第6話 魔法のカクテル

BARジェラスは、七、八人座れば
いっぱいになるような小さな店だった。
「いらっしゃい」と
奥の暗がりからしゃがれた声がした。

現れたのは、白い眼帯をした
長身のバーテンダーだった。
髪を一本に束ねたその容姿は
"海賊"を連想させた。

隠してない方の目がまっすぐ私を見た。
その風貌に似合わない、優しい目だった。
ハルオは白ワイン、私はギムレットを注文した。

カクテルの名はいくつも知らなかった。
別れた夫とつきあい始めた頃、
勧められて覚えたカクテルだった。
バーテンダーがジンとライムをシェイクする。

ハルオと乾杯して一口飲んだとき、
その味が夫の顔を蘇らせた。
夫の影響がまだ自分の中にあることが嫌だった。

そんな思いが、私にため息をつかせ
首を小さく横に振らせていた。
次の瞬間、
海賊が手を伸ばして私のグラスを取り上げ、
ギムレットをシンクに流し捨てた。

海賊は「少々お待ちください」と言うと
再びカクテルをつくりはじめた。
怒らせたのかも知れない。
私はハルオに目で助けを求めた。
ハルオは両手を広げて笑っている。

ひとしきりシェイクの音が店内に響くと、
海賊は私の前にショートグラスを置き、
白く濁った液体を丁寧に注いだ。
シェイカーから最後の一滴が落ち切るまで、
店中が魔法をかけたように空気が動かなかった。

そのカクテルの名を告げる海賊のしゃがれ声で、
私は引き戻された。
ホワイトレディー。
それはほんのりと甘くて、思わず頬がゆるんだ。
そんな私を見て、海賊が微笑んだ。

「恋人同士みたい」
横からハルオが冷やかした。
私は頬が熱くなっていくのを感じた。

(第7話につづく)