自分のこと~きっかけは白髪~

きっかけは白髪を発見したとき。
自分の髪は母親譲りの多めの毛量で真っ黒なストレートだった。
髪を染めたことは過去、高校卒業したあとの興味本位の一度だけで38歳になるまで一度もなかった。黒髪の自分の頭髪は密かに自慢だったからだ。

白髪が登場した原因は、おそらく37歳のとき当時の勤めていた会社とのすったもんだによるストレスかなと思う。ただ基本的にはストレスとは縁遠い性格のため、白髪を発見するまでストレスが溜まっていたことに気づいてなかったという方が正しいかもしれない。

白髪を見た瞬間に老いというものが自分にも迫っている事実を突きつけられた気がした。それまではまだ自分は若いつもりでいた。だから会社にクビになっても自分を受け入れてくれるところはいくらでもあるだろうと、若干の慢心はあった。
ただ、30代後半女性の転職活動はそんなに甘いものではなかった。

まずは手当たり次第、他社の出版社の知り合いに相談。
ちょっとこんなことになりせめて自分の担当作だけでも受け入れてもらえないか。あわよくば自分も働かせてくれたら…という内容。

当時の事情を要約すると自分が担当していた全連載作の打ち切りと編集の自分のクビを会社から宣告されたのだ。
今思うと当時の私はかっこつけていたと思う。
どう変形するか分からない大荷物を抱えながらの転職活動。しかも専門卒の学のない30代後半女性。うまく行くわけがない。今、冷静に考えればそんなの誰も受け入れられないと分かったはずだったけど、それくらい必死だったのだ。
悉く多方面からお断りをされまくった結果、ようやく自分の市場価値が分かってきた。
37って若くないんだ。自分には価値がないんだ。と、20代前半の就活生から聞こえてきそうなセリフを37歳で吐き出すことになろうとは。

絶望の最中、そんな心境ではあったけど本当にいろいろあって会社と論議を重ね、連載作は打ち切りにならず済むことが決定。
そして自分のことだけを考えられる状況になり退職するギリギリの日程で転職先が決まった。

転職にあたり、胸あたりまであった長い髪をショートに切って、17年ぶりに髪を染めた。白髪を目立たせない為と、過去との決別も兼ねてイメチェンをした。

転職先の会社に私の席はあると言われたので、前職での荷物をそのまま転職先へ送ろうと思って担当者に質問するも濁された回答しかなかった。訝しんだ私は改め自分の処遇について確認したら、私の席は「作業場」であって私だけの席ではなかった。常駐ではなく、毎週金曜日に一度だけ会社に来るようにと言われた。
そういうことかと。

フリーとは言われていたけど常駐だと勘違いしていたこっちも悪いけど、正しく説明ができてないということは如何なものだろうか。事前にきちんと確認すべきだったと後悔。でも背に腹は代えられないので受け入れるしかなかった。
週に一度出勤をするも、会社の席でやるべきことは特にないので2時間くらい雑務をして帰る、ということを2,3ヶ月続けていたら一本のメールが届いた。「週一で会社に来なくてもいい」という内容。
おそらく作業場であった私の席を撤去したかったのだろう。
ああ、また必要とされてない…と凹み、白髪がさらに増えたような気がした。

週一で会社に行って2時間弱雑用をするのが面倒ではあったので、メールを確認したとき怒りの感情があったのだけど、しばらくすると週一の意味のない出勤がなくなり開放を感じていた。

通勤がなくなったことをきっかけに引っ越しを検討し始めた。
会社勤めをしていた頃は、毎日終電近くまで会社で仕事していた。家には寝に帰るようなものだったので都心の狭いマンションで十分だった。

フリーランスになってから仕事机とA3のコピーとスキャンができる複合機を自宅に設置したのだけど、まぁ部屋が狭い。複合機なんてキッチンの通路に置く始末。狭くても立地は新宿なのでお家賃がかわいくない。フリーランスでの活動収入に不安もあったので、安くて広い場所に住みたい欲がムクムクと膨れ上がる。ついでに以前から抱いていた猫のいる生活への憧れも大きくなる。

10歳から新宿で育っていたので、なんとなく都内近郊から離れる機会がなかったため37歳までずるずると都心に住んでいたけど、もう私を縛るものは何もない!と思ったら急に気楽になった。
一人暮らしを始めて20年弱。初めて郊外で部屋を探すことに決めた。ただ一点だけ懸念があるとすると、週末だけ、お台場にあったデジタルミュージアムのチームラボでバイトをしていたので引っ越しをしたら交通費は支払ってもらえなくなるかもということ。1秒くらい悩んだ結果はみ出した分の交通費は自腹でいいかと結論が出る。

いろいろ模索した。千葉や神奈川も視野に入れて検討したけど意外と高い。いつもは2,3物件を内見して「これでいいや」で決めてしまうのだけど、さすがに今回はちゃんと納得をした物件にしたかった。
その時、ふと小説の編集をしてるときに何故か画集を作ることとなり、原画を受け取るために通っていた某駅を思い出した。漠然と遠いなとは思っていたけど駅前は商業施設もそこそこあり、何より駅前から眺める景色が綺麗だったのを思い出す。

その駅で物件を検索してみたら、そんなまさかな優良物件を発見。わがままな条件を全部飲み込んで希望よりも広くて予算より安いお家賃。しかも更新料なし!マジか!?と興奮気味ですぐに内見の申し込みをした。

二日後くらいに不動産会社へ行き、担当者からその物件の説明を受けるも1点だけ謝罪された。記載されている情報では最寄り駅から徒歩15分と記載されていたけど実際は徒歩30分とのこと。

1秒だけ考えて問題なしと答えた。
チームラボのバイトで巡回という館内を歩き回る係をするときがあった。長いときは一日で8時間歩くことも少なくなかったので(もちろん休憩アリ)、30分歩くくらい何とも思ってなかった。
マンションの目の前にバス停もあったし、自転車かバイクを買うつもりでいたので特に悩まなかった。
むしろ今この物件を逃したらだめだと気持ちが馳せていた。

そうして今の部屋に引っ越しを決めて早5年目を迎える。
結局フリーでの活動期間は2年半。最初は経験値のない漫画のジャンルだったためかなり苦戦をするも、連載作も増え結果を残せるタイトルもいくつか作れるようになり、それなりに収入も増えてきた。週末のお台場のバイト収入もあり、なんなら前職のときよりも収入は増えた。
ちなみに引っ越しした後もお台場への交通費は派遣会社が全額負担してくれた。日頃の勤務態度が良かったので贔屓していただいた。ありがたい。

ただフリーである不安定さと、業務委託をしていた会社の経営方針の危うさから安定はしないだろうと思っていたので、フリーで仕事をしながら39歳のときに再度転職活動を始めた。

2020年、世間はちょうどコロナ禍真っ只中。コロナ禍が落ち着いてから転職活動をするべきか、30代のうちにさっさと転職活動をするべきか3秒だけ悩んだ。当時はコロナ禍がいつ終わるのか検討がつかなったので、それを待っていたら私の白髪がどんどん増えてしまう。30代最後の年にもう一度転職活動を決意。
二度目の転職活動は仕事をしながらだったので、心境的には2年前ほど切羽詰まったものではなかった。ただまた多数お断りをされまくり、普通に凹む。それなりにメンタルがやられた。

追い込まれた私は何を思ったか、千里眼を持つ占い師に相談しに行く。
数年前に深夜のテレビで見かけてすごいなと思って彼女のHPをブックマークしていたのだ。当時は一年先まで予約でみっちりとのことだったので諦めていたがコロナ禍のため予約がけっこう空いていて、これはチャンスだと鼻息荒く人生初の占いへ。藁にもすがる思いで自分の未来をその千里眼に見てもらいに行った。

私の転職活動の方法は、ダメだったらすぐ次へ、常に2件ほど同時に応募をしていた。時間がないと思っていたからだ。すると千里眼の彼女はそれを指摘。一回応募を止めた方がいい、運が分散してしまう、と言われた。
しかも私が楽しそうに働いている未来が見えると言う。
どこかの会社の薄暗い狭い個室で、メガネを掛けたひょろっとした50代くらいの男性と、背の高いがっしりした体型の茶髪の40代くらいの男性とあなたが三人で仕事の話をしている未来の画が見える、とのこと。

半信半疑で千里眼の彼女の言う通り、私は転職の応募を止めた。その約二週間後、某大企業の人事部から登録していた転職サイトを通してDMが届く。
その会社は2年前の転職活動の際、書類審査で落ちていたので端から対象外にしていたのだ。37歳でダメだったのだから、39歳なんてもっとダメだろうと思い込んでいた。

人事部の方がざっくばらんに通話しませんか?とメールで連絡をくれたので、通話をしたら「弊社の面接を受けてみませんか?」とのこと。大きい会社だし人事部にノルマみたいなものがあって何人か面接できそうな経験者を集めないといけないのかなと思って、まぁ面接受けるだけならいいかと思い気楽にOKをした。

面接はzoomとのことだったので、アンチョコが作れる!と思い雑誌の名前、作品タイトルなどのメモをパソコンの脇に付箋を立てて面接を受けた。
あれよあれよいう間に最終面接まで進み、その大企業から採用オファーが届いた。

嫌がる飼い猫を抱きしめ城本クリニックのCMばりに絨毯の上を転がりまくり喜びを表現していたら、猫に肩口をひっかかれて軽く流血したのも良い思い出。やっと報われた気がした。同時に千里眼の彼女の凄さも思い知る。

中途採用者用の入社研修の日に初めて転職先企業の社屋へ入る。長い研修を終えてようやく編集部のフロアへ。そこで編集長と副編集長と初めて直接ご挨拶。緊張しながら個室で打ち合わせを促される。

実はその日、前職での仕事で先週入稿しているはずの原稿がまだ入稿できていなくて、研修の休憩時間の合間に原稿をチェックをし入稿をしていたので、めちゃくちゃ疲れていた。

個室で三人で打ち合わせをして、ようやく解放されたのは20時過ぎ。初日から朝8時半からのフルタイム。疲れた頭で帰りの電車の中で三人での打ち合わせの様子と、千里眼の彼女が言っていたことをふいに思い出す。

千里眼の彼女が言っていた男性はまさに編集長と副編集長との三人での打ち合わせのことだったのだ。そのとき千里眼のすごさに、思わず電車の中にも拘わらず声を上げてしまいちょっと注目を浴びてしまった。

ということで、42歳の今もまだ漫画の編集をしている。白髪染めはまだしてない。

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