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激動の時代の「大人」の葛藤と、未来を構想するために大事な「子ども」の感覚(前編)

激動する時代の「未来の描き方」-Draw our Future! 2019- のイベントが終わって1か月。
私たちグラグリッドがこれまで現場の最前線で積み重ねて見えてきた「こんな未来の描き方があると思う!」という提案を、様々な方に受け取っていただき、そして新たなつながりが生まれていったことを、本当に嬉しく思っています。

参加してくださった方一人一人の、思いや声。
私たちも一つずつ受け取って、丁寧に解釈をしてきました。少し時間はかかりましたが、私たちの中でも未来を構想してゆくための新たな発見を見出すことができました。
この記事では、そうしたいくつかの発見を「未来の描き方」イベントも少し振り返りながら、お届けしていきたいと思います。

根底にある、「現状から打破しないとまずい!」という危機感

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参加された方の真剣な表情を拝見したり、悩みや声に耳を澄ましてきた中で、一つ気づいた点があります。それは、企業にせよコミュニティにせよ、「現状から出ないとまずい!」という、切実さでした。
切実に危機感を感じ、そして打破する一手を模索しているのです。

例えば、企業で活動をされている方々は、大きな組織再編の波に出会っていました。グローバル化や組織の合併等、大きな波のような様々な要因の中で、どんどん変わってゆく組織の形。
そして出会う、多様な人々。
「どうしたら、組織再編の波の中で、大事な組織、そして自分が飲み込まれずに生きていけるだろう?」そんな切実さを私たちは感じました。

また、地域のコミュニティで活動している方たちは「どうやって次世代を担う人たちを育むのか?」を真剣に考え、実践されている方が多くいらっしゃいました。
そうした実践は、どの地域でも模索中の段階で、答えはありません。だからこそ「外に出て、壁をうちやぶる方法を一緒に考えたい」という状況なのかもしれません。

そんな切実さが背景にあるからこそ。
グラグリッドの「未来を描く」取り組み事例や、パナソニック様の延長線上ではない未来を考えて事業を構想する取り組み、落合第六小学校での「常識を超えて新しいものをうみだす」授業の取り組み、それぞれをパネルディスカッションにて聞く中で。
参加されていた方は自分のアンテナをたてて、強く共感したり、インスピレーションを得たりしているように感じられました。

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描かれた絵を語り、味わうことで育まれた「解釈の多様さ」「意味の広がり」

参加者のみなさんそれぞれがもっていた切実さを起点に、ひらめきが生まれたり、考えが深まったりしていく中で、さらに新たな発見へとつながった瞬間がありました。
その瞬間が訪れたのは、グラフィックレコーディングによる、パネルディスカッション振り返りの時間でした。

振り返りの時間では、グラグリッドのメンバー3名が、「登壇者3名それぞれに感じている未来の描き方」「未来の描き方のアプローチ」「未来の描き方の全体像」を語りました。
その時に、単なる記録ではない、それぞれの視点からの収穫を語ったことで、俯瞰した思考や、新たな視点が、ぽつぽつと生まれていき、徐々に参加者の方も絵にひきこまれていったのでした。

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そして、小学生・中学生グラフィックレコーダーが、インスピレーショントークについて振り返ったときに、大きなどよめきがおこります。

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「人々を常識にしばりつけるおばけ。このおばけを倒す勇者。」
「絵を描くことで、いろいろな観点から未来が積みあがっていく」
「絵を使うことで、俯瞰して社会を見渡すことができるんだ!」
若きグラフィックレコーダーの柔軟で本質を突いてくる視点に、大人たちも圧倒されていきました。

こうして様々な角度から、捉えた話を収穫してゆくことで。
「一つの話を、正しく振り返ろう」と暗に紐づいていた状態から会場全体が解放されて、解釈の多様性や意味の広がりがあるということを、会場全体で味わっていくという状態に変わっていったのでした。

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大人が解き放たれて、子どもに還ってゆく!

イベントではその後、「意味を描こう!」ワークショップ、「自分を描き出す」リフレクションツール 体験を行いました。
非常に興味深かったのが、大人たちが、どんどん子どもに還っていく様子でした。

線を描いて、視覚や触覚を研ぎ澄まして、内省しながら描いていく毎に。
・違いを語り合う
・「もっと話をきかせてほしい」「もっと知りたい」とワクワク、うずうずする
・ストーリーを求めあう
・身体を大きく動かす
といった様子がたくさんみられるようになっていきました。

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大人は、「こういうものだ」という常識で、自分自身をしばりがちです。
常識で自分をしばることの奥底には、効率的という効果ももちろんあるのですが、同時に自分を守りたいという思いもひとつとしてあるのではないでしょうか。

大人になると、世界が広がって多様な中で選択できるようになるがゆえに、自分を脅かすような不都合なことは見なくていいようにしたいし、正解を知って安心したいという欲求も生まれます。
そうして選択することで、気づけばそこにある多様さとつながりを断ってしまうのです。

反面、今の激動の時代。私たち大人をとりまく状況は多様さを増しつづけ、複雑で、混沌とした状態になっています。それゆえに、「こういうものだ」という常識も、すぐに通用しなくなってしまうのです。
大人の私たちは、多様さを受け入れてつながることと、自分を守りたいという思いの間で、大きく葛藤しているのかもしれません。

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大人の葛藤を打ち破り、子どもに還るヒント「身体性」

そうした葛藤を打ち破るヒントは、「思わず動いてしまう、身体性」であると、私たちは捉えています。
実は、ワークショップの前の休憩中に、いきなり体操タイムがはじまったのでした。

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この体操タイム。
ファシリテーターをしていた小野自身も、「いきなりトラックがつっこんできたようなもの」と評するくらい、突然始めたものでした。
当然、参加者の方々も最初は戸惑っていました。

ところが。
いきなりつっこんできたトラック的存在の体操に対して、目的とかとにかく考えずに音楽にあわせて身体を動かしていくと、場の空気がほぐれて、身体がのびやかになっていくように感じました。

大人になると、ともすれば「ダイエットのために運動しよう」など、目的を考えて身体を動かしがちです。
でも、子どものときって、「うずうずするから動かしたい!」だったんですよね。そこには、目的とかはなくて、ただただ衝動があるのみ。

体操で身体を動かし、描くことでさらに身体を動かすことで。
体の感覚の解放がおきていたように、私たちは感じました。

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今ない未来をつくりだすために。
「子どもの感覚に還ろう」と言葉でいうのは簡単だけど、感覚自体をとりもどすこと、周囲をまきこんで、実現していこうとすると、そう簡単なことではありません。
同時に、子どもの感覚だけですべてが解決するものではありません。

そこで後編では、大人が子どもの感覚の「橋渡し」について、お話をしていきたいと思います!


(小野、和田)


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