見出し画像

往診屋の医学書探訪「ハイパーソノグラファーK」 良書は命を救う。


四国徳島で往診医をやっている渡部です。

「往診屋の医学書探訪」では、往診や在宅医療の観点から、診療する上で役に立ったり、支えになってくれている医学書の紹介をさせていただきます。

今日ご紹介する医学書は「ハイパーソノグラファーK」という本で、山田博胤先生・小谷敦志先生の共著で2020年にメディカ出版から出版されています。

私にとって良い書籍とは何かと言いますと、その本がある分野の世界観を教えてくれて、それが何らかの形で自分の中に入っていき、そしてそれが力になって、人の役に立つことができる書籍。これが私にとっての良い書籍の定義です。

そういう定義からいうとこのハイパーソノグラファーKは間違いなく、良書、私にとって良い本です。

実はこの本に私は助けられました。

昨年、私の診療所で夜間当番医をやっていた時のことです。(ちなみに夜間休日当番医制とは地区医師会が主体となって、夜間や休日に初期救急対応を行う当番を決めて、時間外の患者さんを診察するという制度です。)

70歳の男性が右肩が痛くてしょうがないといって、当番医の私の診療所を受診しました。夕方から右肩が痛くて上がらないと。朝に畑仕事はしていたと言います。バイタルサインには問題がなかったので、私は肩に痛み止めを注射して帰宅してもらうつもりで診療を組み立てていました。

しかし、その患者さんの右肩を触った時、何か嫌な予兆を感じたのです。

この本、ハイパーソノグラファーKでは、主人公の超音波検査技師、響極和音が、患者さんの胸に手をかざした時、「見えた」と言って、その患者さんの危険な兆候を察して、すぐに超音波検査を行い、重大な心臓疾患を発見するという場面があります。

この患者さんの右肩に触った時、そんなに明確ではないのですが、この本のこのシーンのことが頭に浮かんでいたと思います。

それで、私は問診しました。聞くと3日前に3秒くらい気を失ったと言います。また、その直前に前胸部がチクチク痛かったと言います。今は胸部の症状はないと言うのですが、「心臓疾患かも」と思って心電図をとることにしました。

すると、V2-4のSTという部分が上昇している、典型的な急性心筋梗塞の心電図でした。

慌てて、高次医療機関に電話して状況を話し、救急搬送しました。その日のうちに心臓血管カテーテルでの治療が行われて、この患者さんは後遺症なく助かりました。

私は、この症例、もしこの本を読んでなかったらただの右肩の筋肉の痛みとして注射をして返していたと思います。助けられた経験でした。

順番が後先になりますが、この本「ハイパーソノグラファーK」は医学書ですがマンガで書かれています。主人公の凄腕の超音波検査技師響極和音が、超音波検査(エコー)を使って、見逃しやすい、しかも生命に関わる重篤な疾患をもつケースを診断して、救命するというストーリーのマンガです。

この本のもう1つの症例は、大動脈疾患の患者さんなのですが、これも大変参考になる記述・描写でした。

ある日、私は往診先で、急に血圧低下と意識障害をきたした患者さんを診たことがあるのですが、その時にすぐに携帯の超音波検査機器を持ってきて検査しました。大動脈疾患や心臓疾患を疑いました。検査の結果、大動脈解離が疑わしいと考えました。

私の持っているエコー(超音波検査機器)は携帯型でそれほど解像度が高くなく私のエコー技術もつたないため、確定診断はできず、近くの循環器科で診断してもらったのですが、この本を意識して検査を行い、結果を患者さん家族に伝えることによって、随分信頼関係ができ、その後長く在宅医療を継続できたと思っています。

このように、専門医が非専門医(専門でない医師)に自らの分野の世界観を分かりやすく伝えるということは非常に大事だと思っています。

医学生や研修医に比べると実践経験は積んできている。でもその分野の専門ではない、しかし、いろんな訴えの患者さんを診察する機会がある、といった非専門医が知識・技術を習得することが医療レベル確保の鍵だと考えます。

なぜなら、それこそが救える命を救うからです。

患者さんは最初から診断がついていません。なので、最初から専門医に行くわけではない、ことがしばしばあります。そうした時に患者さんの運命を決めるのは非専門医による診断です。

私は、こうした医学・医療教育コンテンツが充実しているという点は、日本の大きなポテンシャルだと考えています。

なかなか他の国にはない潜在能力だと思います。

今年1月に、カンボジアに行って初期救急対応のトレーニングをしてきました。

その時、不整脈や大動脈解離のことにも触れましたが、結構経験をもっている大きな病院の内科医でも心電図は読めないし、大動脈解離の病態が理解できていないことを知りました。

カンボジアでは、こうした疾患は全部循環器医しか診ないので、全く経験がないと言います。事実、結構大きな病院でも心電図やエコーと循環器診断に活用している様子がありません。

日本は、非専門医、私のような一般内科医が循環器内科専門医の世界観を学ぶことができるようなコンテンツが充実しています。

この本のようなマンガ、雑誌、動画、もちろん医学書。いろんな形で非常に分かりやすく学べるようにしています。

どんどん輸出するべきだと思っています。

最後に改めて、この「ハイパーソノグラファーK」 特に超音波検査(エコー)はやってはいるけれど専門にはやっていない、といった方にはぜひお勧めです。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?