凄惨なニュースを文字で追いかけるのに疲れたら

7月18日(金)

転職一年目に担当していた顧客に首をしめられる夢を見た。振り払って手をつかんで、上司のところに引っ張っていって、この人出入り禁止にしてくださいって頼むんだけど断られる夢。その次の夢では、別の顧客同士が戦って顔に痣を作っていた。

夢のせいで三時半頃飛び起きたので朝がしんどかった。

昼前に京アニの放火の件を知る。この時点では状況がほとんどわからなかった。

早稲田大学内の会津八一記念博物館に、七月中に染付の企画展を見に行こうと思っていたのだが、下村観山と横山大観の日本画の大作「明暗」の七月公開日で都合がつくのが今日だけだったので、早めに仕事を切り上げて早稲田に向かった。あの博物館に行くなら、やはり「明暗」が見たい。

移動中も事件の続報を調べてしまう。私はテレビを観ないしネットニュースやTwitterでも動画は再生しないようにしているから、こういうときには文字情報だけを追いかけることになる。文字情報は、音声や映像と違ってやめ時がわからない。きりがないのだ。増えていく死者の数と、様々な人の悲痛の叫びや主張が目に飛び込んでくる。

多くの人が、日本が誇るアニメのすばらしい技術を持ったクリエイターの命や、過去作品の資料が失われたことを嘆き悲しんでいた。その会社がこれまで世に送り出した作品への思い入れを語っている人もたくさんいた。

彼らが命に優劣をつけているわけではないことも、奪われた命よりも失われた技術を惜しんでいるわけではないこともよくわかっているけれど、どこか腑に落ちないものを感じた。被害に遭った会社の落ち度を憶測で批判するようなツイートも見てしまって気が滅入った。

祈る、ことしかできないと思う。

博物館に着いて真っ先に、久々の「明暗」を階段踊り場の下から眺める。心がすうっと落ち着いていく。

一階の染付展を見て回った後、全く事前情報を得ていなかった二階の企画展「ニューヨークに学んだ画家たちー木村利三郎を中心に」に入った。木村利三郎とはニューヨーク・マンハッタンで「都市」をテーマにした版画や油絵を多く残した人であるという。それぞれの作品のカラフルな色使いや幾何学的な線形や緻密なエッチングからわき上がる、架空あるいは実在の「都市」のイメージに魅せられて見入ってしまった。

この作家は9.11以前から、先端が折れた高層ビルや倒壊した建物をモチーフにした作品を多く作っていたそうだ。私が一番印象に残ったのは、曼荼羅のような模様の中に、ビルらしきものがぐちゃぐちゃに崩壊した都市と整然とビルのようなものが建ち並んだ都市とが両方描きこまれた作品だった。崩壊と再生は表裏一体だ。

企画展を見終えてから、二階の休憩椅子に荷物を置き、その前に立ってもう一回「明暗」を眺める。いつだってここが私の特等席だった。

墨で描かれた山の稜線から顔を出す黄金色の月に吸い込まれそうになる。大学一年の頃、書道の授業の先生に連れられて初めてこの博物館に来て、特注の一枚梳き和紙に描かれたというこの大きな大きな絵の迫力に衝撃を受けた。それ以来、授業の空き時間に何度立ち寄ったかわからない。

いつからかこの絵の公開日が限られてしまって、思いついたときにふらっと立ち寄って眺めることが叶わなくなった。「人生であと何回この絵を見られるだろう」とふと考えたけれど、今日のように公開日に無理に予定を合わせてでも、何度でも見に来たらいいしそうするべきなのだ生きている限り。生きているんだから。

その後、早稲田生に愛される銭湯「松の湯」に向かう。六年間も毎日のように通りがかっていたのに、中に入るのは初めてだった。サウナはとても狭くて十二分計もテレビもなかったけれど、今日ほどテレビがないサウナに感謝したことはない。

水風呂が十五度と冷たくて、サウナで熱された身体を沈めると呼気がすぐひんやりしてくる。それが楽しくて何度も深呼吸した。四セット終えると、眠気におそわれて脱衣所の畳敷きの椅子でうとうとした。常連さんらしき女性に声をかけられて目覚める。心身に溜まった気だるさや憂鬱がすっかり抜けていた。

私は仕事中もプライベートでも、(寝ているときや人と会話しているとき以外は)常に文字情報に触れている。だからこそ、スマホや本や会議資料から離れて頭を空っぽにできるサウナや温泉が好きなのかもしれない。

今日は博物館にいる間も、スマホが気になったりニュースのことを思い出して落ち込んだりしなかった。ただひたすら、大好きな「明暗」や初めて見る木村利三郎作品に、目も頭も心も奪われていた。

凄惨なニュースに落ち込んだり、文字情報を追いかけるのに疲れたときには、美術館や博物館&サウナの組み合わせに救われるということがわかった。

#サウナ #松の湯 #日記 #博物館 #木村利三郎

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