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あなたはすぐに写真を撮りたがる

7月24日(水)

永遠に続くかと思われた肌寒い梅雨が急にどこかに行った。今日は腐れ縁の第三者ことTとビアガーデンに行く。最高のビアガーデン日和を迎え、私は浮き立って今年初めて素足で出かけることにした。2月に買ったきり、海外出張でしか履いていなかった可愛すぎるサンダルに足をそっと差し入れる。

かかとに羽が入っている。

築地駅のタリーズでTと落ち合った。聖路加大学の美しい建物に見とれながら、久しぶりのハイヒールに足を取られながら、ゆっくり歩いていく。隅田川に面した聖路加タワーの最上階に、今日行くビアガーデンがあった。予約の17時30分まで少し時間があったので、二人で隅田川テラスの赤い遊歩道に降りた。

川面と向こう岸のタワマン群を眺め、待ちわびた夏の夕方のぬるい風を存分に吸い込む。

Tが荷物を近くのベンチに下ろしてスマホをこちらにかまえてみせたので、私もバッグを置いて、手すりにもたれたり両手を広げたり顔を傾けたり、言われた通りにポーズをとった。

Tは飲み屋や旅先などで、しばしばiPhoneⅩのポートレート機能を使って私の写真を撮る。そしてそれらはどれもびっくりするほどよく写っている。そういえば同人誌『東京一人酒日記』の表紙や裏表紙に使った私の写真も彼が撮ったものだ(一人酒だと自分の写真撮れないからね)。

Tが撮った写真は、実物より可愛く見えるとか美人に見えるとかいうわけではないが、表情が自然で構図もいい。今回の、隅田川をバックにした写真もそうだった。

自分の写真を見ると、私はこんな顔をしているのか、と普段気づきたくないアラに気づかされてどんよりした気持ちになることが多いが、Tが撮った写真の自分は素直に好きだな、と思う。

エレベーターを乗り継いで、高層ビル47階に位置するビアガーデンに到着する。まだ明るい中で控えめに光を放ち始めたスカイツリーを見ながら、スパークリングワインで乾杯した。次々運ばれてくる料理も、クラフトビール・隅田川ブルーイングも美味しかった。だんだん日が暮れてくるにつれて、少しずつ明かりが灯る建物が増えていき、その明かりを数えていくのも楽しかった。白い四角い建物の屋上に赤い灯が点いたのを見て、ショートケーキみたい、とつぶやいた。

夜七時を過ぎてようやく空が真っ暗になった。数え切れないほどの光を放つ東京の夜景をバックに、Tがビールグラスを持った私の写真を撮った。相変わらずよく撮れている。しかし彼に言わせれば写真の私が格別「盛れている」わけではなく、彼の目にはいつも私がこのように見えているらしい。

蒼井優の結婚報道時、彼女が「『誰が好きか』より『誰といるときの自分が好きか』が重要」と言った、というツイートがバズっていたが、私は、Tが好きとかTといるときの自分が好きというよりは、Tが撮った写真に写る、あるいはTの目に映る自分が好きなのだと思う。その証拠に、ビアガーデンの店員が撮ってくれたツーショット写真に写ったのはいつもの冴えない私だったし、こぶし二つ分の隙間を空けて並んだ二人からは曖昧な関係性と惰性の匂いだけが立ち上っていた。二人の背景にある夕焼けのグラデーションの美しささえかすんで見えた。

「第二部を予約していたらよかったかな」とTが言う。このビアガーデンの予約時間は17時30分が第一部で、20時が第二部だったので、「第二部を予約していたら最初からこの完成形の夜景が見られたのにね」という意味だ。

「そんなことないよ、だんだん日が暮れて明かりの数が増えていくのを眺めているのがいいんじゃない」と語気を強めて反論すると、Tは、ああそうか、そうだよね、と目を細めてこちらを見た。

その瞬間思った。彼の目に映る私が、私の好きな私でなくなったとき、私は彼と二人きりで会うのをやめるのだろう。なぜか急にそう確信したのだった。

#日記 #あの夏に乾杯 #ビアガーデン #隅田川テラス #写真

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