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こころに師匠をたずさえて

最後に3日坊主になったのはいつだろうか・・・。社会人になると、そしてこの情報過多社会においては、継続することも難しいし、もはややったことも忘れている場合もある。3日で豪語するのはご法度だが、3日やれば流れができる。坊主えらいな!とおっちゃんに褒められてもよいくらい。
そんななか3日連続noteに投稿できそうなので、手をキーボードまで伸ばしてやってやろうと思った23時半。
noteもといウェブブログのおそろしい、でもおいしいところは、ひとまず投稿すれば、編集・加筆ができることである。(読み手には甚だ迷惑だが)。ちょっとずつ書き足しながら、かりそめの3日坊主になる。

※2月17日加筆にて何となく落ち着いた。


継続するためには・・・

継続には師匠の存在が必要だと最近うすうす思っている。
憧れは理解から最も遠い感情とはよくいったものだが、継続の上ではかなり大事な要素ではないかと思う。あんなようになりたい気持ちが、己をつき動かす。まねぶはまなぶの第一歩ともいう。それがゆえ師匠は身近であるとなおよいが、ウェブがあればいくらでも探求はできるので、興味があればどんな人だっていい。検索していくといろんなインタビューなどが残っていて、新たな一面を知ったりや分野を広げてくれる。
そして自分のオリジナルを出すには、3人の師を組み合わせるとよいとどこかで見た気がする。(たしか坂口恭平)。

自分の物書きにおいて、師となる3人は誰か。
そこを辿ることが継続の一歩ではないだろうか。


①滝善充

日本のロックバンド『9mm Parabellum Bullet』のリードギターである滝。
彼の存在こそが、あらゆる面で私の礎になっていて、そして物書きとしても影響を受けているであろう。
滝の文学は主に月刊誌のギターマガジンで見ることができる。2008年からはじまった連載『9mm滝のまたやっちゃいました~世界の滝工房から』は現在も絶賛連載中である。思えば、15年近くやっているのか。たいしたものです。ちょうど13日はギターマガジンの発売日なので最新作も見てきたところだ。彼の作った曲たちのように、自由で緩急があるのが魅力。そしてやはりリズム感が抜群で読んでて心地いい。

別の媒体でやってたweb記事も残っている。



②くどうれいん

短歌に、エッセイに、絵本に、幅広く作品を放っている。
日常の些細な一コマが、彼女のことばできらびやかになる。
つやのあるご飯がでてきたように嬉しくなる。たとえカピカピのご飯だろうが一粒一粒を噛みしめる幸せを見出すことができる。

エッセイ本が出たときの記事『とっておきじゃないことを書く』には、駅直結!と言いたくなるようなストレートなヒントとなることが書かれている。読者を信頼するというのはまさしくそうで、NHKのドキュメント20minのZINE回でしいねはるかが自分が鎧を脱ぐことで、相手も脱いでくれる的なニュアンスのことばを放っていたこととも近い。ゆだねてみること。


③伊藤亜紗

感性など言葉にしにくいものを言葉で分析する哲学的学問である『美学』を専攻しつつ、身体性や利他についての研究をしている方。
著作『どもる体』から入っていった身であるが、取り扱うジャンルの広さそして、つなげ方に毎度驚かされている。文章というよりマインドに影響を受けているかもしれない。最近の著作『感性でよむ西洋美術』では美術の歴史の全体像を知るのがテーマであるが、言葉を磨くことへとつながっていくのにうおーっとなった。知らない分野を知ってる分野と比較したり、リンクしたりして深めるのも文を連ねる手法のひとつなのだろう。



ざざざっと書いていったが、派生してあの人もいた!、近いところだとこの人だ!ととても3人には絞れなく、もはやどんな物書きであろうが己を変容させる何かをもっている。こころに多くの師匠をたずさえてのらりと書いていけば、いつのまにか手解かれ、知っていたけど知らなかった新しい光の中に連れていっていくれる。

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