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第3回 ぐっとくるアピールで健康格差解消へ!

<ケアクリ会議 VOl.4 ゲストトーク・ダイジェスト>
近藤尚己さん 
医師・医学博士・東京大学大学院医学系研究科准教授
(保健社会行動学分野、健康教育・社会学分野主任)

近藤尚己さんは社会疫学の研究者として、健康格差対策の実践と研究を行う第一人者です。ケアクリ会議 VOl.4では最初の登壇者として、健康格差が生じる背景として収入や孤立の影響を説き明かすことの大切さ、そして健康づくりを広げるために、ヘルスケアの現場にも人の感性に訴えるような行動科学に基づいたアピールを取り入れる必要を述べ、クリエイティブとの連携を呼びかけました。

*以下は取材参加した記者の要約です。実際の講話内容と一致してはおりません。

健康格差を減らすには、人の心を動かすこと

以前、臨床に携わっていた病院には、治療をすると元気になるけれど、退院してしばらくすると再び悪化し、病院に戻ってきてしまう患者さんが多数いました。患者さん自身には病識や健康づくりの意識が乏しく、その背景には、生活環境や経済的な事情など、さまざまな問題があります。

健康格差研究の世界的権威であるマイケル・マーモット先生が「せっかく治した患者をなぜ病気にした環境に戻すのか」と述べておられます。私も、病院で待っているだけでは患者さんを健康にできない、地域を元気にする医者になりたいと思い、公衆衛生研究に携わるようになりました。ですから、「どうしたら健康づくりに取り組めない人でも元気に生活できるのか?」を考えています。それには、住んでいるまちや社会の環境を変えることが大切で、また、「人の心はどのように動くのか」を考える必要があります。

たくさん食べて、運動しなければメタボのリスクになると知っている・いないに関わらず、ストレスや孤立、困窮といった生活背景があると、望ましい行動がとれません。心身の疲労が強く、余裕がなければ、将来の健康のために栄養をとろう、運動しようという気になれない。社会や企業のルールも変えなければ、健康づくりにつながらないということです。

さまざまな調査で、所得や学歴が低い人が不健康な生活をしていることが分かり、リーマンショックを境に子どもも含め健康格差が広がっていることも確認されています。所得・学歴・職業といった社会経済的状況や地域の環境、そして人とのつながりの違い……、これらが命の格差を生じさせます。健康は自己責任として、健康づくりに取り組めない環境の問題を放置するのはよくありません。

そこで現在は国が進める健康づくり運動も、誰もがその人らしく生活していれば健康になれる、「環境を整えること」が志向されています。

ただし、国が制度をつくっても、それを受けて地域を元気にする人や活動が育たないと世の中は変わりません。そのためのアイデアやエネルギーが生まれるのは、私の経験上では遊びからです。野山で遊んだり、子どもの遊びを見ているとクリエイティブなヒントがもらえることが多い。従来の発想にとらわれず、「遊び」で世の中を変える組織が増えるといいし、それを制度が後押しする枠組みができてほしいと思います。

こうした知識に基づき、行動経済学者リチャード・セイラー氏は「ナッジ(Nudge)」というアプローチを提唱しています。ナッジは「肘でつつく」「そっと後押しする」の意で、人の行動をよい方法に向けさせる援助的な仕掛けや仕組みのことを示します。

健康づくりでいえば、人々の興味・感心を理解し、健康的な選択を自然と取りたくなるような場をデザインし、仕組みをつくること。誰に対してか分からない総花的なメッセージではなく、メッセージを届けたい相手がぐっとくるアピールをすることです。実は多くの製品メーカーや小売業が、そのような工夫を日々、行っています。医療・介護・福祉もそうしたアプローチを応用しては? という提案です。

例えば、健康づくりや介護予防を意図したコミュニティサロンに参加すると、要介護になるリスクが半減するという研究があります。さらに、サロン参加を起点にして、その他の地域活動に参加するようになることも分かりました。
低所得の人ほど参加が多く、格差対策になっているといえます。サロンに参加するほとんどは、介護予防のためというよりも「楽しいから」「友達に会えるから」参加しています。“健康づくり”とアピールしなくても、楽しい「居場所」をつくることで、健康にすることができるのです。

このように、つながりや楽しさは強力なナッジです。心理学者ブラハム・マズロー氏が提唱した5段階欲求でいえば、「社会的欲求」や「自己実現欲求」など高次の欲求が満たされる機会となり得ます。

一人ひとりが地域の中で複数の居場所や役割を持っているか? という視点を持ち、ケアのデザインをしましょう! クリエイティブな連携で、楽しく笑いながら、自然と健康になれる地域をつくっていきたいですね。

近藤さんは「ぜひ行動科学に興味を持っていただきたい」と話し、行動科学的なアプローチで健康格差が縮まるか、実験や観察研究を行ったケースをふんだんにおり混ぜ、話題提供をしてくれました。ご紹介いただいた研究のテーマや設定はもとより、解説が楽しく、まさにプレイフルなプレゼンでした。

そのような楽しいアイデアを自然の中での遊びや、お子さんとの遊びから得ているというのがまた素敵です。スターウォーズの「フォース」が満ちる感じをイメージしました。

ちなみに、4月22日開催の「いいご近所づくり大会議2018 “食べる”と“笑う”を支える摂食嚥下の専門家に学ぶ1日」に登壇される歯科医師の戸原 玄さんは、「子どもと遊ぶと、思いがけないことを言ったり、したり。おかげで頭が切り替わって、その後、寝ているうちにいいアイデアが浮かぶ」そうです。職場の机の前にもお子さんの写真や絵を貼っていて、仕事中も、それをしばらく見るだけで気分転換ができると話されていました。

専門分野は違えども、フロントランナーのアイデア着想に“プレイフル”な共通点があります。医療・介護・福祉のケアに携わる方々が、公私共にプレイフルで、豊かな人生を追求されることが、ひいては地域の人々のためにもなる。そうした視点も大切かもしれません。

(まとめ・文 フリー編集者・ライター 下平貴子)

【ケアクリ会議Vol.4 レポート 連載予定】

第1回 ヘルスケアからプレイフルケアへ
第2回 この先へ、プレイフルに進もう
第3回 ぐっとくるアピールで健康格差解消へ!
第4回 赤ふん坊やの町から全国に届ける「健康のまちづくり」
第5回 ケアの専門職が街中でコーヒー屋台をやる、そのワケ
第6回 「マイノリティ×クリエイティビティ」で社会を良くする
第7回 生活者による、生活者のための地域づくりサポート
第8回 暮らしを愉快に、人生を豊かにするケアを広げたい!

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