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すごく現実的な思考になった

こんばんは、月岡です。
日々考えたことをメモするようにつらつらと書いているノートですが、誰かの考えごとの時間にもちょっとおじゃまできたら嬉しいです。

この間、付き合うってなんなんだという文章を書いたのですが、あれからの期間で考えが変化したんです。
今日はこの考えの変化について書いていきたいと思います。

なぜ「付き合う」という儀式が存在しているのか...私なりの結論は、
「時間は有限であるから」。

前回の記事の時点では、誰かのことを想って胸が「キュッ」となる気持ちを楽しめるのは今だけ...みたいなことを書き残していたのですが。
私はとても単純な人間なので、もう、そればっかりになってしまうんですね。
運転中も待ち時間も入浴中も寝る前も...アホみたいにそのことばかり考える。
そのことを考えていたら楽しいというのがわかっているから、中毒のような...思考が支配され続ける。

それは悪いことではないんです。
だから、この間までの自分を否定するつもりは全くなくて。時間があって他にやることがなければずっとその状態でも何も問題はない。

ただ、最近忙しくなってきて、やりたいことがたくさんあって、できればそっちに時間を割きたい、脳内をクリアにしたい、という考えになりました。

人生の時間は限られていて、自分の頭で考える時間も、もちろん限られている。
その時間をどう使うか、私たちは常に選択しなければいけない。

この間までの自分はかなり恋愛脳になっていたんだなと思います。
恋愛について深く考えられるのは今だけかもしれないけど、今の仕事や趣味のことを考えられるのも今だけ。
そう考えると、脳内における恋愛のウェイトのバランスを調整する必要がある。
そもそも、私の人生で恋愛ってそんなに重要だったっけ?
すごく現実的な思考になりました。

だから、お付き合いしませんかという話を思い切ってやってみたのですが、まあ、交渉決裂しました(笑)
でも、それはそれでいいんです。
そういうのってタイミングとか人生に対する考え方の違いとか、色々あるし、結局どっちかが無理する形の関係はうまくいかないし。
私は一旦リセットする意味でも、やってよかったなと思います。

今は、宇多田ヒカルさんの「Movin’ on without you」が刺さる...
それではみなさん、おやすみなさい。

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