SPY×FAMILYダミアンが心配
きっとあなたにもあることでしょう、暗鬱とした気持ちに覆われて、立ち止まって空を見ることを忘れてしまうような朝が。
もしくは、忙しさに心を失い、頭上に星がきらめく時間に帰宅するにもかかわらず、そのことをすっかり忘れてしまうような夜が。
私たちは私たちのもつ感覚を活用できているだろうか?
慌ただしい目の前の生活に五感を塞がれていないだろうか?
「SPY×FAMILY」Season2 第27話「ダミアンの野外学習」を見て、やけに目頭が熱くなった。
簡潔に27話の内容をお伝えする。
父上に褒めてもらいたいと思うあまりに、勉強漬けになっているダミアン。休日の朝、寝坊の罰で寮母の手伝いをすることになった。目の下にくまを作ったダミアンをみかねたヘンダーソン先生。生徒指導のグリーン先生に命じて、野外学習の名の下、彼を自然の中に連れ出そうとする…
そうしてダミアンは自然の中に身を置くうちに、表情に生気を取り戻し、目の前の自然に目を輝かせる。
わかってはいたけれど、私はこの結果をみて心底安心した。
まだ幼い彼が、部屋の中に閉じこもり、他人に褒められるためという理由で勉強に向かう。そして、休日の空気感や、空の美しさから目を背けてしまっている。この状況は子供にとってよい訳がない。
作中でグリーン先生は、「適度な運動は脳にいい」「机に向かうことだけが効率的学習じゃない」「最新の脳科学ではぼけっとしてる間に脳は活性化している」とダミアンたちに繰り返し説いている。
もちろん、自然との付き合いが、結果的に勉強に作用することを知っていて損はない。
けれども、個人的には、そういう知識は、あくまでおまけとしてついてくるものだと考えてほしい。
私が願うのは、ただ「元気に飛び跳ねてほしい」ということだ。
言わずもがな、現実世界では、ネットによって充実した娯楽が簡単に手に入る時代だ。ダミアンのように勉強のために室内にこもるのであれば出精だが、特に目的もなく家にこもることが増えたように感じる。
ネットが提供してくれる世界は魅力的で、かつ広いものだ。
かくいう私も、NetfrixとKindleにお世話になりっぱなしである。
しかし、我々は気づいているだろうか。その世界は、はじめからほかの人間を介して作られた世界だということ。
そして何よりも、空気を肌で感じ、四方八方からやってくる音を聞き、目の前にあるものに触れて、自らの目で世界を見る経験が欠けているということを。
養老孟司先生は『子供が心配 人として大事な三つの力』という本の中で五感の重要性を説いている。その中で医師の仕事と五感について下のような記述がある。
理屈では説明できない「違和感」を察知させるほどの力を五感は養ってくれる。
ぬいぐるみでもなく、植物でも動物でもなく、自動販売機でもなくAIでもなく、私たちは人として生まれてきた。
そうであるのだから、この感覚をもっとありがたがり、もっと利用するのもいいのではないだろうか。
矛盾するようだが、感覚の力を信じて、効率的でないことを取り入れることこそが、適切で効率的だと言える場面もあるだろう。
ダミアンは川下りをしたり魚を焼いて食べたり、星の下を散歩したり、星が輝く水面に心奪われる経験をした。
もしかしたら、串刺しにした魚を見て、弱肉強食の世界を思い知らされるかもしれない。この生きた感覚をきっかけにして、生態系に興味を持つかもしれない。理科の成績が上がるかもしれない。
もしかしたら、星を見上げながら、自分の部屋の天井にもこの美しい輝きがほしいと感じて、照明を設置し始め、そのうち日曜大工に目覚めるかもしれない。そして工学部の建築学科に進学したいと思い、理系科目に熱心に取り組むかもしれない。
もしかしたら、星が映り込む水面をみて、映写機の仕組みを思い出し、メディアや映像の仕事に興味を持つかもしれない。そして、それらの歴史を学ぶうちに日本史や世界史をマスターしてしまうかもしれない。
わからないのだ。何がどうつながるのかは誰にもわからない。
しかし、体験に立脚した興味が与えられることで、いち早く、自分を知ることや将来の職業選択を可能にしてくれる。
これらの経験がいつか、机の上で開いた教科書の内容以上に、ダミアンの選択に影響を与えるだろう。そしてその選択が、今度はあのときの思い出を連れてきて、幸せな気持ちになるだろう。
たとえテストに魚の焼き方の問題がでなくても。
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