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UXデザインという言葉の違和感

唐突だけど、UXデザインとかUXデザイナーって言葉、気持ち悪くない?

UX(User Experience)って日本語に訳すと「ユーザ体験」なわけですが、まず体験って何さ、と。

例えば、メモ帳アプリを使って「思ったことを文章化した」は体験。
「キー配列が特殊で入力しづらかった」も体験。
「入力しづらくて集中できなくて、なんか変な文章になった」も体験。
「変な文章から子供の頃好きだった歌の歌詞を思い出した」も体験。
「幼少の頃を思い出してちょっと楽しくなった」もやはり体験。

これはデザインの対象になり得るのか、と。

体験はユーザーの内側にあるもので、それを外側からデザインするのは難しすぎない?
いやこれをね、「UXを配慮してデザインする」とかならいいんですよ。「UXを調査してからデザインする」とかでもいい。UXという単語単体では違和感ない。

でも「UXデザイン」て言葉は気持ち悪くない?

例えばね、食べ物の文脈で考えてみますとね。
食べ物から得る体験はいろいろあるけど、代表的なのは「味」でしょう。
単なる「辛い」「甘い」という味覚体験より、「美味しかった」「不味かった」のような感情を伴う体験が、目を向けるべきものと考えます。
つまり、食べ物の文脈でいうと、注目すべき代表的なUXは「美味しさ」。

で、食べ物におけるデザインとは、これは「料理」でいいと思います。

となると、UXデザインという言葉を食べ物の文脈に添わせて言い直すと、「美味しさ料理」。

気持ち悪くない?この言葉。
「美味し料理」ならわかる。普通に日常で使う。
「美味し料理」?その言葉おかしくない?

建物の文脈なら、「暮らしやすさ建築」?
文章の文脈なら、「感動執筆」?

んんん?ってならない?

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話を序盤までゴリっと戻しまして、「メモ帳アプリ使ってたら幼少の頃を思い出してちょっと楽しくなった」という体験について。

これ、設計段階で「幼少の頃を思い出すような使用感」を意図していたなら、それは体験を設計してユーザの内側に実装したということだから、UXをデザインしたと言って差し支えないと思います。
別に「この世にUXデザインなんて存在しない」と言いたいわけじゃないんです。UXデザインの事例は確実に存在します。成功事例も失敗事例も。

ただ、Web上に溢れるUXデザインという言葉、特に求人サイトで使われる場合の大半は、言葉として間違ってない?と思うのです。

そんな想いからシラフの時はUXデザインという言葉を極力使わず、「UXを配慮したデザイン」とか「サービスデザイン」とかの言葉を使うよう心がけてる私です。酔ってるとどうでもよくなります。

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追記。

心の中でUXFD(User Experience Factor Design ) て呼びながらUXデザインて言葉を使うことでセルフ納得しました。みんなこの言葉どう飲み込んでんだろ。

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