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65年前の松下製品のマニュアルの改善

 中島さんは我々の元テニス仲間で85歳。今はもうテニスは参加していないが、今日はテニスの後のおしゃべりに参加してくれた。彼は元松下電器労組の委員長。彼の口から、時には今の時代だからこそ、若い人に聞かせてやりたい話が出てくる。
 本日の話は、彼が二十歳頃と言うから65年ほど前の松下製品のマニュアル改善の話だ。

ある日上司からある製品の「マニュアルを作れ」と言われた。
それで、「誰がこのマニュアルを読むのですか?」と聞いた。
上司はしばらく考えて「自分で考えろ」と言うんだ。
今までマニュアルは誰が読むと言う基準がないままに作られていたんだ。
それでマニュアルの頭に「本書は高校を卒業したばかりの技術者を対象に記載する。」と書いた。
今まで対象読者を想定し、基準を記載したマニュアルがなかったんだ。
対象者を想定して書いたので、読みやすくなった。
これが契機で、他のマニュアルも対象読者を想定するようになった。
しばらくすると、業界紙からこの経緯を書いて欲しいと言われた。
会社に相談すると「宣伝になるからいいんじゃない」ということになった。
そうしたら、「連載で書いてよ」という話になった。
「基準がなかったから、基準を考えて記載しただけ。連載するほどの内容ではない。」と断ったが、「いろいろあったかのように内容は膨らませて書いてくれ」と言われ、連載で書くことになった。
従来のマニュアルは文語体で書かれていて読みにくかったよ。
口語体で書くようになってとても読みやすくなった。
当時は他にもいろいろ提案したよ。
例えば、ビルの屋上の緑化の提案は「誰が金を出すのか」って潰された。提案した時期が早すぎたね。

 戦後の日本の経済成長時代の話だ。現在の我々は「当時の人たちが頑張って日本を豊かにした」とまとめて話すが、それぞれの製品の生産技術の発展の裏にはこのような、今でも色褪せない参考になる話が詰まっている。
 また、上もこのようないい話を喜んで取り上げてくれた時代だった。そのような改善が積み上げられて今がある。また、提案をつぶす場合の常とう句は今も昔も「どこにそんな金があるのか?」だ。

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