近藤銀河

アーティスト/美術史研究 研究と創作をしています。自分が難病で車椅子を使うセクシャル…

近藤銀河

アーティスト/美術史研究 研究と創作をしています。自分が難病で車椅子を使うセクシャルマイノリティであることなど、アイデンティティから見えるものをどう形にするかが今一番興味のあること。お仕事の依頼はHPからどうぞ。https://gingakondo.wordpress.com/

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映像と山水とミニマリズムとGifと、あとそれにマイノリティともしかするとゲーム

こんにちは、近藤銀河です。 最近私は短い映像を作るのにはまっています。無限にループする、本当に短い時間を永遠に繰り返す映像。 今回はそんな私の映像の話を山水とミニマリズムとGifと、あとそれにマイノリティの話を、実際の作品と一緒にしていきます! ループする作品なのでぜひ、動画の上で右クリックしてメニューを開いてループさせて楽しんでください♪ なんでループするの?ミニマリズムとGifと共感性 こちらは私が一番最近に作った作品です。 駅で電車を待つ間、ふと感じた感覚を

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    • 美術制度の中の人種・女性差別 照明と演色性と肌の色

      序花王が美白という表現を取りやめることを公表した。 https://www.nikkei.com/article/DGKKZO70408840W1A320C2TJC000/ 化粧では「日本人の肌」に合わせた化粧といった売り文句も使われたり、従来から問題のある表現が無批判的に使われたりもしていた。けれど、肌の色は単一ではないし、その基準も単一ではない。 この種の肌の色をめぐる問題は私の専門領域である美術においても議論になることだ。「黒く美しい」と聖書の中で書かれたシバの女王が

      • 飯田将茂《double》 さいたま国際芸術祭2020 身体性から身体の動きへ 身体の無根拠さと日常の虚構性

        舞踏家の最上和子さんの名前を知ったのは、人形が好きだったあの時に、人形作家の井桁裕子さんを経由してだった。井桁さんは人形にむき出しの生身を刻み込むような独特の人形作家で、私はその端正ではない佇まいが好きだった。 肖像彫刻もよく作るアーティストで、その中の一つに最上和子さんの肉体を写した作品があった。ハッとして調べるうちに、最上和子さんのブログに行き当たり、独自の文章による語りに私はハマった。 さいたま国際芸術祭で公開された『Double』は最上和子の人形との舞踏を収めた飯

        • メーディアと黒塚の鬼が手を取り合って国家を滅ぼすときに

           プラトンの『饗宴』はソクラテスを囲む宴会を描いた対話集であり、愛についての哲学を語った著作だ。『饗宴』といえば、両性具有者アンドロギュヌスは有名だけど、それと同じく語られる同性具有者のことはあまり知られていない。プラトンの『饗宴』では宴に招かれた喜劇作家アリストパネスがこの物語を語る。  ソクラテスのファンであるアポロドロスは、この宴でアキレウスとパトロクロスの恋仲においてどちらが年長者の役であったかを問う。彼はアイスキュロスによる詩劇の解釈を批判し、自分のパトロクロスとア

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        • 美術制度の中の人種・女性差別 照明と演色性と肌の色

        • 飯田将茂《double》 さいたま国際芸術祭2020 身体性から身体の動きへ 身体の無根拠さと日常の虚構性

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          展覧会「彼女たちは歌う」歌を聴き議論をしよう 抹消に抗う越境が抹消するものと、置かれた状況の希望と絶望

          東京芸術大学陳列館で開かれている「彼女たちは歌う」は同学教授の荒木夏美氏がキュレーションし、女性アーティストを集めた展示だ。 https://listen-to-her-song.geidai.ac.jp/   私は感想として、かなり複雑な想いを抱いた。はっきり言って私は引き裂かれている。  たとえば、ユキユゥ氏によるBLのコスプレをした女友達にBLとして愛情を注ぐ出産をパロディする作品だったり、乾真裕子氏によるかぐや姫にドラァグ的にコスプレし母の人生を語りなおす

          展覧会「彼女たちは歌う」歌を聴き議論をしよう 抹消に抗う越境が抹消するものと、置かれた状況の希望と絶望

          ILMとUE4が目指すもの「すべての映画はゲームで作られる」……か?

           SWシリーズを手掛けるILMにより米ディズニーのGalaxy's EdgeをモチーフにしたVRゲーム『Star Wars Tales from The Galaxy's Edge』が発表された。  元になったエリアと同タイトルのこの作品は、エリアのの雰囲気や見た目を再現することがゴールで、Galaxy's Edge内のアトラクションSmuggler's RunのアーティストやCGモデルを移植している、と公開された動画では語られている。  VRとアトラクション、テーマパーク

          ILMとUE4が目指すもの「すべての映画はゲームで作られる」……か?

          失敗する「女と女」 『女人吉屋信子』が描き出す連続しない同性愛?

          『女人 吉屋信子』は、今のところ、吉屋信子のレズビアンとして、そしてフェミニストとしての姿を伝えるほとんど唯一の書籍として知られてる。吉屋の長年のパートナーだった門馬千代から託された、本人の日記や手紙を使って作られたこの本は、吉屋信子の人生を生々しく伝え、吉屋が持っていた女同士の絆を信じようとするレズビアンでフェミニストな姿を伝える……という収まりがいい本では決してない。私はむしろ初めて読んだときに結構な絶望を感じた。吉屋の生き方に、ではなくその語られ方に。いまはそうでもない

          失敗する「女と女」 『女人吉屋信子』が描き出す連続しない同性愛?

          『「百合映画」完全ガイド』書評 革命のための複数で安全じゃない危険で転覆的な百合の語り方 そして残念ながら全てを台無しにするほんの一文(2020年7月4日追記 謝罪声明が出されました)

           ふぢのやまい氏を中核とし複数の評者によって編まれた『「百合映画」完全ガイド』(以下、本書)は1931年から2020年までの312本の映画を取り上げた評論集であり、 映画のジャンルという権力構造を百合という概念でもって撹乱する試みであり、 百合というジャンルをその複数声によって解体する試みでもある。  これは明らかに安穏たるガイドではなく、革命のためのガイドとして作られている(ただし最後に述べるように残念ながら見逃せない最悪の一文が紛れ込んでしまっている 2020年7月4日:

          『「百合映画」完全ガイド』書評 革命のための複数で安全じゃない危険で転覆的な百合の語り方 そして残念ながら全てを台無しにするほんの一文(2020年7月4日追記 謝罪声明が出されました)

          反『美術館女子』女性の主体性と連帯の可能性、それを無視するな

          0. 前提 これは論文ではない、アジテーションである 前提としてあなたは『美術館女子』をめぐる議論における要点をある程度知っているものとする(例えば「女性というものを外部の客体として、無知の存在と見なすことへの批判」「芸術を感動という非知的に鑑賞することを推奨する点に対する批判」「女性が美術の中の深く関わっているのに、美術館女子としてそうした女性を無視することへの批判」「美術におけるジェンダーバランスの問題からこれは重大な問題である」などなど)。  私は今からそれとは少し違

          反『美術館女子』女性の主体性と連帯の可能性、それを無視するな

          車椅子とオルタナティブスペース あるいは私は避難できるのか

          ※この話には出口もないし希望もない避難所もない  「すべての人が」とか「みんなのための」「(リアルの)場所」って嘘じゃんっていつも思う。多くのオルタナティブスペースはそうした謳い文句を持つ。たいていの場合、「すべて」は「その場所が掲げる理念に賛同する人」という括りがつく。それはいい。  私が求めているのはまさにそういう場所だ。様々な理由によってある場所に集う、オルタナティブな場所を私は求めてる。マイノリティとして切実に求めている。  私はセクシャルマイノリティで安心して喋れ

          車椅子とオルタナティブスペース あるいは私は避難できるのか

          だって私たちはリスカしないと作れない 塩田千春展で思ったこと

          2019年の塩田千春展は壮大な歴史の展示だった。「女」が文化と対峙する時に必然的に流される血がある。塩田千春展では見てるこっちが泣いて痛くなる、この血の歴史が展示されていた。でもほとんどの人はそれに気づかなかったし、その血を無邪気に消費しているだけだった。 そんな預言者じみたことを突然、しかも今更言われても困ると思うけど、今だから書けることなのでつらつら書いていく。 こんなうんざりするところから始めるのも嫌だけど、グリゼルダ・ポロックたち70年代のフェミニズ美術史家たちが、

          だって私たちはリスカしないと作れない 塩田千春展で思ったこと

          個展 ARによる『グラデーションの美学』のためのエスキース あるいは難病を持つアーティストにとってのポストコロナとAR作品集

          個展 ARによる『グラデーションの美学』のためのエスキース を開催しています。 https://www.youtube.com/watch?v=RQd5kCFKqTQ&feature=youtu.be 0. 前説 ポストコロナ的状態とアーティストとしての私 私はコロナという状況で起きるある種の反応に、少しだけ冷たい見方をしている。もちろん、多くの経済的支援は必要だし、そこで切り捨てる社会には大きな熱い怒りを持っている。それでも、人と会えない、いけない、そういう物理的制約を

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          推しを四人紹介して!といわれたので紹介する

          Twitterで推しをを四人紹介するバトンという古のネット呪術を受けたので、紹介していきます。 好きなものについて語るのは楽しいから、ある種のストレス解消として。 この長い夜のおともにでも。 推し1 ChouChou  ChouChouは二人組の音楽ユニット。  昔やっていたブログでもいろいろ書いたのだけどなんといってもそのクオリティの高さが、圧倒的だ。クラシックの背骨を持つ硬い旋律、磨き上げられたグラフィック、肌に感じられる音、何をとっても超一流の質感を持っている。  

          推しを四人紹介して!といわれたので紹介する

          二人で過ごすためのソーシャルディスタンスAR

          コロナウイルスの感染拡大を防ぐために必要であるとされる『ソーシャルディスタンス』を図るためのARスケーラーを公開しました。 二人以上で使うときに使いやすいように、直径1mの円を二つ並べ、その中心に人が座るとちょうど2mの距離が取れるように作ってあります。 スマートフォン(iOS 11以上Safari推奨、Androidは未確認)から下のURLからアクセスしてください。 https://kondoginga.github.io/ARex/socialdistance.html

          二人で過ごすためのソーシャルディスタンスAR

          押井守監督の女性観への反論 19世紀と子のディストピア

          私は今ショックで冷や汗ダラダラしている。『押井監督の女性観について教えてください』(https://lp.p.pia.jp/shared/cnt-s/cnt-s-11-02_2_9d6af97a-df0f-4fab-90f1-ad4c24cc19ad.html )というあまりにも凶悪な記事が出てきたからだ。ここで語られる女性観は端的にいって酷いし破綻している。 このnoteでは押井守ファンの一人として、押井守のインタビュー記事(以下女性観インタビュー)に反論を加えるものであ

          押井守監督の女性観への反論 19世紀と子のディストピア

          19世紀のレズビアンと美術のジェンダートラブル いつだって百合(卒業論文)

           この論文では、ロートレックの作品を通して、19世紀の女性同性愛者(レズビアンという言葉はまだ一般的ではんかった)たちの姿を、美術史の中に浮かび上がらせようとした。  本文中にもある通り、ロートレックは19世紀の男性という枠の中にとどまっている。その作品の受容の在り方は、ひどく差別的なものだった。  しかし、彼の作品の中にいた女性たちは力強く、彼の作品の在り方を破壊する。私は、彼女たちと、百年以上前のまだ生まれて間もない同性愛者たちと連帯したかった。彼女たちと、言葉を交わした

          19世紀のレズビアンと美術のジェンダートラブル いつだって百合(卒業論文)