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「枠にはめない考え方」で街と個人はどう変わる?

毎年4月になると、金沢21世紀美術館向かいの桜が咲き誇る「しいのき緑地」を中心に「春ららら市」というクラフトフェアが開催されます。
 
今年出店されたのは、地元金沢の「こつぶでピリリ」な作家&個人商店約180店。このイベントを2011年の初回から企画、運営してきたのが、地元目線の観光ガイドブック『乙女の金沢』の著者でもある岩本歩弓さんです。
 
兼六園や武家屋敷など、いわゆる定番の観光スポットは紹介しないガイドブックが出来るまで、また「春ららら市」が現在に至るまでのお話、これまでのキャリアについてお話を聞きながら、「枠にはめない考え方」が街と個人にどのような変化をもたらすか、岩本さんに投げかけてみました。
 
4月6日、7日に開催された「春ららら市2024」の様子と合わせて、お伝えします。

【岩本歩弓さん プロフィール】
1999年、出版社リトルモア入社。2004年、金沢に戻り、実家の家業である桐工芸・岩本清商店を手伝う。2006年、金沢案内の書籍『乙女の金沢』を上梓。2008年「乙女の金沢展」をスタート、その後毎年全国各地で開催。2011年、「乙女の金沢 春ららら市」をスタート、その後毎年全国各地で開催。2013年、石川デザイン賞、2017年、金沢市文化活動賞、2018年、石川地域づくり表彰を受賞。


「自分も知らなかった金沢の魅力を伝えたい」

━━現在は、地元金沢で幅広いお仕事をされていますが、以前は東京の出版社に勤めていたとのこと。現在の活動に繋がるまで、どのようなキャリアを歩まれてきたのでしょうか?

初めは東京の出版社「リトルモア」で働いていたのですが、4年ほど経った時に「一度は桐工芸品店をやっている実家の仕事をしてみよう」と思いついて金沢へ戻ってきたのが2004年、ちょうど金沢21世紀美術館ができた年でした。
 
すると取材や観光を目的に、出版関係の知人がたくさん遊びに来るようになり、遊びにきた知人を1日中案内することが続きました。
 
私が金沢にいたのは高校生までだったので、観光客である知人と金沢を回っていると、「こんなに素敵な場所があったのか」と新しい発見がたくさんありました。私は運転免許をもっていないので、目的地を決めてそこを目指すというより、徒歩やバスで寄り道をしながら街を巡っていました。だからこそ新しい発見に出会えたのだと思います。
 
同時に、情報感度の高い人も、定番の観光スポットばかりが掲載されるガイドブックを頼りにしているということに気づきました。「金沢ってもっと面白いのに!」と、地元の魅力をもっと伝えたいと思い、いくつかの出版社に、いわゆる観光客向けではない金沢のガイドブックの企画書を送りました。
 
企画をもち込んだ出版社からは返事がなかったのですが、縁に恵まれました。元上司の関連会社が『乙女の京都』というガイドブックを作っている出版社に勤めていて、ちょうど「乙女シリーズ」の金沢版として『乙女の金沢』を出版したいタイミングだったそうで、私に声をかけてくれました。

2006年9月に初版発行された『乙女の金沢』の新版

ただ、可愛いものは好きだけれど私が魅力的だと感じる金沢は「乙女」という感じでもないなと、当初はそのタイトルはしっくりきていませんでした。そこで、金沢の個人商店の皆さんに、乙女についてどのようなイメージがあるか、乙女という名前が付くガイドブックの取材でも協力してくれるか聞いてみました。
 
すると、三つ編みセーラー服の少女、大正ロマンのイメージなど、それぞれ乙女に対して異なるイメージをもっていたことがわかりました。これだけ多様なイメージが生まれるなら、『乙女の金沢』というタイトルでも、金沢の個人商店の魅力を紹介できそうだと思えるようになったのです。
 
また、私が紹介したかった個人商店さんにとっても、読む人を限定するようなタイトルの方が都合がいいのでは、とも思いました。幅広い読者層を想定したようなタイトルにして、お客さんが殺到してしまうと迷惑にもなりかねない、小さなお店が多かったからです。
 
気づけば約15年間も「乙女の金沢」という名称を使うことになりました。私もここまで続くとは思ってもみませんでした。

━━それだけ継続することも、金沢が観光地として人気が高まっていく中でも地に足のついた情報発信を続けることも、簡単ではないと思います。岩本さんのユニークな着眼点はどのように培われてきたのでしょうか?

金沢を歩き回って自分が好きなお店を見つけ、金沢の人たちと直接会話を続けてきたから、地元目線の編集方針をぶらすことなく続けることができたと思います。
また、「こういうネタやお店があればいいな」と最初から探すものを決めずに、直接人から聞いたこと、自分で見たものから何ができるのかを考える方が私には合っているんです。ゴールを決めて議論をするよりも、みんなで自由に発言する雑談が好きなことも、私の着眼点と関係があるのかもしれません。

面白そう、から始まった「春ららら市」

「春ららら市」もあるお誘いから形になったものです。
 
きっかけは、「『乙女の金沢』に掲載されているアイテムを販売するイベントをやってみないか」という、知り合いのバイヤーさんからのお誘いでした。
 
商店から商品を預かったり、買い取ったりしたこともありませんでしたが、面白そうだなと思ったんです。

「春ららら市2024」で販売されていた、西川美穂さんの作品

2008年、「乙女の金沢展」として初めて新潟、銀座、仙台、札幌を巡回しました。その後も各地で開催していたのですが、それを見た県庁の方やイベント会社の方などから、旧県庁をリニューアルした「しいのき迎賓館」前の広場でイベントをやってみないかと声がかかりました。
 
知り合いの作家さんたちに相談をしてみると「そんなイベントが地元で開催されるのなら、ぜひ協力したい」と言ってくれました。
 
それまで、地元の作家さんたちが作品を出店できるようなイベントは金沢市内になかったので、県外まで多くの荷物を持って、宿泊費や交通費をかけ、現地で悪天候に見舞われたらお客さんが少ないというリスクがある中で出店していた方が多くいました。
 
尊敬する作家さんたちも希望するならやってみようと、2011年に金沢の街の中心地でもある、しいのき迎賓館前の広場で「乙女の金沢 春ららら市」を開催しました。

100年以上にわたり醤油・味噌を造り続けている中初商店さん

━━クラフトフェアは全国で開催されていますが、「春ららら市」は他にはない、出店者さん同士の深い繋がりがあるように感じます。こうした人の繋がりができるような狙いがあって設計をしたことなどはありますか?

「春ららら市」も最初から理想の形やゴールを決めずに、出店さんたちとの対話を重ねてきた結果、このようなフェアになったと思っています。
 
出店していただくお店は当初から、石川県在住のプロの方で、公募はせずこちらからお願いをしているお店だけです。一度出店していただいたお店はその後も継続して出店されているのも、「春ららら市」の個性を形作っているのかもしれません。
 
70ほどの店数から始まったイベントですが、今年は約180店、2日間で合計約50,000人の方が来場してくれるようになりました。
 
20代から70代まで、幅広い年齢層の方が出店してくれていますが、もっとも多いのは40代の出店者さんでしょうか。昔は出店ブースの横で寝ていた作家さんの赤ちゃんが、今ではそのお店の手伝いをする様子も見かけます。
 
出店者さんの子どもたちの成長や、その子たちが仲良くしている姿、そして、普段は自宅で黙々と作品を作っている作家さんたち同士が交流することのできる場になっている様子を見ると、改めてやってよかったなと思います。

地元に根付いた活動から見えた街と人の変化

━━『乙女の金沢』や「春ららら市」がスタートした当時を振り返ると、現在に至るまでにどのような変化があったと思いますか?

「春ららら市」で感じる嬉しい変化は、お客さんがそこで初めて知ったお店へ、その後直接足を運んでくれるようになったことです。地元の人にあまり知られていない商店の方や作家さんらとの接点を生むこともできたと思います。
 
また、昔は野外イベントというと安いものを買うイメージも強かったと思うのですが、「春ららら市」で好きな作家さんができた人が、毎年、安くはない予算で買い物を楽しむ姿も見かけます。中には金継ぎのお店もあるので、割れた食器などそこで金継ぎしてもらうこともあるようです。

「春ららら市」のトレードマーク、だるまのイラストは毎年少しずつ異なるデザイン。
今年は能登らしい要素が詰め込まれている。

『乙女の金沢』も「春ららら市」も、人に誘ってもらったことがきっかけで始まりました。
そこから、ターゲットを決めるマーケティングのようなことはせず、素晴らしい作品を作っている作家さんや、地元の人のためになればいいなと思って進めてきたことが、想定していなかった形で実を結びました。

━━金沢以外でも、今後、観光客にとっても地元の人にとっても愛されるイベントや人が集まる場を作ろうとしているところはたくさんあると思います。他の都市も、もっと魅力を発信するために取り入れられそうなことがあれば、教えていただけますか?

金沢に限らず、観光地としても住む人にとっても魅力的な街のあり方は、他の土地でも実現できると思います。
 
一見歴史が浅そうに見えても、深掘りしていけばその土地にしかない物語があるはずです。そういう良さを形にしていくことで、地元の人はもっと自分の住む街を好きになるだろうし、結果として遠いところからも人が集まるような場所になるかもしれません。

その街にいる人々全員が対等な関係性で、お互い遠慮することのない対話の積み重ねが、その街、人の個性を引き出すきっかけにもなるのではないでしょうか。

「春ららら市2024」現地レポート

私たち取材チームは、実際に「春ららら市2024」に足を運びました。ちょうど満開の桜が会場をかこむように咲き乱れ、多くの方が飲食を片手に展示を楽しんでいました。
 
作家さんや個人商店が大集合し、こだわりの作品や食べ物を展示・販売したり、買い物客と談笑したり。春の陽気も相まって、会場の熱量は一層高くなっていました。

「春ららら市2024」の様子

会場では、岩本さんとも親交の深い女性の作家・起業家である3名の方にもお話を聞きました。
 
山岸紗綾さん【漆アクセサリー・お箸】
石川県能美市出身、金沢美術工芸大学を卒業後、アーティスト活動をしています。普段は自宅工房でアート作品やコンテンポラリージュエリーを制作し、主に、国内外のギャラリーで作品の展示、発表をしてます。「春ららら市」には12年くらい前に初参加し、岩本さんとも古くからの付き合いだそう。
 
同世代の女性たちにも漆を身近に感じてほしいという思いがあり、「春ららら市」がそのきっかけの場になっているとのことでした。出店者の友人達に会えるのも、毎年の楽しみだそうです。

instagram:https://www.instagram.com/_sayayamagishi/

 西川美穂さん【金工】
石川県金沢市出身の西川さんは、金属工芸のアーティスト。彫金という金属の表面に装飾する技法や、鍛金という金属を叩いて形をつくる技法で、カトラリーや器、アクセサリーを制作しています。「春ららら市」には長年出店し、当時3歳だった娘さんも今や会計の手伝いをするほど。普段は工房の2階が子供部屋となっていて、お子さんの面倒を見ながら作業をしているそうです。
 
西川さんから見た岩本さんは「人と人とをつなげるのが上手な人」。「春ららら市」は最大4組がひとつのテントに隣り合わせになるため、「その配置にも思いが込められているように感じる」とのことでした。

instagram:https://www.instagram.com/nishikawamihoo/

森さやかさん【農家民宿フォレスト】
能美市出身の森さんは、2017年から能登で農林・漁業体験を提供する民宿を経営していましたが、2024年1月に発生した能登半島地震で被災。民宿の建物は全壊し、同じ場所での再建は困難に。現在は、再始動に向けて準備をしています。
 
「その土地の暮らしを知り、体験することが好き」で、東南アジアに6年滞在したり、東京では途上国支援の仕事をしていました。その後、能登の暮らしに魅了され、独立。能登の食風景をまとめる冊子も制作するなど、好奇心が仕事の原動力となっているそう。
 
「春ららら市」には例年出店しており、「春ららら市」で知り合った人たちが民宿に泊まりにきてくれたこともあるそうです。当初は今年の出店を迷っていたそうですが、「出店したら、会いに来てくれる人もいて、たくさん元気をもらえた」と笑顔で話していました。

Photo by Nik van der Giesen
instagram:https://www.instagram.com/noto.forest/

 
<関連サイト>
乙女の金沢展ホームページ (kirikougei.com)
オトメの金沢 陳列室 (otomenokanazawa.shop)


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