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インターンについて思うこと【大学院時代編】

インターンについて考えている。
大学生時代の自分から見たインターンは、就職活動に熱意のある人がするものというイメージだった。考えの甘かった私は就職活動の結果が芳しくなく、内定を辞退し、知ること・考えることを鍛えようと大学院への進学を決めた。その頃は、安直にも「インターン=就活成功への道」というイメージをもっていた。インターンをすれば認められるなら、やってやろうではないかとさえ思っていたかもしれない。
今回は大学院時代とインターンについて振り返る。

社会から見た大学院生のイメージ

大学院生になり、社会への道を考えた時に真っ先に立ちはだかったのが、大学院生に対するイメージである。私の中には「大学院生は社会に出た時に使い物にならない」という一般的なイメージがあった。
”お勉強”ばかりで本から飛び出したことをよく知らない、コミュニケーションが取れない、教育しようにも年齢が邪魔をして素直に言うことを聞き入れられない、など。
誰が、あるいは、何のメディアがそれを言っていたのかは分からない。社会に出るタイミングが遅くなったことへのコンプレックスから些細な一言を拡大解釈していたのかもしれない。いずれにせよ、それらのイメージはプレッシャーとなり私に重くのしかかっていた。
学生でありながら、埋まるはずのない社会人との差をできる限り埋めてから卒業しなければならない。そんな焦りが研究に全力を注ぐ背中にぴったりとくっついて離れなかった。その不安を払拭するためにも、私は「インターン」という経験を欲していた。

大学院生の自己PR

インターンにも面接がある。
私はインターンの支援プログラムを利用して、2歳ほど年下の学部生に混じって講習や面接を受けた。
打ち込んだことは、研究について話した。大学生のうちは、学問よりも授業以外の活動から人となりを推し量ることが多いが、大学院生の本分は研究である。進学する意思はなかったが、修士号を取得するからには手を抜くつもりは一切なかった。自発的に目標設定をし、研究を進めることは話してもよい話題だと考えたのだ。
一方で、専門性の高い内容をどのように相手に伝えればよいかは苦心した。面接官が自分の分野に明るい可能性は限りなく低い。できるだけ簡単な言葉を使って、時にその道の専門家に顔をしかめられかねないようなキャッチーな例えなどを用いながら、自身の関心について説明した。
面接官の反応はそっけないものだった。「遊んだり、部活をしたり、そういう時に楽しいと感じることはなかったのか?」という趣旨を問いかけられたのを覚えている。”お勉強”に対する反応はこの先もこんな感じなのだろうと私は理解した。
「つまらない奴だ」と思われただろうか。合否発表まではそわそわと落ち着きのない時間を過ごしたが、幸運なことに無事に希望の企業へのインターンが決まった。

インターンを通して得たものとは?

私が経験したインターンは、約10日間の実践的なものだった。
実際の業務を行い、来社されるお客さまをもてなし、時にこちらから出向き、社外の方とも関わりをもたせてもらった。私が当時手がけ、一部世に出たものもある。
それらの経験を通して得られたものは何だっただろうか。

1:実務経験がわずかに積める
10日程度で「経験がある」と言うのはむしろその業務のことを知らなさすぎるが、経験値は0ではない。関連することを始める際にはベースになるし、基本操作や手順などは何となく予測がつくし応用が利く。基礎知識を共有している状態で話ができるので、そういう人とは初対面であってもコミュニケーションが円滑になりやすい。

2:環境に適応する力が付く
正確には適応していく感覚を呼び戻す作業かもしれない。学生時代はコミュニティも用いられる”言語”も限られている。そこから全く違う環境に身を置くことで、自身の立場を認識したり、どういった行いを期待されているのかを察知したりするアンテナのようなものが研ぎ澄まされる。

3:全く違う人とのつながりができる
私は人脈形成は苦手な方であるし、しっかりとスキルも身につけたいタイプだが、それゆえに、インターンを通してできた様々なご縁に驚いた。お客さまを介して出会った「先生」は、20数年しか知らない私の視野を広げてくれる存在だった。少し離れた立場から、積み重ねた経験を通して若造の私を見て指導してもらえる機会は、私の場合はここしかなかった。

大学院生にインターンをすすめるか?

個人的な答えとすれば、大学院生には是非経験してみてほしい。
大学の中にいてはできなかった経験があったのは前述の通りであり、より客観的に自分を見ることもできたように思う。働くこと自体は就職後いくらでも経験することができるが、それを学生のうちに体感してみることが大事なのだろうと思う。
研究内容にもよるところはあるが、幸いインターンに時間を割いたことで研究を圧迫することはなかった。むしろ「インターンする代わりに研究をおろそかにしない」「研究に充てていた時間を割くからには、しっかりインターンをやりきる」と双方のモチベーションが高まり、この二つは両輪となって稼働していた。
インターンによっては、本当に内定までの重要なパスになるものもある。どれだけ書類や面接の印象が良くても、長く働けるくらい環境にフィットしているか、周囲と良好な関係を築くことができるか、実践に強いかなどは見えにくい。接する期間を延ばすことでさらにそこを推し量る意味もあるのかもしれない。それは企業が行うだけでなく、求職者側としても同じことができる。パスを手にするとともに相手をより深く知り、その時の最善の選択を行えることを願う。

無事に就職先が決まったことを考えると、確かに「インターン=就活成功への道」だったのかもしれない。幸運なことにインターン先からも声を掛けていただいていたし、私もインターンを通して就職のチケットを手にした人のうちの一人なのだ。
しかし、「話のネタ」にしておくには勿体無いように思えてならない。仕事をした気になるつもりはないが、思い返して学びにしていることはまだまだある。受取手次第でもあるが、余すところなく学びの機会にしようとすることで、何倍にも糧とすることができる体験なのではないかと振り返って思う。

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