夏の午後、読書でうっかり自分の修論に思いを馳せる

7月26日(金)

午前中で仕事を終わらせて、在宅ワークできるように必要な資料を持って颯爽と退勤。以前はなるべく仕事を持ち帰りたくなかったが、今はオフィスでなくてもできる仕事はなるべくオフィスでやらないようにしている。オフィスは意味もなく大きな声を出す人が多くて、いるだけで疲れる。

19時40分からホットヨガのレッスン「やさしいパワーヨガ」があるので、それまで自由時間だ。隣駅近くの気に入っているカフェに入り、ローストビーフサンドを頼む。かぶりつくのに苦戦するほど大きい。それでも迷いなくかぶりついたら、ローストビーフの塊を、食べ応えのあるパンの間からうっかり引きずり出してしまった。

サンドイッチやハンバーガーにかぶりついて、具だけを先に持ってきてしまうのは恥ずかしい。フォークもナイフも持っていない無防備な状態で、顔をうつむけてパンに向き合っていたと思ったら、次の瞬間には口の端から肉がぶらさがってソースや肉汁がこぼれているわけで、とても野性味溢れた絵面になる。隣に座った二人連れの女性客は、運ばれてきたサンドイッチを見た瞬間に、「これ切り分けてもらえますか?」と店員さんに声をかけていた。なるほどその手があったか。

でも、かぶりついていいならかぶりつきたいよね。原始的な食事の楽しみを味わっているというかんじがする。少し恥ずかしいけれど開放感があっていい。大根おろしと醤油のドレッシングがかかったローストビーフはひんやりして、夏にふさわしいさっぱりとした食感だった。

口のまわりを素知らぬ風にぬぐって、運ばれてきた食後のホットコーヒーを飲みながら川上未映子『夏物語』を読んだ。豊胸手術とか喋らない娘とか、冒頭部にやたらと既視感があるなあと思ったら芥川賞受賞作『乳と卵』と登場人物が同じだけでなくストーリーもなぞっているのだった。

私は8年ほど前、破れかぶれな修士論文の終章に『乳と卵』をなぜか唐突に登場させたのだけど、あの作品についてどんなことを書いたのか一ミリも思い出せない。というか当時はいろいろあってそれどころではなくてその頃の記憶がほとんどない。だが指導教諭に「この部分はあんまりイケてないね」と言われ、あげは嬢には「私こういう作品分析みたいなの書こうとも思わないから書けるのすごい」と言われた、ような気がする。

『夏物語』を読み終えたら(大長編なのでまだまだ先は長いが)、『乳と卵』と自分の修論も読み返してみよう。修論は完全に黒歴史だけどそこはぐっとこらえて。川上未映子の作家としての成熟も気になるところだけれど、あの頃の自分と今の自分が感じることの変化にも興味がある。

変わっていてほしい。変わっていたい。根っこのところはたぶん変わっていないのだけれど、それでもあの頃のままの私ではないと少しでも実感したい。

気づけば入店してから二時間近くが経っていたので、お会計をして外に出る。夕方になっても日差しはおとろえる気配を見せないが、風は湿り気もぬるさもなく、吹かれていて心地がいい。それでも、散歩なんかしたら一瞬で太陽に負けてばてそうなので、結局カフェをはしごすることに。日記を書くようになってから週7回以上カフェに入っている気がする。駅前のサンマルクカフェでホットの紅茶を頼み、前日の日記を書く。早稲女同盟が新たに始めた交換日記の宣伝ツイートもする。

交換日記は次が私の番らしい。テーマは「本」。「やさしいパワーヨガ」のレッスン終わり、シャバーサナ(屍のポーズ)を取っているときに交換日記のネタをひらめいて、全身の力を抜いて意識を手放すはずが、目を見開いて脳味噌フル回転するエセ屍になった。

ヨガを終えて帰宅してからは、最近寝る前にベッドの中で大事に読み進めていた西口想『なぜオフィスでラブなのか』をついに読了。

「公私混同」と書いて「オフィスラブ」とルビを振っているところからも、本書の主張が明確に伝わってくる。職場という公的な場所で育まれる恋愛や不倫という私的な関係性が描かれた日本文学作品をいくつも取り上げながら、それぞれの時代の社会の労働観やジェンダー観を浮き彫りにしていく。
最終章に、著者の育った家庭や就業経験の話があって、それがとてもよかった。前述の指導教諭が、論の組み立て以上に「テーマ設定の必然性=自分の問題意識が何に基づいているのか」を明確にすることを重視する人だったのもあって、私もその思想の影響をとても受けていると思う。著者がどんな立ち位置にいて何にどうして関心を持っているのかがわかると安心するし、それを開示してくれる姿勢に誠実さを感じる。
そうか、その部分が曖昧なまま修論を無理矢理完成させたから、あのとき指導教諭は口頭諮問で「イケてない」と言ったのかもしれないなと今になって気づく。

さて、オフィスラブの話に戻ると、私は職場の既婚者となぜか恋愛(と似て非なる関係)に陥ることが多くて、その都度自分のだらしなさに落ち込んだり、同僚にあることないこと言い立てられたり、相手がストーカー化して同僚に助けを求めたり、その同僚とも恋愛関係に陥ったり、メンタルも人間関係もかなりぐちゃぐちゃになって逃げるように転職をしたのだった。しかしこの本は、そういう自分の経験を、「自分はだらしない人間だ」と責める以外の方法で捉え直すきっかけになりそうな一冊だった。まだ自分の中で消化し切れていないので、もっとじっくり考えをまとめて、秋の文フリで出す予定の同人誌の方に書きたい。

『なぜオフィスでラブなのか』、オフィスラブに陥りがちな人も嫌悪している人もみんな読んでほしい。

#日記 #読書 #夏物語 #なぜオフィスでラブなのか

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