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小山田信茂の死後

残酷な定説のテーゼのために

「裏切り者!」

というレッテルを貼られた小山田信茂のことを考えて、考えて、裏切りの概念や逆賊という響きの悪さを咀嚼してみた。

そして、不都合な真実を覆い隠すために丁度いい存在として、リアルタイムではなく江戸時代になってから抜擢されたように思えてきた。
犯人は『甲陽軍鑑』なのだが、
江戸時代のベストセラーになってしまったことがケチの始まり。亜流の二番煎じも、都合のいい悪役として、負のすべてを押し付けたように思えてならない。

でも、本当に人びとから
「大悪人」呼ばわりされるなら、絶対に地元で供養なんかしないと思う。

初狩にある小山田信茂首塚
小山田家菩提寺桂林寺の墓所
長生寺でも供養は欠かさない

小山田信茂の本拠地は谷村。
地元の人は知らなかったりするけど、桂林寺も長生寺も谷村エリアの古刹。

首塚は初狩だから大月市だね。

あれは本当にテキトーにやっとけ感が滲んでいて、がっかりしました。

別に祟った訳でもないのに丁重に供養されていることを、
現代人はもっと洞察して、
あの定説に疑問を持つくらいの敏感さがあれば、
あたらしい発見にもつながると思います。
少なくとも、新府城にも来なかったり、途中でバックレて消えたりして、勝頼を勝手に持ち上げて叩きつけるような武田親族や重臣の方が、
ひどいんじゃないかと思わないのでしょうか。

疑問を持つ。自分で考える。間違ってもいいから意見を固める。
勉強する。
そして真実のヒントに辿り着くことが出来たらいい。
若い人。
授業も大事だけど、「勉強」って本来こういうモノだと思うんだ。

だれかのせいにしないで、まずは功績を称えることが出来るご当地であることは、素晴らしい。