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待合室の住人

8月11日(日)

朝六時半に起きて、同僚との待ち合わせ場所である上野駅中央改札前に向かう。今日は弾丸日帰り出張だ。上野から、たんばらラベンダー号に乗って終点まで。しかし弾丸出張なのでラベンダーを見る時間はない。

行ったことがないはずのその終着駅の駅名に聞き覚えがあるなと思って少し考え、そうだ、元夫の親戚がそこに住んでいたのだったと思い出した。元義母(なんだ元義母って。元夫の実母です)は結婚直後から、「折りを見て向こうにも挨拶しに行かないとね」と言っていたのに、私たちがその約束を果たすことはなかった。

駅前のデイリーヤマザキで、名物らしいみそパンを購入する。ソフトなフランスパンと甘いみそだれとバターがよく合っておいしい。最近私はパンばかり食べている気がする。

さらに在来線を乗り継いで目的地に到着。仕事を終え、新潟県の村上駅で、乗る予定の電車まで一時間ほど時間があったので、周辺を散策してくるという同僚と別行動することにした。

別行動と言っても、私が向かうのは改札を出てすぐのところにある駅の待合室だ。

新幹線は止まらないが特急は止まる、というくらいの規模の地方の駅に併設された待合室が、私はとても好きだ。大きな荷物を足下におろして待合室の隅の席に腰掛けると、なぜかとても落ち着く。

ここにいれば予定の電車に乗り遅れることはないと思うと、旅先でいつも感じる少しの不安感から解放される。待合室に置かれた手作りの民芸品や、壁に貼られた観光案内マップを眺めていると、まちをあるく以上にそのまちが色濃く感じられたりする。コンビニやちょっとした土産物屋が併設されていて、ちょっとした名物やアイスを食べたり、コーヒーを飲んで一息つけるのもいい。

旅の理由も出身地も全く違う旅行中の人と、毎日その駅を使う地元の人が入り交じってひとときを同じ空間で過ごすという偶然。そこで、もし私が特急列車を待つふりをして、一日中待合室の入り口から一番遠い端のイスに腰掛けていても、きっと誰にも気にとめられることはないのだろうと想像する。それは、観光客としてそのまちを訪れるのとは違って、森の中にテントを張るように自分の居場所を作る行為だ。そして私は一日だけ、この待合室の住人になる。

いつか、いろんな地方の待合室をめぐる旅をしてみたい。電車を降りたら一目散に待合室を訪れて、気に入った柄の座布団が置かれたイスに腰掛ける。好きな本を読んだり、売店のまんじゅうを頬張ったり、旅行客の会話に耳を澄ませたり、特急列車到着のアナウンスと同時にぞろぞろと出て行く人たちを見送ったりする。次の日には、電車で別の待合室のある駅に向かい、そこでまた待合室の中に居場所を作って根を生やすのだ。

そんなことを考えているうちに同僚が戻ってきた。さあ今日中に東京に帰らないと。私はお尻に生えかけた根っこを引き抜くように、ゆっくりと立ち上がる。

#日記 #エッセイ #旅 #旅行

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