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Multicoin Capital Part2 : 逆張りの真髄

優れたVCになるためのコツは皆が同意しない正解を見つけることだ。Multicoin Capitalはその好例である。本Part2ではMulticoinがどのように第一原理から理由づけを行い、規律を保っているのかを探る。

今回もテックメディア「The Generalist」からMulticoin Capital 3部作のPart2をお届けします。

Part1も翻訳済みですので、本記事を読む前にそちらを読んでいただくことをおすすめします。
Part1では、設立から数年でティア1のクリプトVCとなったMulticoin Capitalの誕生秘話、SolanaやHelium, The graphなどの投資先とのエピソードなどが語られています。

今回のPart2では、Multicoin Capitalがどのように投資先を探し、評価をし、投資をしているのかという具体的なファンド運営の中身について深掘りしています。

その中でキーワードとなるのが「逆張り」。彼らは他の投資家が二の足を踏むような企業でも深いリサーチとテーマの形成によって信じている場合は集中的に投資を行います。

彼らはどのようにして逆張りとなっているのかについても言及されていますので、ぜひ最後までご覧ください。

原文はこちら。

The Generalistの設立者であり、著者であるMario GabrieleさんのTwitter ↓

本記事は著者の許可を得て翻訳するものです。
本記事は1.5万字強のボリュームとなっています。
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数分しか時間がない場合、投資家、経営者、起業家がMulticoin Capitalがどのように投資案件を見つけ、投資を行っているかについて知っておくべきことをご紹介します。

  • Multicoinはテーマドリブンである
    Multicoinはどのアプローチが最も勝率が高いかを判断するため市場やトレンドの調査に多大な労力を費やしている。Multicoinの投資の大半はこのプロセスを通して生まれている。

  • 投資は第一に正しくなくてはならない
    Multicoinの創業者であるKyle SamaniとTushar Jainは第一原理から考えることを誇りにしている。彼らはすべての投資が根本的に論理立っていることを期待しているのだ。これは論理的な一方、クリプトのような投機的な業界とはしばしば対立する。

  • ディベートはアイデアを磨くのに役立つ
    Multicoinの投資委員会のミーティングは社員が異なる視点を熱く主張し、熾烈を極めることもある。その目的は、盲点を表面化させアイデアの実力主義を確立することにある。

  • 厳しさで勝つ
    Multicoinのチームは資金調達の場において厳しさを見せる。そして何より、その市場がどのように発展していくかを起業家に押し付ける。そしてアロケーションを確保するときにもそれが強さとなるのである。起業家たちは自分たちの考えを向上させてくれる人を求めているのだ。

  • 米国と中国の架け橋はユニークな価値を産む
    クリプトは世界的な現象だが、この分野の投資会社のほとんどは一定規模の地域に焦点を当てている。しかしMulticoinは異なるアプローチを取っている。中国に拠点を置くことで現地でのサポートと専門知識によりプロジェクトが新しい市場にアクセスするのを支援することができる。

ベンチャーキャピタリストは皆逆張りでありたいと願っている。多くのMediumの投稿やTwitterのスレッドがこの願望を追求するために書き込まれている。このような関心は虚栄心だけから来るものではなく、実際に革命的な人物にはお金が集まっているのだ。

VCは皆が同意しない正解を探すゲームなのだ。このうちの「正解」というのはわかりやすいだろう。しかし、この「皆が同意しない」部分の重要性は新参者が理解するのは難しいかもしれない。VCの存在場所は偏っており、ただ正しいだけでは不十分である。他の誰もが馬鹿にしたり無視したりするようなことについて正しくなければならないのだ。このような機会のみがモンスター級のリターンをもたらす。常識はほとんどアルファを生み出さないのである。

Multicoinはこの教訓を体現している。それは正しいだけでなく、声高な反対論者に直面しても正しいのである。彼らほど自分の信念を貫くためにこれほど愚かに見えることを厭わない会社はほとんどないだろう。

Multicoinはどのようにこれを行うのだろうか?真に逆張りであるファンドを運営するとはどういうことか?Multicoinの投資チームは、どのような要因で異質な勝者を見つけ、投資することができているのだろうか。

MulticoinとそのLP、そして投資先の起業家と過ごした時間から、私はMulticoinがこれらの質問にどのように答えているかを理解することができた。本日の記事ではMulticoinの投資プロセスを最初から最後まで探っていくこととしよう。

  • テーマの形成
    VCの中には新しいアイデアを生み出す偉大な起業家に投資するという日和見主義的な運用を行うものもある。しかしそれはMulticoinのスタイルではありません。

  • 機会の探索
    Multicoinの投資テーマが決まったら同じような彼らは世界観を持つプロジェクトを探していく。そのためには多少の雑音は許されない。

  • 投資先の評価
    Multicoinは第一原理的に正しいと思われる事業にのみ投資する。そのため投資先が決まらないこともある。

  • 盲点を明らかにする
    思考を研ぎ澄まし弱い主張を排除するため、Multicoinでは投資委員会をディベートのように運用している。

  • 大きな投資
    Multicoinは投資を決めたらその規模を考える。大きな賭けをすることがMulticoinの特徴だ。

  • 付加価値を作る
    例外を除き、すべての投資家は投資先企業をサポートしようとする。Multicoinは特に起業家と深く関わり、積極的に支援を行っている。

  • 積極的な倍増を図る
    Multicoinのアプローチのひとつは優れた投資先に対する更なる投資だ。彼らは他のVCが二の足を踏んでいるようなときでもこれを実行する。

さあ、始めよう。


Step1:テーマの形成

VCの比較の仕方はいろいろあるが、わかりやすいのは、「日和見主義型」と 「テーマ主導型」の間に位置づけることだ。

日和見主義型は急進的なイノベーションを予測することはできないと考える。その無知を認め、より明確な未来像を持つ先見性のある起業家を発掘することが彼らの最良のアプローチとなる。その基本的な姿勢は反応と受容だ。クリエイティビティに驚かされることに熱心で、目の前に現れたものを喜んで評価するのだ。Multicoinの共同設立者であるTushar Jainはこれを「Tinderでスワイプするようなもの」と表現している。

一方でテーマ主導型の投資家はこれとは異なるアプローチをとる。特定の市場やトレンドを研究することで予測可能な特定の視点にコミットするのだ。そして、このようなテーマ主導型の投資家は自分のメンタルモデルに合致する投資先を探す。このように、投資家は自分の視点を確立することで、どこに注目し、どのような属性を優先させるべきかをよりよく理解できるようになるのである。

両極の間には大きなグレーゾーンが存在する。日和見主義型の投資家も特定の領域を優先するし、テーマ主導型の投資家であってもある程度の柔軟性を持たなければならない。

Multicoinもその一端を担っている。Jainは「私たちはまずテーマから始めます。多くの投資家がそう言っていますが、私たちはそれよりもかなり極端な形です。」実際Jainは同社が優先するのは、投資先のスカウトではなくテーマの形成であることを強調した。

私は投資チームと、彼らの仕事は良い投資先を見つけることではないんだよとよく冗談を言うんです。良い投資先が見つかるかどうかは気にしません。良いテーマを見つけてほしいのです。そして、そのテーマに投資することでマネタイズしているのです。

Jainはこのフレームワークは実利的なものであると主張する。「何が真実なのかを知ることが何より重要なのです。」

それがMulticoinのテーマ形成の始まりだ。「何が真実なのか?」と問うことでテーマ形成が始まる。注目すべきはこれがヘッジファンドとベンチャー投資の両方に当てはまるということだ。同社は複数のビークルにまたがって一貫した戦略を実行する単一チームとして運営されている。SamaniとJainはどのようにMulticoinの新しい展望を形成していくかを話してくれた。

彼らまず有望なマーケットを特定する。例えば「DAO」のような抽象的なものを出発点としてより狭い範囲に対象を絞り込んでいくのだ。抽象が決まるとMulticoinはその空間における「次元」とその「構造」を理解することに取り掛かる。異なるチームがどのように機会に取り組むのか?なぜある特定の技術スタックを使うのか?どのような選択と譲歩が必要なのか?「トレードオフを理解することは特に重要である」とJainは語る。

トレードオフを理解することは正解がない最先端を走る上で有効です。「Xの方法で設計するつもりだが、Yを失うことになる」これを理解すべきなのです。

一度抽象を構造化するとMulticoinはその空間の最もエキサイティングな要素に焦点を当て「大きく絞った賭け」をする場所を探す。これは些細なことのように聞こえるかもしれないが、Multicoinの戦略を理解する上で非常に重要なことだ。彼らは特定の市場やビジネスモデルにこだわらないことを明確にしている。「『Play to earnは面白いからインド、フィリピン、アルゼンチンのPlay to earn企業に投資しよう』とは言いたくないんです」と共同創業者のKyle Samaniは言う。「そうではなく、投資先がレッドオーシャンでプレーする場合、彼らが構造的なMOATを築き、巨大なリターンをもたらすような独自のアプローチをとっている理由を明確にしておきたいのです。」と彼は付け加えました。

このような正確さへのこだわりは、MulticoinのようなファンドとTigerのようなファンドの主要な戦略的差別化要因の1つだ。どちらもテーマ主導型ではあるものの、Tigerはマクロトレンドに焦点を当て、有益と思われるアプローチを見つけたら市場全体で繰り返し投資する。一方でMulticoinはより外科的だ。

Multicoinの文章を読むとそれがどのように作用しているかがわかる。例えば2020年末には「Trade-offs in the Decentralized FTX Space」を発表している。Tushar JainとSpencer Applebaumによって書かれたこの文章は「分散型FTX」が出現する機会を概説し、さまざまなアプローチの長所と短所を語り尽くしている。JainとApplebaumは分散型デリバティブ取引所にとって望ましい10の特徴を挙げており、流動性をブートストラップできることや適度に高いレバレッジが可能であることなどが挙げられている。

Multicoinはこの論文を発表してから4カ月後、この分野の挑戦者の1つであるPerpetual Protocolへの投資を発表した。当然のことながらPerp.fiは深い流動性と高いレバレッジを提供し、チームが説明した目標の多くを誇っている。

この点でMulticoinはブログをビジョンボードとして使い、投資したいスタートアップを引き寄せるという、一種の「ベンチャーマニフェスト」を完成させているように見える。このブログをスクロールしてみると、最初の構想と最終的な投資との間に驚くほど直接的な関係があることがわかる。分散型ストレージに関する議論はArweaveへの投資へと発展し、スピードとスケーラビリティに関する考えはSolanaへとつながっている。

このパターンは、Multicoinがテーマ主導型であると自称するのはリップサービスではなくそのポートフォリオによって裏付けられていることを物語っている。

Multicoinは研究、開発、運用の3つのアプローチで運営することを好むが、パートナーシップには柔軟性が必要な時期があることを認めている。Samaniによると

私たちは市場がどのように展開しなぜ特定のチームが勝利するのかという理論に基づいて投資することを強く希望していますが、そのような確信が持てない市場もあるというのが私たちの結論です。

Samaniの推測ではMulticoinの投資のおよそ10%が後者のケースに該当するという。デジタル証明書を提供するProject Galaxyもその一つだ。Multicoinは市場がどのように変化するかについて確固とした見解を持っていなかったが、この起業家について確信を持ちGalaxyのチームが実行可能な戦略を追求していると感じたという。

Step2:機会の探索

Multicoinではテーマが決まったら企業を探す。他のVCと同様、インバウンドとアウトバウンドの両方が重要だ。

創業以来、Multicoinはインバウンドの関心を高めることに力を注いできた。JainとSamaniは当初から読者を増やすことの重要性を理解しており、そのおかげで彼らはこの分野で最高のクリプトの頭脳を1つを作り上げることができた。Multicoinはこの戦略に集中し、地理的にも拡大していった。2020年、Mable Jiangは同社の中国語版ポッドキャストを開始し、中国でナンバーワンのクリプト関連番組になったと指摘する。Jiangによると、英語版はベトナム、タイ、シンガポールのリスナーを獲得しているとのこだ。Project GalaxyのCEOであるHarry Zhangは彼らのメディアを通じてこのファンドを発見したと述べている。「Multicoinの人たちが発表した研究論文を読んだら、すごく良かったんです。」さらに彼はMulticoinは中国市場において「明らかな」Tier1プレイヤーであると付け加えた。

Multicoinはオーディエンス作りを伝統的なメディアに限定しているわけではない。実際、Multicoinの存在感の多くはSamaniが特に活発に活動しているTwitterで構築されている。先週の記事で述べたように、Multicoinの大げさな口調は一部の人を困らせるがそれは部分的には計算された戦略であるように思われる。公に出回った同ファンドの2018年版アニュアルレターには、SamaniとJainが「カニンガムの法則を頻繁に採用」していることが記されている。この法則は「インターネット上で正しい答えを得る最良の方法は質問することではなく、間違った答えを書くことである」というものだ。見た目とは裏腹にMulticoinの鋭いツイートは読者を煽るのではなく書き手に情報を与えようとするものなのかもしれない。Samaniは同アニュアルレターで「私のツイートのうち一定の割合が釣りだ。これはとても効果的だった。」と語った。ただSamaniとMulticoinはまたこの2年間でこのアプローチを和らげたようだ。

比較的新しい潜在的なインバウンドの源は、同社とSolanaとの密接な関係のおかげで明らかになった。この高速のレイヤー1チェーンが世界中に「ハッカーハウス」を立ち上げ、そのほとんどにMulticoinが参加しているという見事なマーケティング手法である。Solanaの次世代を担う開発者の多くが、自然にMulticoinに引き寄せられることになる。

予想されるようにアウトバウンドの努力によってもたらされるチャンスはかなりの割合になる。これは受動的また能動的に発生するものだ。一つは、Multicoinの社員は皆コンテンツに対して雑食であり、特にSamaniはこれに当てはまる。Samaniによると、彼は朝6時から4時間本を読み、会社のSlackチャンネルを関連情報で埋め尽くすという。ニュースレターの購読数は「うんざりするほど多く1日に30通は読んでいる」という。これらのニュースレターは彼が話を聞いたり追っておきたい企業から送られてくることが多く、また他の投資家や思想家の研究成果も含まれている。Samaniは「1日1時間はTwitterに費やす」という。アルゴリズムが彼の好みに効果的に調整されていることを考えるとこの時間は決して無駄ではないと彼は考えているようだ。また、アナリストやアソシエイトがチャンスを求めてDiscordやRedditを利用することもある。

Multicoinのチームは他の投資家やビルダーと話をすることでその視点を磨いている。他のVCの中でVariantとLibertusは、Jainから「自分自身で考える一握りのクリプトVC」として言及された。MulticoinのGPはまたGauntletのCEOであるTarun Chitraを特に頭の良い話をする人として名指しで挙げている。

こうした努力に加え、Multicoinは昔ながらの方法でビジネスを開拓している。特にファンドの初期には両パートナーは広範囲に出張し、ネットワークを広げ、業界の新進ビルダーに会っていた。Samaniは2018年と2019年の両方において、1年のうち120日は道路を走り、海岸から海岸へ大陸から大陸へとカンファレンスやハッカソンに参加していたと述べている。とにかくみんなに会ったSamaniは「そしてそれがとても重要だったことがわかった」と述べている。


Step3:評価

本番は投資家が評価する機会を得てから始まる。Multicoinhがテーマ主導であるため、案件を評価するための特別なレンズを持っている。

Samaniとの会話の中で、彼はMarc AndreesenのエッセイThe only thing that mattersを引き合いに出した。このエッセイや、チーム、プロダクト、マーケットの中で投資家はマーケットに焦点を当てるべきであると主張している。Multicoinはこの読みに賛同している。また特にマーケットがどのように展開するかを理解することが最も重要だと考えている。

その評価をするため、Multicoinはプロジェクトがどれだけ自分たちの市場観に近いかを調べている。Multicoinが最も重要視する有利な特性を備えているか、市場が発展したときにどうなるのか。Samaniはこれらの質問に答えることの重要性をこう語る。

私たちは市場がどうなると思うか、何を信じているのか、どの程度の確率で信じているのか、といったことについて膨大な時間を費やして話しています。

その目的はMulticoinがその投資の成熟度や最初の成功や失敗による2次的、3次的な影響について考えてることだ。この評価は何よりもファンド全体の評価の中心であり、後で述べるように投資委員会での会話もこの評価で占められているように思われる。

Samaniによれば、市場に対する評価と比較して「チームや製品に費やす時間は驚くほど少ない」という。それは優れた起業家は自分たちの仕事の新規性を説明するのに苦労することが多いからでもある。「起業家はほとんどの場合、自分たちのテーマを明確に説明できないことがわかりました。」とSamaniは言う。先週の記事でも触れたが、Solana創業者のAnatoly Yakovenkoがその例である。

こうした要因のほかに彼らはそのビジネスがシステム的にどのような優位性を持っているかを評価する。SamaniとJainはネットワーク効果や真理的アービトラージを評価の興味深いレンズとして挙げている。

ネットワーク効果については「ほとんどの人が誤解していると思う」とSamaniは言う。「ほとんどの場合ネットワーク効果は誇張されている。そして、ほんの一握りの人々はそれを劇的に過小評価することがある。ポートフォリオ企業であるHeliumはまだ過小評価されているかもしれない重大なネットワーク効果を持つビジネスの一例である。この分散型ネットワークはノードがシステムに参加するにつれて、より強力で高性能になる。

Multicoinの投資対象ではないが、Samaniは心理的アービトラージの例としてPoolTogetherを指摘する。このプロトコルはゲーミフィケーションされた貯蓄商品を提供している。ユーザーはお金を預けることでより大きな報酬を獲得するチャンスを得ることができるのだ。この報酬はDeFiステーキングによって生み出されるため、勝てなかった人もお金が返ってきて、加えて参加することでネイティブトークンのPOOLを獲得できる。PoolTogetherに長くお金を預けていればいるほど、POOLが増えるという貯蓄のインセンティブが働く仕組みになっている。

Multicoinの投資で欠陥があるとすれば、それは「第一原理的不適格」とみなすことだ。どういうことだろうか?要するに、そのサービスが意味をなさない、根本的な欠陥があるとチームが判断した場合だ。Multicoinはこの評価を真摯に受け止め、Jainは自分とSamaniのことを「第一原理のスノッブ」と表現している。

Multicoinのこの判断の厳しさはUniswapやYearn Financeなど、高パフォーマンスの投資先を逃す結果につながっている。この2つのプロジェクトは比較的無名な状態から時価総額でトップ100にランクインしている。Uniswap、完全希釈化後時価総額が106億ドルで、トップ25のエコシステムだ。

これらを逃したことは少しショックかもしれないが、Multicoinはそれほど気にしていない。SamaniとJainにとって、どちらのプロジェクトも第一原理的には不正解であることに変わりはない。Uniswapの場合、Multicoinは、このプロトコルは価格発見の方法として有効ではなく、システムの基本的な仕組みから取引手数料を追加することはできないと考えている。「他のすべてを同じにした場合、Uniswapが手数料を追加すればシステムは機能しなくなります」とSamaniは言う。そしてJainも「もしそうなればトークン保有者はマーケットメーカーやテイカーに厳しく寄生することになります。オープンソースの世界で寄生虫を飼いならすことはできません。彼らはフォークされるのです。」と語った。

MulticoinのYearnに対する懐疑論は、バリエーションはあるものの同様のロジックに従っている。Yearnは明確に手数料を徴収しているがJainはこの収益の耐久性を信じていない。「人々は現在、YFI手数料を支払うことを望んでいる」と彼はYearnのトークンに言及した。「それは明らかに起こっていますが非合理的です。そして市場は常に合理性の方に向かっています。」

このような評価は相当な熟考と手探りなしに得られるものではない。Yearnの場合、Multicoinは数カ月間に4回以上投資を検討した。「今となっては最初に見たからこその失敗です」とJainは言う。「ファーミングをすることもできたし、それをホールドすることもできたし、大金を手にすることもできたでしょう。でもそれを見逃してもいいんです。......それに今でも僕たちは正しいと思っています。」


規律ある投資とは、自分の考え方に合わないチャンスを逃してもいいということだ。Multicoinはそのコントロールを維持することに長けている。Jainが指摘するように「誰かが取引で儲けるのはOK」なのだ。このことを内面化できない人はJainが言うところの "Gotta Catch' Em All Disease "に陥る。Jain氏によるその症状の説明は以下だ。

「これは儲かりそうだ、自分も参加しなければ」と思うような誤謬があります。それは単なるインデックス付けに過ぎません。「あれもこれも持っていてこの取引を逃すとコレクションが不完全になる」と考えるより、信念を持って大きく展開することのほうがはるかに重要です。

Multicoinは取引を逃しても構わないと思っている。そして何より、支援する企業やプロジェクトに意味があることを確信したいのだ。

Step4:ディベート

有望と判断された投資案件は、最終的にMulticoinの投資委員会のいずれかにかけらる。多くのVCがこのような会議を開いているが、Multicoinのアプローチには不可欠なものである。SamaniとJainは、深く研究された確信のある投資を追求するため、新しいポジションにリスクと盲点を明らかにするための試練を課した。

まずは書くことから始まる。Mable Jiangはこのプロセスを「Multicoinで最も重要なことだ」と言う。チームメンバーはマーケットとその展開に特に注意を払いながら自分の視点をまとめたメモを作成する。これがあれば、投資家であろうとなかろうと、誰でも案件を持ち込むことができる。「我々はとてもフラットです」とパートナーのMatt Shapiroは語る。

そしてそのメモが出来上がると、他のメンバーも読み、コメントし、議論の穴を突いたり、異なる視点を提供することが奨励される。非同期で行われる議論は同期で行われる会議にも引き継がれ、しばしば激しい議論が行われる。パートナーでコミュニケーション責任者のJohn Roberts Reedはこのことについて次のように話している。

意思決定に至るプロセスは摩擦に満ちています。時には激しい議論もあります。そして時には立ち去ることや、口頭からテキストへ、そしてまた口頭へとコミュニケーションの方法を変えることも必要です。しかしそのような試行錯誤を経て、最も強固な戦いに耐えるアイデアが生まれるのです。

Jainは、生産的な対話をするための鍵は「頻繁にうまく反対すること」だと言う。どうすればうまく意見が言えるのか疑問に思うかもしれない。Multicoinの従業員にとってそれは2つの主要な要素に集約される。まず、相手を根本的に尊敬し価値ある視点をもっていると信じること。2つ目は、好奇心を持つことだ。具体的には「問題の本質にたどり着くまで、『何が足りないのか』と問い続ける姿勢が必要」とJainは指摘する。

すべての議論が解決できるわけではない。そのような場合、Multicoinはコンセンサスではなく納得のいく解決を目指す。最終的には、あるポジションの期待値がプラスになりそうなのかそうでないのかに行き着くことが多いとJainは言う。確信を持ちながら疑問を持つという、シンプルなフレームワークである。

もちろんすべての決断がこのような熟考を必要とするわけではない。MulticoinはSam Bankman-Friedとの関係を確立し、取引所に対する高度な理解を持っているため、FTX USの最近のラウンドに投資することを決めるのに時間はかからなかった。「8秒以上議論する必要はなかった」とSamaniは言う。

Step5:勝利

現在においてクリプトほどタイトな市場はないだろう。Paradigm, Electric Capital, a16zなどのセクター特化型ファンドが規模を拡大し、Haun Venturesなどの新参者が深い懐でレースに参入し、BessemerやBainなどの伝統的プレーヤーが勝負に出ることになった。

Multicoinはどのようにしてより大きなチームとより多くの資金を投入するファンドとの配分を勝ち取るのだろうか。それは、他のファンドが見送った有望なプロジェクトを見極め、難解な釣り場を選ぶことである。この三部作のPart1で述べたように、Solana、Helium、The Graphは大ヒットする前に資金調達に苦労している。

MulticoinがSamaniの言う「レッドオーシャン」で勝負するとき、いくつかの武器に頼る。1つ目は特にプロジェクトが活動している市場に対する純粋な興味と専門知識だ。

私たちについてよく言われるのは、最終的に投資するかどうかにかかわらず、私たちは通常、市場がどのように展開するかについて最も難しく、最も微妙な質問をするということです。その点については本当に厳しく追及します。それがおそらく取引を勝ち取るための最も効果的な手段なのです。起業家たちはこうした質問によってそれまで考えてもみなかったような方法で市場について考えざるを得なくなることを理解しているのです。

MulticoinはVCがサービス業であることも認識している。「起業家は自分のスピードで動いてくれる投資家を求めている」とJainは言う。そのスピードに対応するため、チームはすべての投資家に幅広く対応し、アウトリーチにはできるだけ迅速に対応することを心がけている。Samaniは「夜10時にメッセージの返信をするVCはあまりいないでしょう」と言う。

Multicoinがディールを獲得するために引くことを嫌うレバーの1つは評価だ。グランドスラムを達成する可能性を最大限にするためにMulticoinは価格規律の維持に努めている。もちろんどんなルールにも例外はある。「私はチームとはっきり言っている。バリュエーションに無頓着であるべき時と場所があるのだ」とSamaniは私たちの話し合いで付け加えた。しかしそのような事態が発生するとチームはルールブックを捨ててしまう。その一例がSam Bankman-Fried氏がSolanaを活用して構築した分散型取引所「Serum」だ。彼の評判を考えると、Serumは十分に評価されていた。しかしMulticoinはこの投資が迷走する価値のある投資であることを認識していた。「そして、Solanaでオーダーブックを作るというのは、Anatolyのビジョンだった。見過ごすにはあまりにも惜しい話でした。」

Step6:サイズ

Serumの高い評価額を補うため、Samaniは「積極的に」ポジションを拡大したことを指摘した。これはMulticoinのプロセスにおけるもう一つの重要なステップであるサイズ、つまり与えられた案件にどれだけ投資するかを決めることだ。

Multicoinのパフォーマンスをベンチャーのベンチマークと比較すると、上位4分の1、10分の1、パーセンタイルさえもはるかに超えた、荒野のような場所に位置することになるのだ。Multicoinがここまで成功した理由の一つは集中投資をする勇気を持ったことだ。業界の構造とトレードオフを理解することで大きな投資を行う確信が持てるのである。当然のことながら、MulticoinはManaging Partnerが共に強気の時に最も大きな投資をする傾向がある。「ainは彼とSamaniについて「私達2人は成功した企業すべてが好きでした。だからアグレッシブに投資サイズを大きくできたのです。」と語る。

投資の種類によっては、資金そのものがMulticoinのヘッジファンドやベンチャーファンドから提供されることもある。前述したように、同じチームが両者にまたがって働いており基本的な考え方は変わらない。「違いは流動性だけです」とJainは話す。

さらにヘッジファンドはMulticoinがショートポジションを取ることを認めているが、このファンドがショートポジションを取ることは少なくなっているというのが一つの特徴だ。暗号のスキャムプロジェクトの多さを考えるとなぜと思うかもしれない。実際Samaniは評判の悪いプロジェクト、特に持続不可能な経済モデルに依存するプロジェクトを暴く上で空売りが持つ価値について言及した。「空売りはスキャムを打破するための非常に興味深い方法です」と彼は言い、最近のプロジェクトであるOlympusをその一例として挙げた。Multicoinの空売り活動は潜在的なポンジに限定されたものではない。過去にはZcashc, Monero, Rippleのショートに成功している。

ではなぜその手法を撤回したのか。「ショートは利益を出すのが難しい」とJainは言う。「規格外のアップサイドというより規格外のダウンサイドがある。」さらに空売りは風評リスクをもたらし、MulticoinがVCを運営している今、それはより重要だ。「空売りは市場の効率を上げるが、ヘッジファンドが儲かり、他の人が損をするのは好ましくない」とJainは言う。

このようにMulticoinは奇妙な例外を除けばロングオンリーモデルに向かって動いているようだ。非常に長く、非常にアグレッシブに運用する傾向があるため、これは首尾一貫しているように見えるだろう。

Step7:積極的なサポート

Multicoinは決して手を抜く投資家ではない。投資先がより良く考え、より良く実行するための方法を常に積極的に探している。そのための努力は様々だが、まずは投資先企業のことを一番に考えることから始める。Samaniが言うに、

私たちは常に投資先とアイデアやニュースを共有しています。しかし「競合が現れた。彼らは脅威になるかもしれない!」というようなことではありません。それよりも「この記事を見て、あなたのやっていることについて考えさせられました。」というようなメッセージを送ります。こんなことを考えたらどうだろう、と。

この主張を起業家たちは否応なく支持した。Project GalaxyのCEOであるHarry Zhangは「彼らはこちらからお願いしなくてもどうしたら助けてくれるかを常に考えてくれている」と語った。Samaniは、自分が送るかもしれないメッセージの約80%は「特に役には立たない」けれども、それは問題ではないと付け加えた。「でもそんなことはどうでもいいんです。そのうちの20%は役に立つことになるのです。」Samaniは前述のようなメッセージを1日に約20通、ポートフォリオの起業家に送っていると推定しており、20%のヒット率は重要な意味を持つ。

Multicoinはアドバイスを提供する際にパーセンテージを重視するが、より具体的な支援も行っている。特にReedを通じて強力なマーケティングとPRの支援を行っている。LPのAdam Mastrelliは2018年にReedが加わったことを彼がもたらす新たな価値から「モニュメンタル」だと表現している。Multicoinの投資先はこの評価を裏付ける。The GraphのTegan KlineはReedを完全な学者 だと呼び、Solanaの共同創業者Raj Gokalは、彼がプロジェクトにPR、マーケティング、プロダクトのローンチ、コミュニティの管理について知っていることすべてを教えてくれた、と語っている。混乱しがちなクリプトの世界では、技術を理解し説得力のあるメッセージを作ることのできる人物は非常に貴重な存在だ。

Multicoinが提供するもう一つの価値はプロジェクトの中国進出を支援することだ。2019年にMable Jiangを採用して以来、同社は同国のエコシステムにおいてインパクトのある存在感を確立している。例えば2020年のSolanaのアジアへのエクスカーションの一環として、JianagはWeChatと国内のソーシャルメディアプラットフォームを活用した"ハイパーローカル"エンゲージメント戦略の立案を支援した。また事業開発の紹介も得意とし、Solanaの中国人人材の採用も支援した。1年半を経てJiangは「中国でのSolanaの認知度は格段に上がった」と指摘する。彼はHeliumとThe Graphにも同様の価値を提供し、両プロジェクトでその地域の人材の雇用を支援した。

Multicoinが大陸横断的なサポートを提供できることは稀有なことだ。中国にこれほど確立された基盤を持つ米国のクリプトVCは他にない。一方、HashKeyやFenbushiといった中国で最も著名なVCはアジアに焦点を当てたままだ。SamaniはMulticoinのアプローチについて次のようにコメントしている。

クリプトの資本市場は本質的にグローバルです。私たちは早くからこのことを認識しており、主要な文化の知識をチームに集約することで、すべての投資先企業を支援しようと努めています。

PRや中国市場の専門知識だけでなく、Multicoinは状況に応じて他の方法での付加価値にも意欲的なようだ。例えば、Part1で紹介したように、HeliumのトークノミクスにおいてMulticoinは影響力のある役割を担った。Mongにとって、このエピソードはMulticoinが目指す柔軟性を象徴するものだ。「彼らがポートフォリオにテンプレート化されたアプローチを用いていないことは明らかです。」

最後に、Multicoinは進歩的なクリプト規制を提唱することで投資先を発展させようとしている。昨年、元Chapman and Cutler PartnerのGreg Xethalisが入社し、社内の法務を統括し、ワシントンでのMulticoinの活動を指揮するようになった。Xethalisは以前に初のビットコインETFの提案に携わり、この分野で9年間、いくつかの著名なクリプト企業の代理人を務めた。今回の取材で、彼はMulticoinが「DCに関わりたいと考えている」と述べている。特に彼は "常識的な "法律のための2つの優先順位を概説した。1つ目は、ビットコインやその他のデジタル資産を税制面でどのように扱うべきかを確立すること。もう1つは、"一定のガードレール "はあるもののオンショアでの成長を可能にするネットワーク・ローンチとDeFiのフレームワークを構築することだ。この業界の問題を解決する唯一の法律は存在しないが、彼と同社は米国で緩和的な環境を提唱することに熱心であることをXethalisは認めている。Multicoinの規制への関心は自社企業を積極的に支援するもう一つの方法だ。

Step8:積極的について行く

苦労して学ばなければならない決断もある。2019年、Multicoinは早々に行動し、BinanceのネイティブトークンであるBNBを購入した。その後の3年間でBNBが6,300%以上上昇したことを考えるとそれは効果的なトレードだった。しかしMulticoinは上昇の一部を逃した。「私たちはそのポジションをあまりにも早く切り捨ててしまったのです。」とJainはため息をつきながら振り返った。「まだ少し持っていますが、もっとたくさん持っていたはずでした。この時我々は、勝者は放っておけばいいということを学びました。」

幸いなことにこれは数少ない判断ミスであったようだ。Multicoinは勝者を減らすのではなく勝者に寄り添ってきた。再三語っているように、MulticoinはSolanaの初期に信じきれていない他の投資家からSolanaの株式を購入した。SamaniとJainは同様にHelium, The Graph, その他数社に追加投資を行った。FTXのトークンであるFTTを購入した後、チームはSam Bankman-Friedの仕事を綿密に追跡し、Serumの創設を支援し、FTX USの最近のラウンドに参加した。Multicoinは他の投資家が反対しても自分たちが勝者であると感じたら2倍、3倍と投資していくのだ。


Multicoin Capitalはベンチャーキャピタルの中で最も稀な「逆張り」という称号を得ている。コンセンサスのない投資先を選び、その正しさが証明された歴史がある。それを実現するためには、Twitterでの派手なアピール、生意気なマーケティング、挑発的な会議よりもずっと多くのことが必要だった。それは「自分の頭で考える」という当社の最も基本的な信条がもたらしたものだ。

最終章となるPart3では、未来に目を向け、ファンドが次の勝者をどこに求めるのかを探っていこう。

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