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レインボーパンジー 感想

テッドチャンの短編というのは「あなたの人生の物語」の方なのでしょうか?
開いてみて「息吹のほうだったのかも」となったらどちらも買えばいいか(どっちでもなかったりして……)。
読みます。読んだら追記する。

いとう先生としろいうま先生が共作で本を出されるということで購入した本誌。
C103……ではなく2023年秋のコミティアで入手。芦毛の逆ケンタウロス様が迎えて下さるその様は異様というほかなかった反面、方向音痴の私にとって本当にありがたかった。あれほどわかりやすいスペースもなかったでしょう。
しろいうま先生にはお声がけしようかと迷ったものの、タイミングが合わず断念。

なおその年末のC103では、コミティアでは手を出す勇気がなかったVSコロナ後遺症を購入。
いとう先生の壮絶な闘病生活が描かれており、この感想文でも後半軽く触れようと思います。

※以下ネタバレあり

感想

「お父さん焼けちゃった?!」のスピード感でまず一発殴られる。こんな克明に火葬後の人間描写しちゃダメでしょ!

あと単純に、開始5~6ページで物語の大前提をおおかた敷設しきってしまうあたり、構成力がマジモンの作家さんだ……と勝手に感じ入りました。それもそのはず、作者様方は商業でも活躍されているマジモンの作家様方だから……当然といえば当然ではある。
でっけぇ坊主で引っかかりを作りつつ、番組のインタビューという形でお父さんの声の小ささを示しておき、「いい遺影がなかったから猟銃免許の写真を使った」という流れで職業を示し(インタビュー映像に父の装いが映っているのでよりわかりやすい)、お母さんらとの会話で麻瑠のいきさつを示し……と前提状況が違和感なく圧縮され説明されていく。
作家さんならできて当然なのかもわかりませんけども、大学のサークルで悲鳴を上げながらネームを切っていた身としては、その構成に注目せざるをえないところがあります。

それと……しろいうま先生、絵が上手すぎる。「線フェチにはたまらない絵柄」とはアシスタントを担当された六野内ルカ先生のお言葉ですが、まさにおっしゃる通り。柔と剛を自在につかさどる先生の描画力にはただただひれ伏すばかり。

この4ページ目の麻瑠すごくない!?髪と服の密度感、流れるような外形の手指!うま先生最高!

このあと麻瑠は色々な方向から田舎のネガキャンをしまくるわけですが、これがまた痛快でおもしろい。そこまで言っておいてなぜここに?と思うタイミングで、捏造スキャンダルにより田舎に帰らざるをえなかった側面が回想にて語られる。自分が今いる場所に散々文句を言いながらもそこを出ようとしない裏付けがなされており、納得感を持って物語を読み進められる。

薬師寺さんとの遭遇と彼女の狂気に触れ、物語は核心へ第一歩を踏み出します。そして「私が助けてあげなきゃ」のところでようやく「この漫画はパニック&コメディものとして楽しめばいいんだな」と理解。
知っている範疇のジャンルをあてがって楽しみ方の方向性を判断しないと困惑してしまう人間なので、こういう物言いになってしまう。

あと「あなたにはこれを」でコントローラが大写しになるシーン最高ですよね。
web上でもインパクト抜群なんですけど、紙面だと印刷が2階調だからなのか分かりませんが、集中線がより濃くはっきり出ていて余計におもしろい。
というか次のページになると「それはもう大丈夫です」とか言われてお役御免になるあたり、コントローラが集中線付きで大写しになるコマがただ本当に描きたかっただけなんじゃないかと思いたくもなる(次ページで即用済みになる面白さの強化のためにあえてその前段階で強調したのかも)。めちゃくちゃ大山のぶ代氏の声で道具出すシーン流れたもんな脳内に。

そして薬師寺家に突入し、図らずもパンジーの核心に迫る麻瑠。薬師寺の優秀さを見落としまくるトボけぶりを遺憾なく発揮したところで、まさかプリケツを披露するとは思わなんだ。
「ここでもいいか」の笑顔、これぞうま先生の描かれる歪んだ笑みって感じで最高です。

そしてふとした考えからパンジーを摂取し超人類へと進化する2人。えとか先生がおっしゃってた「途中でキメた所」(https://x.com/e_toka_kaku/status/1743070736179478955?s=20)ってこのあたりかなと勝手に思っているのですが、「花の薬理的~生じた」のページ完全に笑かしにいってて誇張なしに手叩いて笑った。最高すぎ。
ちょっと最高ばっかり言ってて脳の出来を疑われるのも難なのでもう少し書くと、露骨に解説口調な説明文、前頭葉むき出しの麻瑠のあられもない姿、ただ一言突っ込まれた「なるほど」の4文字がうまい具合に衝突していて、ギャグシーンのサビとして完全に成立してるのがとんでもないなという感触です。

あと知能向上だけでなく、身体能力も強化された理由を「身体制御能力の向上」で説明されるの上手すぎると思いました。一見変化したのはソフトなのでハードが強化される理由には繋がりにくいはずなのですが、このように裏付けることで後半の大立ち回りも不都合なく演出できるという。漫画うめ~~すぎ。
坊さんと麻瑠2人とも犬笛が聞こえたのも、能力強化の恩恵なんだろうとその場で説明しなくても分かるし、心身ともに強化する方向で設定作られたの本当にうめ~~~~と思いました……!

あとパターン7まである上その内容も結構限定的状況に基づくものであるということは、出てきていないだけで10も100もパターンが想定されていたのかなと考えたり(脳強化されてるし)。

ここで坊主のおでましかと思えば、過激ファンの横暴により身動き取れなくなっているうちに一時退却というまさかの展開。もったいぶるかのように登場する鷹匠も気になるところ。
続いて山小屋で武器、それも亡きお父さんの猟銃を手に入れるという物語としてかなりアツい展開。超簡略化された犬っころたち(とてもかわいい)に連れられつつ、扉を蹴破った脚が引っこ抜けてない小気味良さも見逃せない。”父が山で死ぬはずないのに死んだ=花の正体を知ってしまい消された”という話の流れで、父の死もここで裏付けられる。

ここから最終決戦に挑む流れが加速し、前振りのあった鷹匠と鷹……ことユキちゃんが満を持して登場。しろいうま先生の猛烈な画力で描かれるその強大さと執念には、読者として恍惚の感情を向けざるをえないのですが……
ここまでやっといて次の見開きで殺されることある???
なんだったんだあの入念な前振りは?何??……と混乱するも紙をめくる手は止まらず読み進めていくと、あの激ヤバ坊主が跳んだ軽トラの車輪であっさり首もがれるとかいうとんでもない急展開に直面。これが最重要キャラの死に方???
Gレコの富野みたいなことしてくれましたね……。*¹

主人公2人の迫真顔が拝めてニコニコ(美女の迫真顔が好き)していたら、対決は最終局面へ。薬師寺母討伐への意志を新たにする麻瑠をよそに、彼女の背後に迫る手!……と、次のページでは眉間から鮮血をほとばしらせるお婆様の姿が……。
主要キャラが意外にもあっさり打ち倒されていくのにはなにか意図があるのでしょうか。それにしてもこのとき銃を構えてお婆様の眉間を撃ち抜いた麻瑠は、太めの線で描画されていてなんだか迫力があって好きです。これもしろいうま先生の成せる業か。

お父さんに散々言ってきた「声が小さい」を戦いの終局で持ってくる演出がニクい。何度も父に対して口にしてきた言葉を言われる側の立場になった麻瑠の心境。それは父を殺された身でありながら、別の人間の肉親を殺めた彼女自身に重ねられる。自責の念にかられる麻瑠に、「躾のなってない犬」と投げかけるのは薬師寺なりの優しさなのか。

薬師寺は再び研究の道へ、麻瑠は父の遺志を継ぐ格好で収束。
単にそれで終わらせず、新たな生態系に真っ向勝負を仕掛ける麻瑠の姿をもってして物語は終わる。次を予感させる演出それすなわち物語の拡がりであり、「この先彼女らはどう生きるのだろう」と、その後に想いをはせる余地を残してくれる作品が好きです。それを最後のたった数ページで成してしまう技術もすごかった。

*¹ ガンダムGのレコンギスタより。別名富野節の煮凝り。
色とりどりのメカが出てくる割にはそこまで活躍しないうちに退場という流れが多く、登場メカニックを結構「もったいない」使い方をする。
中盤だったかにコンキュデベヌスとかいうめちゃくちゃ発音しにくい巨大マシンが出てくるのですが、100m級の巨躯!明らかにヤバそうな見た目!電子レンジの要領でパイロットを焼き殺すぞ!というラスボス感あるメカだったのにも関わらず、最終的にコロニー内の海の底に空いた大穴をふさぐ要領で沈んで終了。これまたあっけない最後に「富野ォ!やってくれたなお前」と立腹した記憶。

総括

ここ数年ひっそりと注目している作家さんがたの共作ということで、素敵な……と一言で表現するにはいささか破天荒ではあるものの、このような作品を物理的な媒体で手に入れられてよかったです。内容としては全く予想外ではありましたが、お二方の衝突(化学的な意味での比喩)によって引き起こされたハレーションと考えれば、ある意味記念碑的な作品といえるのでしょうか。

閑話

冒頭で言及したVSコロナ後遺症について。
壮絶。
他に話すことがあまりない。ここでどう書き記しても作品内容を説明するには至らない。
私は最初瀉血するいか先生を見て「いつもの““思想””か」とさほど気に留めていなかったのですが、藁にも縋るという言葉が現代にまで残っているというのも事実……と思い直すに至りました。
結局どこまで行っても私は「良い患者」にはなれない(なりたくない)のでこういう穏当にパッケージングされた感想しか出せないのですが、それでも感じたのは「こちらが考えるよりずっと相手の状況は深刻かもしれない」という素朴なこと。

いいね欄の先頭に居座り続けていた成田悠輔の名を私が覚えてしまっていたあいだ(それまでサンジャポのイメージしかなかった)、先生がどのような境遇に見舞われていらしたかの全ては知る由もないことですが、軽々しく触れても仕方のなかったことかもしれません。
そしてC103にてお声掛けさせていただいた際のもう1つの私の失態として、いらっしゃらない作家様の話題を出してしまったこと。
「その人はもういません!」ということだったのも知らず、言及したのは無神経だったでしょう。しろいうま先生はしろいうま先生です。

C103で私的な内容に切り込んでしまい申し訳ありませんと思うと同時に、こころよくご対応してくださった先生に感謝申し上げます。
そして皆様作家として帰ってきてくださって、本当にありがとうございます。この思いはパッケージングしようにない本心です。


ピクチャレスク
いか先生の著作。この世のウマ娘の二次創作で最も好きな作品。
私がウマ娘に求めているもの(シノギの削りあい、赤々と燃える魂、ストイシズム)の
全てがここにある。match先生の収録作も名作。
この作品についてもいずれ感想文をしたためたい。
C103で同時に購入したレコード盤。
敬愛するボカロPであるHaniwa/アメリカ民謡研究会氏の作品。


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