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「ダンガンロンパFF 雨の記号、そしてハッピィ・バースデイ」試し読み

【導刃学園】

〈生存者〉
相沢アイザワ青春セイシュン       : 超高校級の探偵
読倉ヨミクラ スズ        :超高校級の語り手
ボブ・ジテン      :超高校級の忍者
小夜啼サヨナキ 咲花サナ      :超高校級の看護師
六々舎ロクロクシャ不崩クズレズ       :超高校級の陰謀論者
江出エデナオス        : 超高校級の編集者
双原フタバラ ニコ       :超高校級の双子
白鳥シラトリ 茶絵子チャエコ      :超高校級のバレー選手
ナノル・ナマエ・モナイ  :超高校級の登山家

〈死亡者〉[1]
永戸ナガト 藍里アイリ       :超高校級のインフルエンサー
双原フタバラ イチカ      :超高校級の双子
凍加トウカ 勢太郎セイタロウ      :超高校級の転売屋
逢庭オウバ 道達ミチタツ       :超高校級のフードファイター
是天コレソラ 華深ハナミ       :超高校級の???
和屋カズヤ 沙保サホ        :超高校級の声優
職杜シキモリ 捨無シャム       :超高校級のイノベーター 

 さあ、疑え!
——ツミキ『リコレクションエンドロウル』


【問題編】
【(非)日常編】


 暗く沈んだ空気が漂っていました。コロシアイ学園生活が始まってから数日経った今日。私たちは何度目かの呼び出しを、学園長であるモノクマから受けました。招集場所はいつもと変わらず体育館。私を含む生徒は既に全員揃っていて、皆一様に息を呑んで、前方の壇上を見つめています。
 ここ——導刃どうじん学園で囚われの学園生活が始まったときは十六人いた生徒も今や九人に。私はこれまでに起きた三回のコロシアイを憶い出します。是天これそら華深はなみさんによる永戸ながと藍里あいりさんの殺人。職杜しきもり捨無しゃむ君による和屋かずや沙保さほさんの殺人。そして、昨日発生した双原ふたばらイチカさんによる凍加とうか勢太郎せいたろう君と逢庭おうば道達みちたつ君の連続殺人。これらの事件はすべて 〝超高校級の探偵〟である相沢あいざわを中心として、解決に導かれましたが、それは同時に殺人犯——クロの死を意味します。
 コロシアイ学園生活では殺人が発生した場合、学級裁判が開廷され、そこでは一定時間『誰が犯人か?』を議論する——いわゆる犯人当てが行われます。そして、学級裁判の結果は私たちの投票により決定し、正しいクロを指摘出来ればクロだけが処刑——〝おしおき〟されるのですが……。もし、間違えてしまったならば、クロ以外の全員が〝おしおき〟されます。だから、殺人事件が発生すれば、私たちは生き残るために真剣にクロを探さねばならないのです。それが誰かの命を奪うことになったとしても……。
 視界の隅に女の子の姿が映りました。身長一一〇センチほどと小さく、まさに食べてしまいたくなるような可愛らしい体躯に、両耳の横でちょこんと縛られた髪結い。〝超高校級の双子〟の片割れである双原ふたばらニコさんです。彼女は生気が抜けたようにただ立ち尽くしており、トレードマークである二つ結びからもどこか脱力しているような印象を受けます。ですが、それも仕方のないことでしょう。実の姉が殺人犯になってしまった挙句に、目の前で処刑される瞬間を見てしまったのですから。しかも、その殺害の動機が内気な妹をコロシアイから卒業させるため[2]だったなんて……。
 私が彼女に同情を寄せていると(もっとも感情は完全な意味で共有は出来ませんから、ただ分かった気になっているだけですけど……)、背後から声を掛けられました。
「おはようございます、読倉よみくら先輩。そろそろコロシアイにも慣れましたか?」
 不意の声に驚いて、肩がぴくっと上がります。振り返ると、相沢君の姿がありました。僅かに口角が吊り上がっていて、笑っているのが分かります。表情から読み取るに、先ほどの発言は冗談の類なのでしょう。不謹慎ではありますが……。きっと私の緊張に気づいた故の発言だと思います。彼の冗談は分かりづらいんです。
「おはようございます、相沢君。いいえ、全然慣れませんね。それに……、そもそも慣れてはいけないものではありませんか?」
「それもそうですね」そう云うと、相沢君の表情がすっと引き緊まりました。「死んでいった彼らの分まで僕たちは生き残らないと」
 それだけで会話は途切れました。私は前に向き直り、相沢君のことを考えます。相沢君——相沢青春せいしゅん君。導刃学園に幽閉され、コロシアイ学園生活を強制される以前から私は彼を知っていました。私たちは逸木田いつきだ高校と云う私立の学校に通い、そこの文芸部に所属していたのです。文芸部では私たちは先輩後輩の関係で[3]、時には事件に巻き込まれることもありました。その度に相沢君は〝超高校級の探偵〟としての素養(もっともここに来るまで、そんな呼ばれ方をされたことはないはずですが……)を遺憾無く発揮し、事件を粛々と解決しました。——論理で感情を支配するその姿はまさに私の理想です!
 そんな彼は誰にでもちぐはぐな態度で接し、いつも本心を見せようとはしません。しかし、先の言葉には形容し難い真実味があるようにも感じました。彼へ憧憬の眼差しを向ける私はそのことに喜びを覚えながら、意識を前に向けました。
 壇上の中央には演台が置かれ、その右側にはアカマツの盆栽が、左側には導刃学園の校旗が飾られています。演台の上には卓上スタンドに取り付けられたマイク。そして、それらの背後にはどっしりとした濡れ羽色の幕がありました。幕の中心には導刃学園の校章が描かれています。
 ——途端、ぼよ〜んとばねで跳ねたような間抜けな音がしました。その音が聞こえるや否や演台の後ろからぬいぐるみが飛び出し、幕の校章を隠しました。そして、その勢いのままぬいぐるみは演台の上に坐りました。
「起立! 礼! オマエラ、おはようございます」
 コロシアイ学園生活の首謀者——学園長のモノクマです。クマのぬいぐるみのようなフォルム。正中線を境に白黒に分かれたアシンメトリーな体色。一見すると、その姿は愛らしいですが、それとは裏腹に性格はそんなこともありません。その象徴としてでしょうか、私から見て左側——黒の半身の目は赤くぎらつき、歯を剥き出して邪悪に笑っています。
「うん、やっぱり朝の挨拶は大事だね! パスタを食べるときのスプーンくらい大事だね」
 モノクマはそう満足げに云いましたが、反応する生徒は誰一人いませんでした。
「あれれー? おかしいぞー。オマエラの緊張をほぐすための渾身のギャグだったのに。やっぱりボケはもっとベタじゃないとね。あちらから、べっぴんさんべっぴんさんひとつとばして……」
「黙ってください!」
 体育館に甲高い声が響き渡りました。声の方を見れば、怒りに滲んだ双原ニコさんの横顔がありました。吊り上がった眉に、蟀谷《こめかみ》を這う無数の青筋。しかし、対照的に目尻は下がり、涙があふれ、絶え間なく頬を伝っています。〝ヒステリック〟と云う言葉が脳を過よぎりました。
 そんな彼女の様子を指して、モノクマは煽るような口調で——、
「あれあれ? ここにただの一般人が紛れ込んじゃったみたいだね」
「……一般人?」
 ニコさんはいつもより低い声で繰り返します。そこには怒りのみならず、一時だけ気持ちを冷静にさせる怪訝さが付き纏まとっているようにも感じました。それもそのはずです。モノクマに云わせれば、私たちは超高校級の才能の持ち主のはずで……、その一員である彼女も勿論そのはずで……。そこまで考えたところで私は気づきます。
「だってそうでしょ? 双原ニコさんの才能はお姉さんと共有。二人で一つの超高校級の双子なんだから。いくらお姉さんと以心伝心が出来たって、そのお姉さんであるイチカさんが死んじゃったら才能もへちまもないただの一般人だよ。双原、双原、双子ばらばらってね。うぷぷぷぷ」
「ふざけないでください!」と、再び怒号が飛びました。「第一に、イチカが死んだのだって元を辿ればモノクマのせいじゃないですか! モノクマが、モノクマがあんな動機を用意したから……」
「そんなこと云いだしたら切りがないよ! ボクがオマエラにコロシアイをさせてるのは、オマエラに才能があるから。だったら才能のあるオマエラが悪い? 才能あるオマエラを産んだ親が悪い? そうじゃないでしょ?」
「でも、それでも……」
 と、ニコさんは反論を続けようとします。しかし、イチカさんを喪った瞬間がフラッシュバックしたのか、その場で泣き崩れてしまいます。そんな彼女を見兼ねて、私を含む複数の生徒は声を掛けようとしますが、それに被せるようにモノクマが、
「もう! うるさいな! そういう奴にはこうだ!」
 呆れた口調で云うと、演台の上に何かが落ちてきました。金属質で長方形の黒い板。それを中心に左右に延びた革特有の光沢を放つベルト。腰に巻くにしてはいささか短過ぎるそれをモノクマは手にすると、演台から跳び、ニコさんの肩にしがみつきました。そして、狼狽える彼女の口を金属の板で抑えました。
 ——猿轡さるぐつわ。その言葉が脳を過ったとき、既に遅すぎました。モノクマは素早い動きで、ニコさんの後頭部にベルトを回すと、それをきつく締めてしまったのです。
「うぷぷぷぷ。これで静かになったね」
 しかし、モノクマの言とは反対にニコさんは激しく息を吐きながら、猿轡を外そうとします。
「おーっとっと! 外さない方がいいよ。それには爆弾が搭載されてるからね!」
 その一言でニコさんの動きが、ましてや場の空気までもが瞬く間に凍りつきました。
「誰であろうと——もちろんボクでも、その猿轡を外しちゃうと、どっか〜ん! 爆発しちゃうんだ! でも、ずっと喋れないってのも不便だろうから……。ニコさんが死ぬか、四十八時間経てば、自動で解除されるように設定してあげるよ」云うと、モノクマは金属板の端にある釦を押しました。すると、愉快なBGMと共に『かうんとだうんすた〜と!』と云うモノクマの声が金
属棒から流れました。「もちろん、爆死したときは爆死したときで校内放送を流して盛大に弔ってあげるから。だから、安心して猿轡ライフを楽しんでね」
 その言葉を最後にモノクマはニコさんから離れ、今度はバク転で、壇上へと戻りました。そして咳払いを一つすると、私たちを呼び出した理由——次のコロシアイの〝動機〟を高らかに宣言しました。今回のコロシアイでクロになったかつ学級裁判を生き残った者に与えられる特典——それは現金百億円でした。


 コロシアイ学園生活での食事は基本的に食堂で摂ることになっています。勿論、調理をするの
は私たちの中の誰かで、今日の夕食からは〝超高校級のバレー選手〟の白鳥しらとり茶絵子ちゃえこさんが担当することになっていました。自他ともに名家で育ったと称する彼女ですが、その生い立ちとは裏腹に料理が得意らしいのです。いえ、お嬢様育ちだからと云ってそんな見方をするのはあまりに記号的ですね……。
 食堂の長机には様々なラインナップの料理が並び、彩り、見る者の食欲を刺激していました。パン、スープ、サラダ、肉料理、魚料理、甘味、エトセトラ。どれも普段の私であれば飛びついてしまうような華やかさ。しかし、その絢爛けんらんさにこそ私は昨晩までとのギャップを見出し、暗い気持ちを抱いてしまいます。コロシアイ学園生活の初日から昨日まで、笑顔でジャンク料理を振る舞っていた〝超高校級のフードファイター〟の逢庭道達君はもういない、死んでしまったのだ、と。
 哀しみを誤魔化すように周囲を見渡します。現在の食堂には私を含む全員の生徒がいました。白鳥さんは縦に巻いた自慢のブロンド髪を揺らしながら、食堂とキッチンを往来し、せっせと料理を運んでいます。それ以外は席に着いており、私の正面には双原ニコさんが坐っていました。
 モノクマお手製の猿轡で覆われ、口を開けることの出来ない彼女に食事は不可能です。なので、彼女がこの夕食会に参加する意義は本来であれば微塵もありません。しかし、それでも彼女はここへとやってきました。食べることは無理でも来る意味はあるのだ、とでも云うように。
 そんな彼女の口を覆う金属板の中心には、小型の液晶が埋め込まれていて、『11/24』と『43:48』と云う数字を表示しています。これが何を意味するか、定かではありません。が、合議の末に『今日の日付』と『猿轡が外れるまでの残り時間』と云う解釈に落ち着きました。確かに、蓋然性の名の下にそう考えるのが自然なように思えます。左の数字は一向に減りませんし、右は六十秒が経過する毎に一ずつ減っていますから。
 今日の日付を知れたことは、私たちにとって大きな収穫でした。外界から隔離され、この学園に閉じ込められた私たちに、これまでそれを知る術はありませんでしたから。もっとも、コロシアイ学園生活ではモノクマが朝と夜を知らせてくれるので、それを数えれば正確な日付も分かる気がします。しかし、モノクマの⽣活管理が出鱈目である可能性や拐われてからこの学園で目を覚ますまでに複数日が経過した可能性を捨てきるわけにはいきません。
 ところで、外の世界の人たちはいったい何をしているのでしょうか。
 私がそんなことを考え、頬杖を突いていると、左隣に坐る彼に声を掛けられました。
「Oh! ヨミクラさん。TableにElbowつくのGoodじゃありません。ワタシ、MannerBookで習いました!」
 そう英語混じりの日本語で話す彼は、ぼさぼさの金髪を纏めた丁髷《ちょんまげ》と頬のそばかすに、まるで忍者装束のようにも思える濃紺色の学生服[4]。と、個性が渋滞して、この導刃学園の生徒内では一際存在感を放っています。
 そんな彼は〝超高校級の忍者〟のボブ・ジテン君。
 アメリカ人の両親から生まれた彼の家系図には、どう云うわけか猿飛《さるとび》佐助《さすけ》の名が記されているのだそう。曰く、故郷であるアメリカのノースダコタ州にはかつて忍者の技術を学ぶべく日本へとやってきた一族がいるらしいのです。そして、その中には猿飛佐助と関係を持った一人の女性がいて、それが彼の先祖にあたるのだとか。些か信じ難い話ですが、歴史に残らない事実など無数にあるので、意外に嘘ではないのかもしれません。しかし、今ではその伝統は途切れてしまったらしく、彼は忍術を使うことは出来ないようです。
〝超高校級の忍者〟であるジテン君を忍者たらしめている要素は、外見だけです。
「あ、ごめんなさい。つい癖で」
「Oh! 気にしないでください。……それにしてもヨミクラさん、あなたはBeautiful。まるでVenusのようだ」
 突然の賞賛に私は戸惑います。黒髪ボブの眼鏡っ娘。芋っぽさ全開の典型的文学少女である私の容姿を褒められるなど想像だにしませんでした。照れ隠しするように私は頭頂部のアホ毛を撫でます。
「……ありがとうございます」
「Oh! ノンノン。お礼は英語でPlease」
「……Thank you」
 私の返事に満足したのか、ジテン君はSmileを見せます。……いけません、彼の口調が移ってしまいました。
 ジテン君の対面には江出えでなおす君が着いています。短く切り揃え、整髪料で整えられた黒髪。糊の効いた黒のブレザーを羽織り、下には折り目のないカッターシャツ。ブレザーの胸ポケットからは丸眼鏡が覗いています。シャツの胸元は緩んでいて、そこにはストライプ柄のネクタイが巻かれていました。
 そんな江出君の才能は〝超高校級の編集者〟。
 かつて部員六名の弱小文芸部の部長だった彼は、部員の作品すべてに厳しい指導を行い、一年の内に部員全員の肩書きを商業作家へと変えてしまった、と云う驚異の経歴の持ち主です。その活躍は——当然のことですが︱︱世間の注目を集め、一時期の報道番組では毎日彼の特集が組まれていました。しかし、その編集としての手腕と引き換えにと云うべきか、彼は想像力が乏しく、自らが物語を創ることは難しいようです。
 江出君の左横には〝超高校級の看護師〟の小夜啼さよなき咲花さなさん。
 赤子の頃に両親が蒸発し、小夜啼さんは近所の老夫婦に育てられました。しかし、彼女が小学生に上がる頃、老夫婦は夫妻共に病に臥せてしまいます。育ての親を助けたい一心で彼女は必死に看病を続け、努力が実ったのか、やがて老夫婦は完治しました。この話は美談として瞬く間に広がり、世間では苗字に因んで彼女のことを『現代のナイチンゲール』と呼ぶ向きもあります。もっとも彼女は「わたしはただ当たり前のことをしただけ」と語り、世評を疎ましがっていますが。
 小夜啼さんはチュニックのような形状をした純白の制服を着ていました。髪型は高い位置で纏められ、その色は深緑がかっています。髪留めには、杖に巻き付いた蛇の意匠が施されていて、そこからは彼女の医療に対する信頼を読み取れました。
 小夜啼さんの向かいに坐るのが、〝超高校級の陰謀論者〟の六々舎ろくろくしゃ不崩くずれず君。
 ここへ来るまで私も知らなかったのですが、彼は陰謀論界隈では麒麟児と語られる存在らしいのです。と、云うのも中学時代に六々舎君が新聞へ投稿した記事が、陰謀論界隈における権威によって恣意的な切り取りをされ、拡散されてしまったのです。結果、彼は社会的に不名誉な烙印を押され、一部人々からは期待の眼を向けられることに……。切り抜き型メディアの弊害ですね。
 もっとも六々舎君はその二つ名から想見される像とは違い、友好的で接しやすい方です。時折、彼が見せるわざとらしい言動には陰謀論者の片鱗を感じないこともありませんが……。
 そんな六々舎君の左隣には〝超高校級の登山家〟のナノル・ナマエ・モナイさん。
 導刃学園に拐われるより以前、彼女はロープウェイを使用しないと敷地内に入ることも出来ない断崖絶壁に建つ高校に通っていて、そこで演劇部に所属していたそうです。そんな日常を過ごす、ナノルさんにある日、試練が訪れます。諸事情から崖を登っての登校が課せられたのです。
こんな課題を出されたら大抵は、端から諦めるか、中途で挫折するか、の二択だと思います。しかし、あろうことかナノルさんはそれを難なく達成してしまったのです。
 〝超高校級の登山家〟なんて呼ばれる所以はない[5]。
 ナノルさんは自らをそう卑下しますが、このエピソードを聞かされたら、誰もが彼女は〝超高級の登山家〟だと考えるに違いありません。
「さあ、最後の料理が完成いたしましたわ。皆々様、手を合わせてくださいですわ!」
 それから僅かな時間が経過して、白鳥さんが食堂へとやってきました。手元には南瓜のミートパイの載ったお盆があります。私たちは彼女が席に着くのを待つと、食材へ感謝の気持ちを表しました。

 夕食が終わると、私は白鳥さんと後片付けを始めました。
 そこに何か特別な理由があるわけではありません。ただ何の気なしに坐っている、誰かが働いているのに傍観する(勿論、それがお店などであれば話は違います)と云うのが、どうにも苦手なだけなのです。それ故にコロシアイ学園生活での食事の始末は私と誰かもう一人で行うのが暗黙の了解となっていました。私の相方は順に務めることが決まりで、今日は白鳥さんの番でした。
 食堂とキッチンを二回往復して、すべての皿を流し台に運び終えると、私と白鳥さんは並んでそこに立ちました。
「……すみません。料理してもらったのに、洗い物まで」
 と、私は独り言ご ちるような声量で呟きます。実際の心理としてもこれを白鳥さんに聞いて欲しかったのかは判らず、ただ彼女に覚える引け目を口にしただけのようにも思えます。
「いえいえ、そんなことお気になさらなくて結構ですわ。これがここでのルールですもの。……それに一度料理を作っただけの私よりも毎日洗い物をしてくださる読倉様の方がよっぽど立派ですわ」
 包丁を拭きながら、白鳥さんは云います。
〝超高校級のバレー選手〟の白鳥茶絵子さん。
 バレーボールのアンダー18日本代表に三年連続で選ばれ、その高い決定力でチームを勝利へと導き、世界からも注目が集まっている。そんな経歴を持つ白鳥さんは、そのバレーボールでの経験故か、周囲への気配りとフォローを欠かしません。
 彼女と話していると、自分との器の差を感じて時折惨めな気持ちになります。
「私が皆さんに貢献出来ることと云ったらこれくらいしかありませんから……」
 そんなことを私は口走ります。勿論、先述の通りに私が後片付けをするのは落ち着かないから、と云う利己的精神故であり、皆の役に立ちたいなどと云う崇高な考えは持ち合わせていません。それなのに格好付けるように戯言を吐いてしまう私。嗚呼、この口を引き裂いてしまいましょうか……。
「素敵なお考えですわ。読倉様のような方こそ、きっと将来社会で注目されるのですわね」
「ほんとだよね。読倉さんみたいな人ほど、何かを境に凶悪な犯罪者になって、世間で注目されちゃうんだよね」
 そんな矢先でした。背後からあの忌まわしい声が聞こえたのは。
 私と白鳥さんは反射的に振り向きます。そこには予想通り、モノクマがいました。
「あら、モノクマ様」驚く私とは違い、白鳥さんは平常的な声音で対応します。「どうなさいました? 何か事件でも?」
「違うよ。オマエラを呼びに来たんだよ」
「ワタクシたちを呼びに?」
「そう。オマエラも早く食堂に来てね。他のみんなはもう集まってるよ。早く来ないとオマエラだけ損しちゃうかもね」
 モノクマはそう云い残すと、食堂の方へと去っていきました。
 損をするとは、いったい……? 
 モノクマの最後の言葉が気になった私たちは、急いで片付けを済ませると、食堂へと向かいました。   
 移動中、白鳥さんが「読倉様は絶対に凶悪犯罪者になんてなりませんわ」と云ってくれましたが、それはモノクマに対して云って欲しかったですね……。
 食堂にはモノクマの言葉通り、全員が揃っていました。皆の視線は同じ方︱︱中央の長机へと向いています。私もそちらに視線を遣ると、そこには坐ったモノクマ。そして七つの電子でんし生徒せいと手帳てちょうがありました。
「揃ったみたいだね」と、モノクマは立ち上がります。「今日はオマエラにプレゼントを持ってきたんだ。コロシアイばっかさせてごめんね。これで勘弁してちょーだい!」
 飴と鞭と云うことでしょうか。もっともモノクマにそんな気がないのは口調からしれていますが……。
「……それで、モノクマ。この電子生徒手帳は何ですか?」
 ——電子生徒手帳。スマホのような形状をしたそれは、コロシアイ学園生活を過ごすのに必須の機器です。導刃学園の校則[6]や地図が掲載されている他、一部ドアの開錠に使用するなどその用途は多岐に渡ります。
「何って、電子生徒手帳だよ? これまでに死んじゃった生徒のね」
 その言葉で一瞬だけ周囲がざわついたような気がしました。
「いやぁ。ボクの方で管理してたんだけど、どうにも面倒臭くなっちゃってね。だからオマエラにあげようと思って。……ニコさんなんて垂すい涎ぜんものでしょ、お姉さんの形見一個もないもんね」
 そう云うと、モノクマは電子生徒手帳を一つ拾い上げ、それを起動。画面に『フタバライチカ』と表示されます。電子生徒手帳の起動時には所有者の名前が表示される仕組みになっているんです。モノクマはニコさんに近づくと、それを手渡します。彼女はイチカさんの電子生徒手帳を受け取ると、言葉にならない声を挙げ、何かを訴えました。
「もう何云ってるか分からないよ。可哀想に……。まったく、誰にそんな猿轡を付けられたんだい? はっ、ボクだった!」
「ねえ、モノクマ。つまり、この電子生徒手帳は僕らが貰って良い、そう云うことだよね?」
 茶番を演じるモノクマに、呆れたように訊ねたのは相沢君でした。
「うん、そう云うことだね」
「じゃあさ。それに伴って、前からしたかった質問を何個かしても良いかな?」
「いいよ」と、モノクマは同意します。「まったく……、相沢クンは質問魔だな」
 これまでも相沢君はモノクマにいくつもの質問をしてきました。そして、それが学級裁判を進める鍵になったのは、一度や二度ではありません。
「質問したいのは、校則の〝電子生徒手帳の他人への貸与を禁止します〟と云う項についてなんだけど。これが指す〝他人〟って持ち主以外と云う意味で合ってる?」
「うん。人間は根源的な意味で孤独だからね。家族だってしょせんは他人さ」
 モノクマの皮肉を無視して、相沢君は質問を続けます。
「……なるほど。じゃあ次。校則で禁止されているのは貸与だけ。つまりは借りること自体は可能と云うことだけれど」
「さっすが〝超高校級の探偵〟。鋭いね!」
「もし、僕が気づかない間に電子生徒手帳を落としてしまって、それを僕以外の生徒が拾ったら、どうなるの? 貸した判定になるの?」
「そりゃもちろん。気づいてないとは云え、誰かの手に渡っているわけだからね」
「そっか……」と、相沢君。「じゃ、次の質問。これから僕たちは〝他人〟の電子生徒手帳を貰う訳だけど。それはどう云う扱いになるの? 所有権が僕らに移る。そう云う認識で良い?」
「その通り! 死人に権利があるわけないじゃん」と、モノクマは高笑いをあげます。「ちなみにこのルールはこれからコロシアイがあった時にも適用ね。殺された人の電子生徒手帳の所有権は、最初に拾った人に移る。はい、けってーい!」
 問答が終わると、私たちは話し合い、電子生徒手帳の権利について話し合いました。結局、私が逢庭君のを、相沢君が和屋さんと凍加君のを、小夜啼さんが職杜君と永戸さんのを、六々舎君が是天さんの電子生徒手帳を貰うと云うことで終結しました。
 教室の隅でナノルさんが電子生徒手帳を取り出す姿が目に入ります。ちら、と覗くとそこには彼女の名前が表示された起動画面が映っていました。


 コロシアイ学園生活では当然のことながら、自宅へと帰ることが出来ません。そのため、生徒一人ひとりには同様の構造をした——窓のない薄暗い部屋がそれぞれ与えられ、そこで過ごすことを余儀なくされます。
 導刃学園で共同生活は不可避です。しかし、常に他人と居ると云うのは、誰でも無意識のうちに精神的疲労を蓄積してしまう……。そんな社会構造と矛盾した宿痾しゅくあを患う私たちにとって自室とは唯一の物理的なパーソナルスペース——憩いの場です。
 もっとも……、と私は天井の隅に取り付けられたカメラを眺めます。導刃学園ではすべての場所に録音機能付きのカメラが設置されていて、それによって私たちの生活は始終監視されています。だから、本質的に他者が居ない空間なんてものはこの学園にはありません。ですが、言葉の魔力とは恐ろしく、〝自室〟と記号を与えられただけで、どうしてか心は安らいでしまうのです。
 そんなことを考えていると、カメラ横のモニタが点き、モノクマが映し出されました。
『えー、校内放送です。午後十時になりました。ただいまより〝夜時間《よるじかん》〟になります。間もなく体育館はドアをロックされますので、立ち入り禁止となりま〜す。では、では、いい夢を。おやすみなさい』
 そして自動的にモニタの光は消えます。
 導刃学園では〝夜時間〟と云う制度があり、その時間だけ体育館への立ち入りが不可となります。逆に云えば、それ以外に〝自由時間〟との違いはなく……。何を考えてモノクマはこんなルールを作ったのでしょうか。
 若干の疑念を抱きながら、私はベッドから起き上がります。二十二時に相沢君と広場で待ち合わせをしているのです。何でも話しておきたいことがあるとかで……。
 十六人の自室はすべて宿舎棟と云う建物の中にあります。宿舎棟とさっきまでいた校舎には僅かな距離があり、その間にはだだっ広い地面が広がっています。私たちはその空間のことを広場と呼んでいました。
 靴を履き、ドアを開け、外へと一歩踏み出します。途端、ずぼっと云う音と共に足が沈む感覚がありました。慌てて視線を下に向けると、土がぬかるんでいました。
「雨が降ったんですよ」
 と、馴染みのある声が聞こえてきました。顔を上げると、そこには相沢君の姿があります。右手には畳まれた傘を握っていて、服の所々が濡れています。
「……雨?」と、私は訊き返します。
 私の疑問は正当なものでしょう。と云うのも、導刃学園はその全体を黒色のドームが覆っていて、外の様子はおろか、天気すら知ることが出来ないのです。そんな場所で雨が降る……?
「雨と云っても自然現象のものではありませんよ。人為的なものです。二十一時くらいにモノクマがここら一帯に大量の水を撒いていったんです。雨音を聞きませんでしたか?」
「聞いたような気もしますが、はっきりとは……。まさか雨が降っているなんて思いませんから。モノクマはどうしてそんなことを?」
「さぁ」相沢君は肩を竦すくめます。「僕にもさっぱりです。モノクマの言葉を借りれば〝お祝い〟らしいのですが。何を祝っているかは教えてもらえませんでした」
「そうですか……」
 と、云って相沢君の元へと向かいました。そこで私は周囲を見遣りました(この位置からは広場全体を見渡すことが出来ます)。土は先述の通りに端から端までぬかるんでいて、ぐちゃぐちゃの状態。そこに私の足跡だけが綺麗に刻まれています。……足跡ロジックですね。
「おや」と、相沢君が呟きます。
「どうかしました?」
「あれを見てください」
 彼が指すのは、私の部屋の入り口。そこのすぐ下の地面には、扇状の跡が出来ています。外開きの扉を開けた影響で出来たものでしょう。そこ以外の入り口前にその模様がないことからも間違いないでしょう。
 ……と、そこまで考えたところで、私は本来の目的を思い出しました。
「……それで、相沢君。私に伝えたいことって?」
「付いてきてください」
 私の問いに、彼はそれだけ答えると、校舎の方へと歩いて行きました。
 相沢君に案内されたのは講堂でした。
 様々なとんちきセキュリティを備える導刃学園の中でも講堂は群を抜いています。講堂への扉を開けるには、生きている人間の顔認証と虹彩認証が必須なのです。この二つのどちらともをクリア出来ないと、扉を開けることは出来ません。しかも、顔認証の方は正面から見た歯の形まで確認していて、とてつもなく厳重です。突如として歯が欠けたとしたら、モノクマはどうするのでしょうか。
 講堂のセキュリティの厳しさは認証だけに止まりません。たとえ、誰かが認証をクリアして、扉を開けたとしても、入れるのはその当人だけなのです。モノクマ曰く、認証を突破した人物以外が扉を通過した瞬間、激しい電撃が流れて焼き切られてしまうとか。なんでも扉には特殊なセンサーが搭載されていて、同一性を確認しているそうです。
 もっともそれが死人となれば物体へと判定が切り替わって、通過出来るそうなのですが。人間の本質は肉体ではなく魂、そう云うことでしょうか……。
「以前、これと似たような設備の建物に行ったことがありますね……」
 相沢君はそう云って、セキュリティの認証を済ませると、講堂へと入って行きました。扉が重い音を立てて、閉まります。講堂の扉は認証した人物が入室すると、自動で閉まる仕組みとなっているのです。
 後を追うように私も扉横の機械を覗き込みます。すると、七センチ四方の画面が点き、手を振る相沢君——講堂内部の様子が映し出されました。ロード画面代わりということでしょうか。そして三秒ほどそれを覗き続けると、扉が重々しく開きました。
 厳格なシステムとは裏腹に講堂内部には何もありません。ただ薄茶一色に染まった壁と床が広がっているだけ。人はおろか、虫一匹すら隠れられません。中央の右端には〝夜時間〟のためにいまは閉ざされた扉[7]があって、その先には体育館へと繋がるトンネル型の渡り廊下が構えています。体育館への入り口はそこと広場から繋がる扉の二つだけです。
 背後で扉の閉まる音が聞こえました。
 相沢君は私が来たのを見ると、壁際へと向かい、更衣室の近くで立ち止まりました。ズボンのポケットから、電子生徒手帳を取り出すと(起動画面が表示されていて『カズヤサホ』と文字が映し出されています)、彼の正面にある機械へとかざします。すると、音も立たずに女子更衣室の扉が開きました。
 導刃学園の更衣室はそれぞれの身体的性別[8]に合った電子生徒手帳を鍵として使用します。そのため、本来であれば相沢君が女子更衣室を開けることは不可能。しかし、どういうわけか、更衣室を開けるときに参照されるのは、現在の電子生徒手帳の所有者の性別ではなく、最初の所有者の性別なのです。以前にモノクマからそう解説をされたとき、私にはまるで意味が解りませんでした。しかし、モノクマはこう云う状況を想定して、説明していたのですね。ようやく合点が行きました。もっとも電子生徒手帳を蒔いたのもモノクマなので、一人芝居のようにも思えますが。
そう云うわけで、和屋沙保さんの電子生徒手帳を所有する相沢君は、現在女子更衣室への入室が可能。彼に続こうと、私も電子生徒手帳を、認証機へとタッチします。
 しかし、どうしてか扉が開いたのは女子更衣室ではなく、男子更衣室でした。手元の電子生徒手帳を確認すると、画面には『ヨミクラスズ』ではなく、『オウバミチタツ』と表示されています。どうやら間違えてしまったようです。
 誰もいない手狭な男子更衣室。あるのは見慣れたモニタと防犯カメラだけで、それ以外は何もありません。更衣室の扉には、校舎側の講堂入口と判定が同じシステムが搭載されていて、認証した生徒手帳の所有者と違う人物、あるいは物体だけが通過すると焼き切ってしまう、とモノクマも云っていましたから、それの影響でしょうか。男子更衣室の扉が自動で閉まるのを確認すると、私は今度こそ自分の電子生徒手帳を取り出して、相沢君を追いました。
 女子更衣室は男子更衣室と完璧に同じ造りの細長く狭い場所でした。その狭さは異常で私が横に二人並べばぎゅうぎゅうになってしまうほど。鰻の寝床と云う慣用句はきっとここを指すため にあるのでしょう。こんな所で相沢君はいったい何を話すと云うのでしょうか。
 ……まさか! 
 その可能性に気づいた途端、私の視線は安定しなくなり、天井へと向かいます。
「……気づきましたか」相沢君は神妙な声色で。「そうです。ここの防犯カメラには導刃学園内で唯一録音機が付いていないんです。ここならモノクマに聞かれる危険もありません。もし、よければ、作戦を立てませんか? モノクマに一矢報いるための」
 相沢君の言葉に羞恥心が痛みます。彼が必死にコロシアイ学園生活を生き抜こうとしている中、私は……、私は……。赤くなる頬を誤魔化すように、私は首を横に振ります。
 そして辺りを見渡しました。相沢君の言葉通り、この部屋の防犯カメラには、レンズの下にあるはずの特徴的なマイク——録音装置が取り付けられていません。それに、以前にモノクマから聞いた話ですが、更衣室は男女問わず防音仕様だそうです。ここなら盗み聞きされることもありませんね。
 それにしても……、どうして相談相手が私なのでしょうか。生存者の中には、私より頭の切れる方が沢山いるのに……。
「それは……、読倉先輩が一番信用出来ますから」
真剣な面持ちで云う相沢君に今度こそ私は赤面せざるを得ませんでした。
 そしてそのまま私たちは一晩を更衣室で明かしました。遮るものはなく、ただ二人の声だけが響き続ける、そんな静かな夜でした。


『オマエラ、おはようございます! 朝です、八時になりました! 起床時間ですよ〜! さぁて、今日も張り切っていきましょう〜!』
 モニタに映し出されたモノクマが朝の到来を知らせます。
 ふわああ、と大きな欠伸をして、私は相沢君へと向き直りました。彼の目は徹夜明けとは思えないほどに引き締まっています。昨晩立てた計画のため、早速動き出すつもりなのでしょう。私たちは三十分ほどの雑談を交わすと、小さく頷き合い、互いに健闘を祈りました。
 しかし、私たちの野望は講堂へと一歩踏み込んだ途端、破局してしまいます。
 何もない壁。
 何もない床。
 講堂を象徴する薄茶色が、赤黒く、染まっていたのです。
 壁から床の中心へと、その広がりの中心へと、私は徐々に視線を動かしていきます。
 そして、その中心には……、一本の長い槍で貫かれた二つの死体がありました。
「きゃああああああ」
 気づけば私の口からは叫び声が溢れ出ていました。それは私のものなれど、私の制御を受け付けません。全身が脱力し、私の意志とは無関係に、足はがくがくと震え始めます。力を入れようにも入れることが出来ません。私はふらふろとよろめき、その場に崩れてしまいます。
 相沢君が「読倉先輩どうしました?」という心配気な声を引き連れて更衣室から出てきます。私は彼の方へと振り向き、悲鳴の原因を指差します。相沢君の視線は私から徐々に死体へと遷移し……、「どうして……?」
 さしもの相沢君でも当惑を隠しきれないらしく、死体を見つめる彼の瞳は揺らいでいます。心配した様子で私を起こすと、彼はそのまま死体へと近づきました。
 私の目の前はちかちかと点滅し、未だ足元はふらついています。頭痛がします。吐き気を覚えます。しかし、それらにやられてはいられません。現実を受け止めなければなりません。
 それが、死人への報いとなるはずだから。
 それが、何かを物語ると云うことだから。
 拳を握り、覚悟を決めると、私も死体に近づきました。
 講堂の中心に倒れる二つの死体。それらはまるで十字を描くように折り重なった状態で放置されています。二つとも視線は天井を向いていて、瞳からは光が失われています。それらの腹部にはまるで勝利を宣言するかの如く長槍が刺さっていました。
 私は上の方の死体を覗き込みます。特徴的な縦巻きのブロンド髪からその正体はすぐに分かりました。〝超高校級のバレー選手〟の白鳥茶絵子さん。彼女の腹部には槍傷の他にも刺された痕がありました。しかし、彼女の腹部や周辺には刺傷の原因と思われる品は見当たりません。白鳥さんの顔は、死の恐怖一色に染まっていて、見るに堪えられません。
 私は白鳥さんから視線を逸らし、今度は下の死体を検めます。異国を思わせる透き通った金髪と、和への憧れを象徴する忍者装束。ちぐはぐな様相のその死体はどう見ても〝超高校級の忍者〟のボブ・ジテン君です。ジテン君の腹部にも槍傷の他に刺し傷がありました。しかし、彼も同じく刺し傷の原因はなく、見える範囲にも確認出来ません。
「……死体は白鳥茶絵子さんとボブ・ジテン君の二人で間違いなさそうですね」
 近くに落ちていた二つの電子生徒手帳を拾うと、相沢君は云いました。
 彼は私に両方の電子生徒手帳の起動画面を見せます。そこには『ボブジテン』と『シラトリチャエコ』と表示されていました。
 ——そのとき、校舎側の扉が開き、それと同時に、
『ピンポンパンポーン……!』
 この状況には不似合いな鐘の音が軽快に流れ、天井の隅のモニタが点りました。
『死体が発見されました! 一定の捜査時間の後、学級裁判を開きまーす!』
 その直後、愕然とした表情を浮かべた江出直君が講堂へと入場し、そして重々しい音を立てて、扉が閉ざされました。

【(非)日常編 了】

[1]作者註:以下の〈死亡者〉及びモノクマが推理に影響することはない。
[2]前回のコロシアイでは二人殺害すれば、クロが望んだ人物を追加で卒
業(=脱出)させることが出来た。
[3]導刃学園の生徒の共通点は、導刃学園に来る前に高校生であったことと、何かしらの才能を有すること以外にほとんどない。
[4]導刃学園の生徒は基本的にここに拐われる前に通っていた高校の制服を着用している。
[5]相沢と同じく導刃学園の生徒はここに来るまで〝超高校級の◯◯〟と呼ばれていた過去はない。
[6]冒頭参照
[7]講堂から出るとき/体育館側から講堂に出入りするときはこれらの認証をクリアする必要はない。
[8]読倉の敬称が『君』の人物が男性、『さん』の人物が女性と云う認識で間違いない。また、作中に描写はないが、誰が男女どちらの身体的性別に該当するか、生徒全員で確認する出来事が過去にあった。

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