私と銀杏BOYZ
どこかの媒体で、載せておきたいのだけれど、
ちょうどいいアプリやサイトが思い浮かばないので、とりあえず日記アプリに書いた文章です。
そういえば、noteって最近良く見かけるな、と思い、こちらに投稿してみるのですが、
いかんせん仕組みをわかっていないので、
全くお門違いだったりしたら、気づいた段階で削除させていただきます。
愛地獄、DISC1観ました。
銀杏BOYZが一人になってからの状態しか知らなかったので、少し観るのがこわかった。
後悔だったり、もっと早く出会うことができないやるせなさだったり、そういう感情と向き合うことが嫌でした。
峯田和伸が、アコギ1本だったり、サポートメンバーと作っている銀杏BOYZ。
それしか知らなくて、それでもいいとさえ思っていた。
今、メンバーのいる、バンドとしての銀杏BOYZを観終えて。
あぁ、なんだよ、って。
やっぱり悔しいじゃん、って。
でも、悔しさ、やるせなさ、そんな事より、
最高でしかなくて。
熱くて、力強くて、何よりもかっこよくて。
銀杏BOYZってこれなんだ、ってしっくりと受け入れられてしまったことが、より悔しかったりもするけど。
私は、高校のときに銀杏BOYZを知って。
それは元々好きだったお笑いって趣味を色々回っているうちに、たどり着くきっかけがあっただけだった。
この芸人さんと仲いいんだな、よく名前聞くな、
ラジオのエンディング、銀杏BOYZの人なんだ。
それくらいの感覚で名前を知った。
ある日、聴いてみるか、って思い立った。
YouTubeで、まぁ今となってはただただ違法だったんだけど、そのときにはそんなこと考えていなかった。
銀杏BOYZ、って検索かけて、
多分色々出てきた。
その中で、「夢で逢えたら」って題名が気になった。
なんとなしに、再生する。
それは、公式ではなかったから、
DOORのジャケットが静止画として映っているだけで、
そこにこの歌が流れ出した。
小さな音が大きくなっていく。
その時の記憶がはっきりとしているわけではないけれど、
この1曲を聴いたときに、私はもう虜になっていたんだと思う。
そこからは様々な曲を聴いた。
中学の頃に精神的にやられてしまってからは、
高校でも人が怖くて、通えなくなって。
でも、いい先生たちがいたから、なんとか頑張る、って留年して。
元々他人と会話をすることすらできなかった不登校の生徒が、無理やり数日置きにギリギリの状態で学校に行く。
1つ年齢の違う子達だけのクラスで、
1日一度も声を発さずにバスと電車に乗って帰る。
苦しいなんてもんじゃなくて、自分で心臓を潰して歩くような日々。
そんな生活の中、
学校が終わって、最寄り駅まで向かうスクールバスに乗り込み席に座ったら、すぐにイヤホンを取り出す。
何かに追われてるわけでもないのに、自分を取り戻したくて、急いでウォークマンと繋ぐ。
曲を選ぶわけでもなく、
アーティスト欄から、銀杏BOYZを選んで、
流れてきた曲を聴く。
イントロが流れ、知らない生徒たちの話し声が聴こえなくなる。
目を閉じる。
やっと自分の心がまぶたの裏に見えてくる。
生き返るような気持ちだった。
駅について、通ってる高校じゃない制服の生徒も周りに溢れだす。
エスカレーターでホームに降りる。
エスカレーターのすぐ近くは1番人が多いけれど、
イヤホンで周りの会話が聞こえないおかげか、
いつもそこで電車を待っていた。
多少田舎の駅だったので、10分以上待つことなんてざらで、ただひたすら、待ち続けた。
同じような年齢の子たちが、
友達とはしゃぎ、笑い、楽しそうに動き回っているのを横目に、
停止線に並んで待ちながら、目の前の線路を見る。
深くくぼんだ線路。
ここに落ちたらどうなるんだろう、なんて、
何度考えたことか。
飛び込みはしなかった。
でも、電車がホームに入ってくる時、
これが私の人生の正解なんじゃないだろうか、そんな考えがちらついたこともあった。
そんな、そんな、日々の中、
そんな、思考の中。
私の耳には、銀杏BOYZの楽曲が注がれ続けていた。
「好きなアーティストの曲名間違えるなんてファンじゃねぇよな〜!」
中学のとき、仲の良かったクラスの男子が、別の女の子をからかう時に言っていた言葉。
今になって気づいたのだけれど、
私は、銀杏BOYZの楽曲と曲名が即座に一致しないことがある。
愛があれば、知識があれば、
それこそ、イントロを聴いただけで「〇〇!!」と曲名を答えられることもファンの証だし、愛の証だとも思う。
でも、私は、
帰りのバスに乗って、銀杏BOYZを選択して、再生した瞬間から、ただひたすら流れ続け、繰り返される楽曲に心を委ねることしかしていなかった。
どの曲も、何度も、何度も、何度も聴いた曲なのに、
題名が置いてかれている。
そんな、もったいない聴き方をしまっていたみたい。
でも、あの頃の私には、
そんな聴き方でもなんでもいいから、
ただただ寄り添い、支えになってくれた楽曲達への愛は、確かにありました。
それだけは、誰かに怒られたわけではないのに、自分で認めてあげたいと、思う。
そんな頃から近くにいてくれた銀杏BOYZ。
多分その後、GOING STEADYを知る。
全部後から知るもんだから、
どの曲がゴイステで、いつ頃の曲で、なんていうのは全くわからなくて、
でもただただ、銀杏BOYZの楽曲と一緒に聴き続けた。
あれから、何年も経って。
あの頃頑張ったことはほぼ実らずに終わってしまったけれど、
今は何故か不思議と、とても素敵な環境で、お仕事ができている。
そこまで変化はなく、平凡な日々。
それで満足していたはずなのに、
最近妙に心がざわつく。
20代半ばが見えてきて、
自分が、このままでいいのか、
いつかしたいことや、未来の予想はしているけれど、
それがちゃんと叶うのか、という心配や不安。
そういう事が漠然と迫っているからか、また最近、
彼らに頼ることが増えた。
仕事終わりの車の中や、お風呂に入っているときのスピーカー。
様々な場所から、
ずっと色褪せない楽曲を聴き続ける。
たまに、家族を乗せた車などで、
流行りの曲や、有名な曲を流すのだけれど、
やっぱり、何か苦しくなってしまう。
そんな中で、
「僕たちは世界に帰ることができない☆」
ツアーが発表された。
どうしても行きたかった。
最後にチケット抽選したのは、
2020年に開催予定だった横浜アリーナのライブだった。
プレリザーブで当選したときは、嬉しかった。
また、生きていこう、って強く思えた。
しかし、コロナウイルスが流行し、
中止となった。
誰も悪くないし、仕方のないことだとわかっていた。
でも、引き落とされたはずのお金が、戻ってきたのを確認したとき、やはり、寂しかった。
お金なんかじゃ替えられないものなのに。
それから、銀杏BOYZもライブをしなかったので、
私も、ライブに参加することもなかった。
今回ツアーが発表されて、
抽選に3度参加した。
どれも落選で、心がさすがにめげたけれど、
諦めることだけはしたくなかった。
一般発売、仕事を抜け出し、
携帯を手にドキドキしながら挑んだ。
けれど、あっという間に「予定枚数終了」の字が目に入る。
とても残念だった。
でもそれとともに、私のように、
銀杏BOYZが動くこと、それを観たくて仕方ない人が沢山いるんだ、と思うと、
そりゃそうか、とも思えた。
そこで私はとりあえず、
さっき観終えた愛地獄を購入することにしたのでした。
脱線しまくって、やっともどってこれました。
ほんとは、ここからを書きたかったのだけれど、
あまりに長くなってしまったのでまた後で書きます。
こういうことを書く場所であっているのかな?
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