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「悪代官様、御成りあそばせ」第3話

第3話 悪代官様、まねぇげぇむ

 布袋屋さんは手広く反物を扱っておりましてね、全国津々浦々の品物が御店に並んでおりますから、そりゃあもう、若い娘御からいぶし銀のとっつぉんまで、購買層は実に広いものでございます。しかも、安いお値段で提供しているものですから、本当に繁盛しております。
 なにせ偽物ですから。
「これなに?黄八丈じゃないの?わたしが欲しいのは黄八丈なのよ」
というお目の高い方には、そっと裏の戸口からお招きして、本物を提供することもございます。それも格安ときたもんだ。
 なにせ抜け荷ですから。
 そんなこんなで布袋屋さんは、悪い商いをしつつ、消費者の皆さんには喜んでもらっているんです。これも悪代官様へと時々お届けする黄金色の饅頭のおかげなんでしょうかね。
 ところがです。近頃この商いに、面倒なことが起きましてね。
「おらのところの反物が、なんで布袋屋にあるんだ」
などと店先で騒ぎ出す輩が登場しましてね。この者は甲州郡内の機織りしている者みたいで、きちんと卸した筈の反物が見ず知らずの布袋屋にあると聞いて、わざわざ駆けつけてきたみたいなんですよ。
「こちらといたしましても、問屋さんから仕入れたものですから」
と、のんびりした番頭さんがキレずに応対したおかげで、この場は収まったんですがね。どうにもこの機織りさんは腑に落ちないらしく、江戸で紹介された十手持ちの旦那に内偵を依頼したそうでして。
 布袋屋さん、やきもきしながら反物の出所を番頭さんに訊ねたところ
「甲府へ運ばれる品から、現地の囲いモンを使って失敬したんですが」
「まあ、いつもの手口だけど、足がついたらやばいな」
「その囲いモンですが、今頃は本栖の森のなかで髑髏をさらしていまさぁ」
と、これまたのんびりと呟いたりして。いやはや、この番頭さんもかなりの悪党でございますよ。
「それにしても十手持ちが嗅ぎ廻っているのは、面倒なことだな」
「ご心配なく。こんなときのために、こちらも予てより、悪い十手持ちを飼っておりました」
「手回しがいいな」
「紙面の都合にございますゆえ」
 そういうわけで布袋屋さん、十手持ちをしている谷中の鳶助親分のところへ番頭ともども足を運んで
「こいつはちょっとした草鞋銭ですが、ひとつよしなに、親分さんお頼み申し上げます」
と慇懃に尻ぬぐいを依頼してきました。もっとも鳶助親分は十手を預かりながら、裏では賭場の経営なんてやっている男ですから
「おれは正義がでぇ嫌いなんで。布袋屋さんの番頭にはいつも面倒みて貰ってますからね。悪党にも義理というやつがありますんで、一切を任しておくんなせぇ」
 こうして鳶助の連れてきた用心棒を身辺に抱えて、布袋屋さんはまずは一安心。
 
 江戸というところは、存外三面記事に飢えてる瓦版屋もいて、それをまぁ熱心に購読する者もいたりして……あら、悪代官様も熱烈な三面記事の購読者だったのですね。布袋屋さんの疑惑が、ちらりと隅に載っていますよ。
 これでまた、すぐに呼びつけちゃうんだから、悪代官様も下世話なお人。
「おお、布袋屋。聞いたぞ聞いたぞ、郡内縞」
「お代官様……いやいや長屋の女房衆なみに鋭い嗅覚ですな」
「おぬしが捕まると儂は困るからのう。その機織りを大川に浮かべてしまおうかと思うのだが」
「いやいや、それでは騒ぎが大きくなってしまいますよ。わたしに六尺高いところへ行けとおっしゃるので?」
「ならば、なんとする?」
「機織りは、どうも明神下の十手持ちに探りを依頼したようなので、こちらも谷中の親分に尻ぬぐいを頼みました」
「おぉ、明神下の十手持ちといえば、銭をばらまくことで有名だな。儂には勿体なくて、あんな真似は出来ないぞ。そういう罰当たりな奴は、ぜひとも懲らしめてやらねばな」
「お願いですから、お代官様にはご静観していただけたらと……」
 布袋屋さん。どうやら無駄なようですよ。
 あの顔は、悪代官様、何やら(悪い事だけですが)考えているご様子。どうせ、ろくなことではないと思いますがね。
 さて悪代官様のところを辞した布袋屋さん。長屋門のところで
「おう、待ちねぇ」
と、キリリといなせな岡っ引きに声をかけられました。
「お前さん、布袋屋の主だね」
「はい。おや、そのお顔は……ひょっとして明神下の親分さんで?」
「なんでぃ、おいらのことを知ってるのかい」
「はい、去年の暮れに、たまたま両国で親分さんが捕り物していたのを見させていただきました。鮮やかな決め手の銭が飛ぶ様は、今でも目に浮かんできます」
「なんでぃ、照れ臭ぇやな。おぉっと、おいらの用件はそういうのんびりしたものじゃねぇんだ。布袋屋さん、あんたにちょっと良からぬ話があってね。そちらの反物はきちんとした仕入れだよな」
「ええ。それは、もう」
「なんだか盗品が並んでいるって噂だぜ」
「ご冗談を」
「まぁ、人の噂が立つのも商売繁盛の証みてぇなもんだ。せいぜい人様に迷惑だけは掛けてくれるなよ」
「お言葉、ありがたく承ります」
 布袋屋さんは早々に退散しますが、いよいよ明神下の親分が出てきたと、内心ドキドキです。のんびりした番頭さんは
「谷中の親分の用心棒がついてますから、安心しておくんなまし」
と、これまたのんびりと呟きます。
 御店に戻ると、勝手口から用心棒が入ってきました。
「明神下の三下が尾けてやがったから、さくさくと始末しといたぜ」
 さっそく用心棒もいい仕事したようです。
「こりゃあ、今夜にでも明神下が出張ってくるかなぁ」
「旦那様はご心配なく」
「まあ、番頭さんに任せるけど、うまくやれますか」
「はい、でんと構えてくださりませ」
 のんびりとした口調で番頭さん笑っておりますが、布袋屋さん、たぶん生きた心地ではなかったでしょうね。
 その日の晩、郡内縞の機織り職人が谷中の鳶助にしょっぴかれました。何をやらかしたかって?それがあんた、酔って猥褻を働いたってんです。飲み屋さんで女中の乳をうしろから
「これでもか!」
ってなぐあいに、ガバチョとしちゃったみたいで。本人酔い醒めしたけど覚えてないんです。でも女中さんは泣いて大騒ぎ。たちまち居合わせた谷中の親分が
「手前みたいのがいるから女が泣くんだ」
とふん縛ったわけです。
 でも、都合よい話とは思いませんか?
 でしょ?
 だって、ホントはしてないもの。女中と谷中の鳶助はグルだもんね。まんまとはめられちゃったんですよ、機織り職人さんは。番屋に連れてこられた機織り職人、すっかり酒も抜けて、半べそです。
「こんなちんけなヤマで、こちとら迷惑だぜ。でもよぅ、酔っぱらっていたとはいえ、国元にも知られたくねぇだろ、あんたも?」
「はい」
「こっちも一々面倒臭ぇのは厭だからよ。どうだい?いくらか出せば目こぼしして、江戸からも出してやるぞ。あんたも何かと居づれぇだろ?何食わぬ顔で国に帰って、もう江戸にはくるな。それがいいよ、なっ、そうしようじゃねえか」
「助けてくれるなら、お願いします。これしか手持ちはありませんが」
「少ねぇなぁ……でも、まぁいいや。夜が明けねぇうちに江戸を出な。木戸番がうるせぇから、そこまでおいらも行くからよ」
 こうして機織り職人を江戸の外へ追い出してしまった谷中の鳶助。あざやかな手並みです。こうなると宙ぶらりんなのが明神下の十手持ち。
 せっかくの悪事をこれから暴こうってときに、大事な訴え主がいなくなっては、元も子もありません。
「参ったなぁ。こいつぁ、出直してきた方がいいや」
 明神下の親分さん。あらら、自棄酒だぁ。これはいけませんね、相当な深酔いですよ。宵の頃にはすっかり千鳥足、こりゃぁ朝になったら何も覚えていませんね。
「これ」
 誰かが明神下の十手持ちに声を掛けましたよ。わざわざ暗がりから、雰囲気満点な呼び止めです。
「だれだぁ、おれをよびとめやがんのわぁ」
「のう。その方、その方じゃ」
「はあ?」
「お主は格好良く小銭をばらまくらしいのう?ひとつ投げてみせてはくれまいか?」
「けっ、えらそうに。おめぇさんは、だいみょぉぉぉぉ~、か何かかい?」
「まあ、似たようなものじゃわ」
「まぁいいや。みてろよ、それぃ」
 あらら、明神下の十手持ち。酔っ払っているから、まるで豆まきですね。あまりにも格好悪くて、本人都合がよろしくないご様子。ムキになって何度も小銭を飛ばします。そのうちすっかり酒も回って、このまま寝てしまいましたよ。道端で寝込んじゃいました。
「よし、布袋屋。例のやつじゃ」
 なんと、暗がりにいたのは、悪代官様だったんですね。
 布袋屋さん、悪代官様に云われるまま、明神下の十手持ちを裸にひん剥いた。道端でマッパ、しかも小銭まみれの十手持ち。朝起きた豆腐屋もぶったまげることでしょう。
「これで、こいつの十手生活もおしめぇだ」
「お代官様の慧眼にはいつも畏れ入ります」
 いやいや、慧眼なんてご謙遜な。そういうのは悪知恵っていうんですよ、布袋屋さん。
 
 明神下の十手持ちが奉行所でお叱りのうえ、岡っ引きの職まで御取り上げと沙汰されたのは、次の日の昼過ぎでした。その穴は当面のところ、谷中の鳶助親分が預かるようです。また悪さがし易い環境が整ったようですね。
「まあ、親分。今後ともよしなに」
 番頭さんの付け届けも、いつもより奮発しているようですね。
 やはり銭は投げるよりも、手渡しが何よりということなのでしょうか。いやいや、すっかりオチがついたようで。

 
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