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「悪代官様、御成りあそばせ」第4話

第4話 悪代官様、ぴーちたいむ

 最近憂鬱な悪代官様。桃の季節が終わってしまったようです。実は、桃が大好物みたいですね。
「誰も献上しないということは、いよいよ今年も桃の季節はおしまいかぁ」
 すっかり気の抜けた悪代官様。黄金色の饅頭にもあまり関心がなさそうです。
 それを聞いた恵比寿屋さん。色々と手を尽くしたのですが
「どうやら桃は、終わってしまった御様子」
と、代わりに持ってきたのは拐かしの町娘。せめて桃尻で我慢して欲しいという引っかけのようですが
「桃がいい。桃がなければ悪いことする気にもならん」
「お代官様。バカなこと云ってはいけません。お代官様から悪いことを取ってしまったら、いったい何が残るというのですか」
「失礼なことを申すな、恵比寿屋。儂はもともと善人なのだぞ」
 よくいうよ。
「とにかく桃は来年までのお楽しみになさりませ。そうそう、最近小耳にしたのですが、鬼退治とか称して、悪い商人に制裁を下す不届きな輩がおりましてなぁ。なんとそやつ、桃太郎とか名乗っておるのです」
「桃太郎とな?」
「はい。なんでも世直しとか申して、悪い商家に押し入っては、用心棒の先生方を峰打ちで斬り倒して回っているようで」
「けしからんなぁ」
「まことに」
「桃を名乗って悪をこらしめるとは、実にけしからん。儂は桃退治をする鬼にならねばならんようじゃ」
「ぃよっ、お代官さま!」
「見ておるがよい、ふっふふふ」
 あららら、すっかり復活しちゃいましたよ。悪代官様て、案外と単細胞ですねぇ。
 
 で、噂の桃太郎という御方。
 どんな御方なのか、ちょいと覗いてみましょうか。長屋のおかみさん方には人気がありそうな男前ですね。お煎餅が好きそうで、早押し問答すると正解が早いと評判。案外と男臭い部屋には、悪人を成敗するときに使うのでしょうか、般若のようなお面が転がっています。まあ、正義の味方って、食うのには困らないけど、それなりに貧乏臭そうですね。でも男前は得です。長屋のおかみさん方が、とっかえひっかえお総菜を分けてくれます。それこそ亭主や子供の分まで犠牲にして。男前は罪ですねぇ。
 で、桃太郎さん。なにやら泣かされている女性を嗅ぎ分ける嗅覚が物凄いようで、おぉっと、また何かを嗅ぎつけた御様子。
「御新造さん、どうかなさったんで?」
 町中で物陰に泣いている女性のもとへ、つつっと接近する桃太郎さん。
 どうやらこの御新造さん、恵比寿屋さんで何か悪い商品つかまされたようですよ。桃太郎さん、恵比寿屋さんに悪事の臭いを嗅ぎつけたようですね。
ピンチですよ。このままでは悪代官様の悪事も芋蔓式じゃないですか。
 おや、この御新造さん、桃太郎さんに色目を使っていますね。
 いい男はすぐに惚れられてしまう。これもヒーローの性というやつでしょうか。しかも初心なふりしてスルリとかわすのも、これもまたヒーローの宿命……あらら、御新造さん、桃太郎さんに恵比寿屋さんの悪事を伝えたいからといって、出逢茶屋に引摺り込んでしまいましたよ。なかなか、やりますなぁ。桃太郎さん、鼻の下をのばすことなく、杯傾けながら聞き役に徹しています。いい男は、やはりスマートだ。絶対にその場には流されたりしません。
「ねぇぇぇん、御浪人さぁぁん」
 ついつい猫なで声の御新造さんに靡くことなく
「御新造さん、恵比寿屋の背後には、きっと悪い役人がいるに違いねぇ」
 キリリと眉毛を釣り上げて、桃太郎さんは断言します。いい勘をしてますねぇ。
「悪を懲らすのは私の宿命。私に凝らされる悪人は鬼だ。よし、ひとつ鬼退治してさしあげましょう」
と、桃太郎さん、キッパリ。実にヒーローらしい物言いです。一文の得にならなくても悪を懲らしめる、まさにその名の通り、桃太郎さんですね。
 いざ、鬼退治だ。
 
 で、その夜。
 恵比寿屋さんで宴がありました。なんでも入れ札の関係で、いわゆる談合成立の官民両方の親睦会。落札した恵比寿屋さんが主催なんです。当然、奉行所からも然るべき同心が相伴に預かっていたりして。世のなかというものは、こういうからくりが実にうまく出来上がっているようなんです。
「おや、恵比寿屋さん。どこからか鼓の音が聞こえてきますよ。いやいや、風流ですねぇ」
 呑気なことを云ってる人がいます。
「鼓?今宵は芸者の姐さんしかおりませんよ」
「でも、ほら聞こえますよ」
 ポンポンポンポン……あっホントだ。
「ひとーつ……」
 あっ、なんだか張りのある声が響いてきました。この声は、まさしく桃太郎さんのようですね。
「ちょっと待った!」
「ひ……ひとぅつ?」
「勝手に屋敷に入り込んでくるのは、悪い奴でしょう。八丁堀の旦那、あれはきっと押し込みか何かに違いありませんよ」
 三味線弾いてた姐さん。よくみると……あっ、あの御新造さんだ。それを見た桃太郎さん、大慌て。
「あ……あれ、あれ?」
「この人、昼間わたしを出逢茶屋へ引っ張り込んで慰みものにしてくれましてね……旦那、わたし許せない」
「ちょいと御新造さん」
「御用にしてやってくださいな」
 あらら。
 結局、桃太郎さん、問答無用でお縄になっちゃったようですね。なんだか可哀想な気がします。
 
 で、今宵も宴は賑やかに終わったようで、恵比寿屋さん、御新造だった姐さんともども、悪代官様のところへやってきました。
「どうだったい?」
「いやぁ、いい気味でしたよ。桃太郎は奉行所に引っ立てられてしまいました」
「あそこの与力にはよく云ってあるから、いろんな濡れ衣着せられて、桃太郎とやらは島流しになるだろうぜ」
 御新造だった女は、どうやら悪代官様の御妾さんだったようです。無論、奥方には内緒ですよ。
 しかし内緒にしていても奥方の側が一枚上手。
 どうやらすっかり露見していたようで、恵比寿屋さんたちが帰った頃、どこからともなく鼓の音が……。
「ひとーつ、人目を忍んで隠し事……ふたーつ、不倫の輩は許せない……みーっつ、醜いオヤジはおしおきよ……覚悟なさい!」
 お……奥方様、角が生えてますよぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!
「鬼、オニィィィィィイ!」
 悪代官様、暫くハメを外すのはやめておきましょうね。本当、その方がいいですよ、ねっ。ねっ。

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