こんな質問をされたらブラック企業!?―公正採用選考とは

※この記事は、公正採用選考の推進のためであれば全部または一部を自由に使用していただいて構いません。但し、無用な混乱を防ぐため記事のタイトルとリンクは掲載してください。

採用活動には説明会や面接の解禁日などの所謂「就活ルール」が存在することは有名ですが、その他にも「公正採用選考」というルールがあることは意外と知られていません。この記事では、公正採用選考の理念や具体例、それらのルールが存在する理由などを解説していきます。求職者やこれから求職する予定のある方には是非知っておいてほしい内容です。そして、求人者(特にその採用担当者)にとっては当然知っておくべき内容となります。



誰が定めたルールなのか?

労働に関することは厚生労働省の管轄であり、公正採用選考の推進も厚生労働省の政策の一つとして挙げられています。実際の窓口としてはハローワークなどがある他、地方自治体や大学などでも周知活動を行っている場合があります。


公正採用選考に反するとどうなる?

公正採用選考に反する行為を行うと職業安定法に基づく行政指導の対象となる場合があり、行政指導に従わないと6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金が科せられます。


公正採用選考の目的とは?

「基本的人権の尊重」と「応募者の能力や適性に基づく採用を行うこと」の2点です。より細かい内容は後述していきますが、全ての根本にはこの2点があることを覚えておくとより理解しやすいでしょう。


「公正採用選考の定める14ヶ条」

禁止事項①本人に責任のない事項の把握

・本籍地や出生地

・家族構成や家族の職業・年収

・住宅状況

・家庭環境や生活環境

禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握

・宗教

・支持政党

・人生観や生活信条

・尊敬する人

・思想

・労働組合や社会運動への加入状況や活動歴

・愛読書や購読する新聞

禁止事項③採用選考の方法について

・身辺調査

・本人の能力や適性に関係ない事項を含んだ応募書類の使用

・合理的・客観的に必要性が認められない健康診断の実施

※14ヶ条の内容が全てというわけではありませんが、厚生労働省が主なルールとして取り上げているためそれに倣っています。


では、より詳しく解説していきます。


本人に責任のない事項の把握が禁止されているのは何故?

採用の可否は本人の能力や適性に基づいて判断されるべきであり、その生まれや身分などで決められるべきではありません。また、このことは日本国憲法第14条の定める平等権とも関係しており、基本的人権の尊重という非常に重要な問題でもあります。

日本国憲法 第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

※性別による就職差別

日本国憲法第14条では性別による差別も禁止されています。当然ながら採用選考においても性別による差別は禁止されていますが、こちらは男女雇用機会均等法で別途定められており、公正採用選考の中で触れられることはあまりありません。

※男女雇用機会均等法(正式名称:雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)

男女で職種を分けて募集したり、性差の大きい身長や体重、体力で判断すること、女性にだけ出産や出産後の復職意向などを尋ねることが禁止されています。また、この法律の施行に必要があると認められる時には厚生労働大臣から報告を求められたり、助言や指導、勧告が行なわれることがあり、報告を求められたにも関わらず報告を行わなかった場合や虚偽の報告をした場合には20万円以下の過料が科せられます。


禁止事項①本人に責任のない事項の把握「本籍地や出生地」

かつては部落出身者に対する差別的な取り扱いを行う企業も多く存在しました。現在では減っているとは思いますが、厚生労働省が把握した公正採用選考違反の中で第4位となっており、未だに行われている会社が少なからず存在します。平成28年には「部落差別の解消の推進に関する法律」も施行されており決して遠い過去の話ではありません。求職者の皆さんは念の為注意しておきましょう。

因みに筆者も出身地を尋ねられた経験があります。苗字が珍しいため沖縄出身者かと尋ねられただけですが、そのような雑談に近いものでも公正採用選考に反することには違いありません。求人者の皆さんは話の切っ掛けになるからと安易に尋ねてしまわないよう気を付ける必要があります。


禁止事項①本人に責任のない事項の把握「家族構成や家族の職業・年収」

厚生労働省が把握した公正採用選考違反の中で圧倒的な第1位であり、4割以上を占めます。家族の状況は本人には責任がないばかりか"生まれ"による差別にも繋がるため、絶対に行ってはいけません。また、求職者の中には大なり小なり家庭問題を抱えている人も多数存在します。そういった方を差別することは貧困の連鎖などの問題があるだけでなく、例え差別的な意図が無かったとしても返答に窮して萎縮してしまうことも考えられます。公正採用選考に反するからというだけではなく、相手の立場から考えても安易に家族に関することを尋ねるべきではありません。

因みに筆者も家族構成を尋ねられたことがあります。兄弟姉妹がいるかという他愛ない会話でしたが、それでも公正採用選考に反することには違いありません。中には長男・長女を優遇して末っ子は冷遇するというとんでも企業もあるそうですので、求職者の皆さんはそのようなブラック企業に引っ掛からないよう注意しましょう。また、求人者の皆さんは話の流れなどで家族の状況を尋ねてしまわないよう肝に銘じておく必要があります。


禁止事項①本人に責任のない事項の把握「住宅状況」

住宅状況とは、自宅が所有か賃貸か、一戸建てか集合住宅か、間取りや広さ、さらには近隣の施設なども含まれます。これらの情報は家族の収入・資産などを推測できる要素となるため、家族に関する質問と同様の理由で尋ねてはいけません。また、近隣の施設は"生まれ"などにも関係してしまう虞があり、二重の意味で問題があります。

一方で、厚生労働省が把握した公正採用選考違反の中では第3位となっており、意外と多く行われてしまっています。特に面接でありがちな質問としては「(自宅から面接会場まで)どうやって来ましたか?」というものがありますが、これは求職者が近隣の施設にも触れてしまう虞があり、非常に危険な質問と言えます。説明する能力を測るためという"言い訳"も見られますが、居住地によって回答のしやすさが異なるため、意図せず出身地や居住地による差別になってしまっている可能性もあります。これらの点からも良い質問とは言えないでしょう。


禁止事項①本人に責任のない事項の把握「家庭環境や生活環境」

住宅状況と同様です。求職者の身の回りの環境は求職者本人ではなく、家族などによって作り上げられたものです。出生地や家族について尋ねてはいけないことは勿論ですが、それに付随する事柄や推測できるような事柄も尋ねてはいけません。


思想・信条に関わる事項の把握が禁止されているのは何故?

日本国憲法では精神の自由が定められており、思想・信条に関わることは自由とされています。精神的なことが制約されてしまうと他の人権まで有名無実化する虞があるため、特に重要な人権と言えます。従って、求人者が求職者を思想・信条によって差別することも認められません。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「宗教」

日本では宗教にあまり良い印象を抱いていない方も少なくありませんが、実際には冠婚葬祭で宗教儀式を取り入れている場合も多く、完全に無宗教という人は殆ど存在しません。また、宗教という言葉には特定の宗教団体に所属したり関わったりするだけではなく、自分が無宗教であると考えることも含まれます。従って、信仰する宗教が何であるかというだけでなく、信仰する宗教の有無自体を尋ねることもしてはいけません。

日本国憲法 第二十条 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。
 2 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない。

※法人の信教の自由

法人にも一部の人権は存在し、信教の自由も認められます。従って、必要に応じて宗教団体への寄付などを行うことも可能です。然し、全ての法人に信教の自由が認められるかというとそうとは言い切れません。税理士会などの強制加入団体では信教の自由に制限を受ける可能性があります。この点については法人の支持政党の項目で解説します。なお、信教の自由が認められるのは従業員も同じです。従って、従業員に対して宗教儀式への参加や寄付を強制することはできません。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「支持政党」

支持する政党も尋ねてはいけない事項です。こちらは精神の自由だけではなく参政権などとも関わってくる場合があるため、特に尊重すべき人権と言えます。

※法人の支持政党

信教の自由と同様に法人にも思想・信条の自由が認められますが、個人とは異なり参政権は認められません。従って、多くの場合は政治団体への寄付という形で支持政党を示すことになります。この点については裁判例があるため、それらを見ていきましょう。八幡製鉄(政治献金)事件では、八幡製鐵株式會社が自由民主党に政治献金を行ったことについて株主が損害賠償請求を行いましたが、その金額が過大などの特段の事情がない限り政治献金は認められると判断されています。一方で、南九州税理士会(政治献金)事件では所属する税理士の思想・信条の自由を侵害すると判断されています。この2つの裁判例の最大の違いは強制加入団体か否かです。税理士会は税理士が加入を義務付けられた団体であり、支持政党が異なるからといって脱退することは事実上不可能です。従って、所属する税理士の思想・信条の自由を尊重するために支持政党に関する自由が制約されると判断されたわけです。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「人生観や生活信条」

人生観や生活信条というと大層なものに聞こえますが、「貴方が信条としている言葉(座右の銘)は何ですか?」や「将来どんな人間になりたいですか?」といった面接でよくある質問も含まれます。そのため、意外とありがちな公正採用選考違反と言えます。また、「仕事をする上で大切だと思うことは何ですか?」や「仕事を通じて成し遂げたい目標は何ですか?」などのように仕事に関連付けた質問であっても、回答する際に求職者が人生観や生活信条へと踏み込んでしまう虞があるため注意が必要です。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「尊敬する人」

面接でよくある質問として「尊敬する人は誰ですか?」という内容が挙げられていることが多いですが、これも尋ねてはいけない質問の一つです。また、その際に家族を挙げた場合の回答例が掲載されていることも多いですが、これは本人に責任のない家族に関する事柄ともなるため二重の意味で問題があります。

上述の「人生観や生活信条」と「尊敬する人」の2点については、多くの就活対策本や就活サイトで対策すべき質問として取り上げられています。それらの記事の中には大企業の採用担当経験者や採用コンサルタントが監修したと謳っているものもありますが、公正採用選考という基本的なルールすら知らない時点で素人と変わりません。求職者の皆さんはそのような素人の書いた記事に惑わされないよう注意しましょう。また求人者の皆さんは就活サイトに書かれているから大丈夫だと安易に考えることなく、厚生労働省などの信頼できる情報を参照するようにしましょう。就活サイトの内容を信じて行動したからといって就活サイトの編集者は責任を肩代わりしてくれません。

因みに、主な就活サイトについては筆者が指摘を行ったことで修正されています。然しながら、今後同様の記事が再掲載されてしまう可能性が無いとは言えません。また、次から次へと新たな就活サービスが誕生しているため、最終的にはこの記事を読んでくださっている皆さん自身が怪しい記事を判別できるようになる必要があります。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「思想」

上記の「宗教」や「支持政党」、「人生観や生活信条」、「尊敬する人」なども「思想」の一部だと言えますが、それらに含まれない思想も禁止されていることを強調するために別個に記載しているものと思われます。具体的には、「選挙で欠かさず投票に行っていますか?」や「現在の政治についてどう思いますか?」、「LGBTについてどう思いますか?」といった質問が該当します。最近のニュースや特定の政策についての意見を求める質問も求職者が思想に触れてしまう虞があるため避けるべきです。なお、厚生労働省が把握した公正採用選考違反の中では第2位となっています。これは「宗教」や「支持政党」、「人生観や生活信条」、「尊敬する人」に関するものも含めての数字ではないかと思いますが、いずれにせよ注意が必要です。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「労働組合や社会運動への加入状況や活動歴」

労働組合での活動は日本国憲法第28条でも定められている労働者の基本的な権利であり、思想・信条の自由だけではなく労働者の権利を守るためにも採用基準として利用することはできません。また、社会運動(学生運動含む)は思想との関わりが深いため、こちらも採用基準として用いることはできません。今後の活動予定に関する質問も同様です。

日本国憲法 第二十八条 勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。


禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握「愛読書や購読する新聞」

「愛読書は何ですか?」と直接尋ねることはあまり無いかもしれませんが、「最近読んだ本について教えてください。」や「よく読む本を教えてください。」といった質問は意外と多く行われています。然しながら、愛読書に触れる危険が高いため避けるべき質問です。


採用選考の方法について

「禁止事項①本人に責任のない事項の把握」や「禁止事項②思想・信条に関わる事項の把握」は、どちらかというと細かな設問などに関する内容でしたが、「禁止事項③採用選考の方法について」は採用選考の一連の流れなどに関わる内容となっています。


禁止事項③採用選考の方法について「身辺調査」

住宅状況や家族、生活環境、労働組合や社会運動での活動状況などについて把握してはいけないことは既に説明した通りであり、それらを把握するための身辺調査も行ってはいけません。

近年ではSNS調査の是非が問題となっていますが、これも身辺調査の一種と言えます。調査会社によっては就職差別に繋がる内容は報告書から外している場合もあるそうですが、身辺調査自体が禁止されている以上は調査会社を通じても行わない方が賢明です。


禁止事項③採用選考の方法について「本人の能力や適性に関係ない事項を含んだ応募書類の使用」

採用基準として用いることが禁止された事項については、当然ながら応募書類の中でも記載を求めてはいけません。一般の履歴書などを使用させる場合にはあまり問題になることはないでしょうが、独自の応募書類を利用する場合には注意が必要です。

「厚生労働省履歴書様式例」を利用すると安心です。なお、新規中卒者は「職業相談票(乙)」、新規高卒者は「全国高等学校統一応募書類」を用いることになっています。

※厚生労働省履歴書様式例の記載事項

・氏名

・生年月日、満年齢

・性別(選択式ではなく任意記入欄とし、無記入も認めること)

・現住所

・連絡先(現住所以外に連絡を希望する場合のみ)

・電話番号

・学歴、職歴

・免許、資格

・志望動機、特技、好きな学科、アピールポイントなど

・本人希望記入欄(特に給料、職種、勤務時間、勤務地、その他について希望がある場合)

厚生労働省履歴書様式例では性別欄が男女の二択から任意記入欄となったことで性自認などに幅広く対応できるようになった他、通勤時間・扶養家族・配偶者の有無の記入欄が無くなっています。なお、性別欄は無記載でも構わないとされています。


禁止事項③採用選考の方法について「合理的・客観的に必要性が認められない健康診断の実施」

雇い入れ時の健康診断が義務付けられていることから誤解されている場合もありますが、原則として採用選考の段階で健康状態を把握することは認められません。実際に採用を決定するまでは健康診断を実施しないようにしましょう。因みに、2019年にはエイズに感染していた求職者の内定を取り消した病院に対する損害賠償請求が認められています。


あとがき

公正採用選考について知ったのは完全なる偶然でした。大学で就職活動に関する情報を調べている際にある書類様式を見付けたことが切っ掛けです。それは公正採用選考に反する行為を受けたことを大学に報告するためのものでした。見てみると具体的な項目が選択肢として書かれており、就活サイトでよく見掛ける質問や実際に自分が面接で尋ねられた質問もありました。これほど一般的に紹介され、実施されているものが違法行為だとは思ってもおらず、非常に驚きました。そこから紆余曲折ありましたが、公正採用選考について知らない人間に情報発信力を与えてしまっている現状が何もせずに改善に向かうとは思えず、やはり知識を広めるべきだと考えてこの記事を作成するに至ります。

また、記事内でも軽く触れた通り、約30の就活サイトに対して公正採用選考(や男女雇用機会均等法)に関する指摘を行い、直接連絡の付いた全てのサイトで該当箇所や記事の削除、或いは公正採用選考などに関する注意書きの追記が行われました。一方で、記事内容についての連絡窓口が用意されていないサイトもあり、違法な面接を助長するサイトの根絶には至っていません。ですので、もし筆者が連絡できていない違法な面接を助長する就活サイトに関わる機会があれば、公正採用選考に関する指摘をしていただけると幸いです。


参考:

・公正な採用選考の基本―厚生労働省(https://www.mhlw.go.jp/www2/topics/topics/saiyo/saiyo1.htm)

・職業安定法(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=322AC0000000141_20200330_429AC0000000014)

・日本国憲法(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=321CONSTITUTION)

・男女雇用機会均等法(正式名称:雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律)(https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=347AC0000000113)


余談「採用活動の成功のために公正採用選考を行う」

公正採用選考は法令だから守って当然というだけではなく、実は採用活動の目的から考えても遵守することが重要です。というのは、採用選考に不備があると求職者は入社を辞退しやすいこと、特に優秀な人材ほど敏感に反応して辞退することが明らかになっています。従って、優秀な人材を安定的に獲得するという採用活動の目的から考えると、公正採用選考などの基本的なルールを守ることは必須と言えます。公正採用選考に反するということは自ら採用活動を失敗に導いているということであり、自殺行為にほかなりません。採用活動を成功に導くためにも失敗の原因は排除しておきましょう。

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