ごめんねモダンジャズ(寺山修司は嘘つかない)

「初めて、小説を書いてみてわかったけど。小説ってこりゃ確かにモダンジャズの手法だな。寺山修司嘘つかない。」

という出だしの小説を書いた。

目が醒めると、

「おらが街にも、イオンモールが欲しいな。」

と思っていた。

三軒茶屋は、わたしが、おらが、と付けるには、ずいぶん背伸びをしなきゃいけない。それでも家からいちばん近い街なので、なにもない日に散歩する。その程度には、おらが、な、三軒茶屋。

夢にイオンモールが出てきたのは、たぶん昨日、久しぶりに大学に行ったからだ。大学のそばにはイオンモール。大学は母校。数年前に卒業した。埼玉の。

ぼんやりと頭がいたい。時計を見て驚く。
眠い眠すぎると23:30に布団に入ってそのまま眠って、起きたら12:00だった。

今日は夕方から打ち合わせ。
そのあとデート。

デート。

…デートなあ。デートしてる場合じゃないんだけど。

はじめましての人だ。何を着るのがベストかなと、家の中に積み上げられた服を一枚一枚取り出してみる。
底に溜まった一着のワンピースをひっぱりだして、思い出した。

わたし、橘文穂(たちばなふみほ)なんて、名乗ってたな。

大学時代の、文芸部でつかってたペンネーム。そのあと演劇サークルにも入部して、わたしはにわかに演劇少女になった。

大学を出て、三年経った。
わたしはそれでもしぶとく話を書いている。
いや、演劇を書いている。

だけど昨日、生まれて初めて小説を書いた。

「うっけるなー」
とつぶやいた。

あの頃のボーイフレンドを、初めて話に書いてみた。

ボーイフレンドのことをボーイフレンドと呼ぶのは、まあ、そういうことだ。
別れは自分でもひどいぐらいあっさりで、でも大学四年間の思い出のほとんどに彼はいた。

ひどいといえばこの小説だ。
役者を新垣結衣にして始めて成り立つような暴力的な女が、ぼんやりとした男を振り回す。

「これ、演劇で見たら、死ねって言うな」

これはわたしの本心。

だって、だってね、自分で言うのもなんだけど、わたしの演劇は、こんなあまったるくないから。もっと硬派で、強くて、たくましいから。人間と人間がぶつかり合って、血を流しながら、生きていく。そう、生きていくの。

「苦しい思いにしか、本当の気持ちはないよ」

いつだっけ、何作目かに書いたセリフ。これはわたしの本心。たぶんそれは、自分がそう感じたときに、はじめて、その男のことを愛していると直感したからだろう。

わたしは18からずっと身の回りに男がいた。
男たちのことは全員大好きだった。
別れる時はいつもみっともなく追い縋った。
追い縋ったぶんだけ演劇にできた。
恋はいつだって本気で間抜けで、わたしのいちばんの糧だった。

だけど君は?
君は、わたしにとって、どうだったのかな?

昨日の晩、わたしはすぐに、書いた小説をnoteに貼った。

https://note.mu/girlsmetropolis/n/n7810a0daf1ba?creator_urlname=girlsmetropolis

そのリンクをラインに流して、「こういうの書いてみたんだけど」と女友達に見せたら、「この女かわいいね。結局こういう女が男にウケるんだよ」と言われた。それ、大学時代のわたしなんです、とは打たなかった。

今日のデートは突然飛び込んできた。知り合いからの紹介だ。

いい人なんだよと送られてきたとき、わたしは、コンビニで見つけられる愛こそが本物なんじゃないか。と、思ってはじめた恋が終わったところだった。いままででいちばんインスタントで、なのに心に刻まれてしまった。

いつだってぼんやりと今じゃないところを見ている。

(実はね、大学4年間、君じゃない、初恋の人のことを心の中に飼っていたんです。その隙間にボーイフレンドの君はいたの。こんなこと言ってごめんね。だけどふいに思い出すんだ。君はもう結婚とかしたのかな。仕事は順調? 君と別れて、コンビニ男とこの部屋に越してくるとき、バカでかいベッドを買ったのよ。君とはベッドが狭すぎたから。でももう、2人での眠り方は忘れてしまった。女友達を泊めるときは役立ってる。なんせ男と2人で寝てもひろびろだからね。)

付き合ってた時、本当に君のことなにか考えたこと、わたし、あったかな?

わたしの小説、初めて書いた小説。
あれは全部嘘だ。
あんな瞬間一度もなかった。

それを書いた。あたかも存在したかのように。

だって、君とのこと、一つも演劇にできないの。「それでも好きだったんだ、たぶん、きっとね。」そのセリフを書くのに、もうどれぐらいをついやしてるの?わたし、傷つけられなきゃ好きと思えない。好きと思えなきゃ芝居にできない。でも失望するのと傷つけられるのはちがう。君には失望ばかりでした。でも、その差ってなに?

このあいだ、寺山修司が原作の映画を見た。

「この小説はモダンジャズのスタイルで書いた」

何いってるのかなと首を傾げて、そのあともう一度その小説を読み直して、それでも分からなかったのに、書いてはじめて理解した。

モダンジャズだった。
小説は即興であり、どこまでも自由。
そして、

わたし、小説書いてはじめてわかったよ。
わたし、きみのことも大好きだった。

なにも起こらない平坦な、ドラマのない生活は、わたしの書く演劇にならない。だけど取るに足らない出来事が積み重なって、きっと人生はつくられる。ありふれた出来事にほんの少しの差異を見つけて、それを大事にあたためて。そうして人間はお互いを、お互いをの唯一無二にするんだ。

いままで演劇にしてきた男たち。最高にドラマティックなわたしを傷つけた男たち。LINEのメンバーをスワイプして、てきとうなところで画面を切る。
過去のリサイクルはやめて。
新しいガムを噛みにいく。

その前に少しだけ、筆を進める。

20才の誕生日に、ボーイフレンドのくれたANNA SUIのルージュを筆で塗る。塗りながらパソコンの画面に向かう。

わたしが「いま」何を考えてるのか。
それを画面に刻み込む。

だってね、デートなんかに行ったら、忘れちゃうかもしれないでしょ。もしかしてすごく素敵な人で、なんだかすべてが薔薇色になって、いま考えてること全部、どうでもよくなっちゃうかもしれないでしょ。わたしはいっつもそうだから。いつもそうやって忘れちゃうから。

だから、いま書き留めておく。
オチは考えない。
瞬間だけを、キーボードで打ち付ける。

とびきり自由なモダンジャズ。


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(寺山修司の言う通り)の数年後のモノローグ。

劇作家の女の子のおはなしでした。

前編はこちら

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