なんとも愛くるしいですな。
「越後屋、ご公儀にはそなたの商売熱心なことも善行のことも、よぅく申し伝えるぞ」
「ありがたき幸せでござります。ささ、駕籠の支度も調いましたゆえ、そろそろお出ましいただけますか」
「そうじゃのう。楽しみじゃのう」
 悪代官様、本当に嬉しそうです。紫色の頭巾をかぶってお顔を隠し、門に控える傍らの与力に
「私用じゃ、お供無用と心得よ」
などと澄まして申しつけながらも、軽やかな足取り。何やら悪事の臭いが、プンプンしますね。
 駕籠はえっちらおっちらと、両国橋で大川を渡り、ほどほど田舎の漂う、ちょっとしたお屋敷へと入っていきました。ここはどこかと申しますと、越後屋の妾屋敷でございます。
「あっこれはお代官様。ようこそお越しになりました」
などと白々しく出迎えるのは、大黒屋・恵比寿屋・布袋屋・玉虫屋などという有難そうな屋号を看板にした、悪徳商人の旦那衆にございます。
 にこにこしながら屋敷の奥座敷へと案内される悪代官様。今日の趣向は恒例のものなんです。悪代官様はこれが何よりも楽しみで堪らないのでござります。
「さればお代官様。今日の趣向でもっとも楽しませた者が、今年の橋修繕の普請場に出入りできる商家ということで、よろしゅうござりますな」
「越後屋、はりきっておるのう」
「それは、それは。前回は玉虫屋さんに落札されましたから、今年は頑張りますよ」
 おやおやと、玉虫屋が苦笑いする。
「うちも三年ぶりの落札、大黒屋さんほど多く落札してません。ご勘弁願いたいですなあ」
「そうじゃ、大黒屋さんは人足寄せ場の文具扱いや、井戸の清掃など、二年も落札してますからなあ」
「ちょ、玉虫屋さんも、布袋屋さんも、勘弁してくださいよう」
ギラリと、越後屋は腕を組む。
「もう、半年もお声が掛からぬとあっては、ほんに悔しゅうござります。今日こそは恵比寿屋さんに負けませぬぞ」
「ははは、越後屋さん。ひとつお手柔らかに」
 これだけでも、胡散臭い、いかにも悪そうな会話です。
 これから何をしようというんですかね。襖の向こうには、見るからに拐かされてきたような、可愛らしい町娘が目隠しで両手を縛られております。それぞれ屋号のついた鉢巻きをつけているのが、妙に怪しい。
「それでは今年の橋修繕の普請場出入り商家を決したいと思います。恒例になりました、町娘独楽回し大会。もう云わずともよろしいですな。帯紐を引き解いて、誰よりも長く娘を回した御店が、勝ちにございます」
「越後屋さん、早くやろうよ」
「そう急きますな、玉虫屋さん」
「そうとも、まずはこの金粉酒を娘御に呑ませて差し上げなくては」
 娘を酔わせてフラフラにさせるのも、どうやらお遊び……失礼、入り札のの掟のようでして。猿轡を外して叫び暴れる娘に酒を含ませるのは、かなりの手練れでないと難しいようです。それを悪代官様自らが、軽々とやってしまうのが恐ろしい。
 傍らに砂時計を用意して、悪代官様、どっかと上座に腰を下ろしました。
「ようし、はじめぃ」
 最初に回したのは大黒屋です。クルクルと回ります。町娘もふらふらと廻ります。帯が離れた瞬間に、砂時計はひっくり返されます。おっと、これはいい記録が出そうだ。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……もっと回る。凄いぞ」
 結局、皆の数えで二〇の声で娘がパタリと倒れ込んだ。
「大黒屋、幸先よいのう」
「お褒めに預かり恐悦にございます」
 その後も恵比寿屋、布袋屋、玉虫屋と続きますが、大黒屋の記録は抜けそうにありません。最後は越後屋です。
「ふふふ。今回はもう決まりましたね、越後屋さん」
「なんのなんの、大黒屋さん。油断は禁物にござりますよ」
 越後屋も負けじと胸を張る。
 いざ、勝負なり!
 と、そのときです。何やら庭が騒がしい。
「ええい、何事じゃ」
 悪代官様が障子を開けるよう命じると、ご隠居風の老人にお付き人がふたり、毅然と立っていた。
「なんだ、お前ら!」
 悪代官様は胡散臭そうに、三人を睨む。
「あっお代官様。こいつら越後から来たとかいう、縮緬問屋の隠居ジジイですよ。こないだうちの店のなか、覗き込んでいやがったんだ」
 越後屋はムッとしながら囁いた。
「ええい、図が高い。この御方は……」
 付き人の口上が言い終わらぬ間に、越後屋で飼っている強い浪人さんたちが飛び出してきて、たちまち三人を切り捨ててしまいました。そのうち庭の隅で奇声を上げてる小太りした男がいたので
「おぅ、おめえも仲間か」
と浪人に凄まれて失禁。それでもヒーヒー云いながら
「あんたら、天下の副将軍をうっかり斬っちゃって、どうするつもりだよ」
などと叫んだものだから、さあ大変。
 いやぁ、これには悪代官様も悪徳商人たちもおったまげ。
 さてさて、どうするこうすると談合を始め、醜い責任転換の嵐。暫く埒も明かず、殴り合いまで発展しそうな険悪な空気が漂いだしました。
 すると悪代官様、片肌はらりと脱ぐや否や、庶民もご存じの遠山裁きと洒落こんで
「そもそもこの縮緬問屋は世直しなどと不埒なことをしでかした不貞の輩なり。だいたい正義があるなんて本気で思っている者がおかしいんじゃ。よって、この三人は悪徳な商人として闇に葬るものなり。のう、越後屋」
「はぁ?」
「背格好が似ておるの」
「は……はぁ?」
「旅暮らしも悪くはあるまい」
「おっしゃっている意味がよくわかりませんが」
「鈍いのう。今日、お前と浪人がここで死んだんだよ。で、お前は誰かと申すと、天下の副将軍さまというわけ」
「まさか」
「なりすましなんて、どうせ誰にも分かんねぇって。一生ご公儀から金貰って世直し旅をしていりゃあいいだろ?」
「ちょっと待ってくださいよぅ」
「心配すんなって。ご公儀の恩赦が出たと云うことで、越後屋は今年の橋修繕の普請場に出入りできる商家に決定。皆の者、ご異存あるまいな」
 ここで異存あるバカはいるわけがない。
「一生旅なんて、まいっちゃうな、ちくしょう」
 嬉しくないとぼやく越後屋に
「おい越後屋、だからお前は馬鹿者なんだ」
 悪代官様のお考えは、こうだ。
 悪徳商人みんなの恩を着ちゃうんだから、全国に展開する商い屋敷は全部越後屋の定宿になる。それくらいのこと、4人の商人には造作もない。
「だから、旅先で好き放題して過ごしていりゃいいんだよ。それに見ろよ、この縮緬副将軍。すごい爺さまだろ。半年もして衣服を海に投げ捨てりゃあ、ほとぼりも冷めて、帰ってこられるって寸法だ」
 悪代官様、こういう知恵は凄いものです。
「これにて一件落着~」
 けったいな大見得に、男泣きしているのは越後屋さんただ一人。浪人さんは遺体を物色しながら
「なんだか高価な印籠がでてきたぜ」
とご満悦。
「馬鹿野郎」
と泣く越後屋さんに、まんざらでもない腕の立つ浪人ふたり。ここだけの話ですがね、本物よりも格好いいですよ、御三方。
 かくして今日の入れ札もお開きと相成りました。
 あっ、小太りしたうっかり男。当然、強い浪人さんが、うっかり始末しちゃいました。うっかりは恐いですね。皆さまも、ご用心、ご用心。
 
 悪代官様、代官所に帰ってくると少しそわそわしております。
「どうぞ落ち着き召され」
 寡黙な与力がボソリと呟きます。
「やかましい。お前はアレの恐ろしさを知らないから涼しい顔していられるんだ!」
 おやおや、悪代官様。どうやら、うっかり浮気が奥方にばれておしまいのご様子。やはりそこは悪代官様も、人の子でございますねぇ、ほほほ……。
 おや、奥方様が物凄い形相でやってきましたよ。
 こちらも、すわ退散、退散。
            
                        つづく

第2話 https://note.com/gifted_macaw324/n/n5f52352f4999
第3話 
https://note.com/gifted_macaw324/n/na37c6c2b8a4d
第4話 
https://note.com/gifted_macaw324/n/n86e5a6050297 
第5話 https://note.com/gifted_macaw324/n/n41b640c049ee
最終話 
https://note.com/gifted_macaw324/n/n16898296d955


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