第6話 転機(林間学校)

2004年、中2の初夏。ある昼休みのこと。
有志男声合唱団の時間のときに、
富岡先生が提案してきた。

「今度の林間学校のしおりを作ってるんだけど、
林間学校の中日(なかび)の夜の集会のとき、
「フレトイ再び」を2年生全員の前で歌ってみたら
どうだろう?」

本気かよ?って思った。たった5人の男子が80人近くの前で歌う?普段教室で一緒に過ごす友達の前で?
でも、強い反対の理由も見つからない。

その場ではやるかやらないかうやむやで
話が終わる。そして、また毎日の昼休みの、
「僕たちの異空間」は相変わらず続いていく。

特に林間学校を意識せずに、色々な曲を
歌いまくって。その度にハーモニーを味わって。
やがて林間学校の日が来た。

「では夜の集会の次のプログラムですが、
有志男声合唱団が皆さんの前で歌います。」
きちんと「決定しました!」と先生からは
聞いていなかったが、5人は腹を括り、
みんなに指さされ笑われながら前にでる。
分かってる。合唱はみんなにとっては特別なもの
じゃない。なのに前に出るなんて、笑われに
行くようなものだ。

悔しかった。先生に教わった歌声。有志の先輩たちと歌った時間。今年の5人の有志と歌ってきた時間。そして、合唱部として、毎日朝練から放課後練まで歌いまくってきた時間。

こいつらをギャフンと言わせてやる…!
見てろよ、去年の秋から、今年の6月までの
練習の成果を見せるんだ!




思いをのせた「ケサラ(アカペラver.)」と
「フレトイ再び」が、宿舎の体育館に響き渡る。
あの時、自分たちの力で、空間に力をもたらした
と、初めて自覚できたかも知れない。




口々に「すごい…」という感嘆が漏れ出た。
泣く者も現れた。後日、「お前、すごいよ!」
「オレお前の歌好きだな」
という賛辞を伝えてくれた者も。
強烈な自信がついた。
「俺の歌声には、力があるんだ…!
俺だって、輝けるんだ…!」
とんだナルシシズムだが、中2の私には、無理もなかった。

この気持ちが富岡先生への感謝の気持ちに変わるにはもう少々年月がかかることになる。

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