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マツダ・ロードスターとの出会い

 「免許持ってない人いる?」と新卒で入社した会社の、入社前座談会で聞かれた。当時無免の俺は手を上げようと思ったんだけど、なんと俺以外の全員が免許を持っていた。手は上げなかった。
 ということで、急遽車の免許が必要になった俺は、急いで免許を取得しにいった。座談会があったのが12月で、免許を取得したのが2月なので、かなりの急ピッチだった。
 無事免許を取得した俺は、お得意の浪費癖ですぐ車が欲しくなった。ロードバイクとかにハマってた時期もあり、わりと車アンチだった(※車乗ってるとロードバイク嫌いになるし、ロードバイク乗ってると車嫌いになる)のに、こうも簡単に裏返るのか、と友達に呆れられたのを思い出す。
 派手な車が良いと考えていて、そんな単純な思考回路でなんとなく黄色の車を探していた。日頃、デジマートでギターのジャンルを絞らずに「中古」「ビンテージ」だけで絞る俺にとっては、理想の車を見つけるのにそう時間はかからなかった。目が覚めるような、鮮やかな黄色のオープンカーだった。

 その名を、マツダ・ロードスター NB6Cという。もともと車に「バックモニター」「カーナビ」「4人乗り以上」を求めていたが、見事なまでに真反対と言える車だった。しかし、そんなことはもうどうでもよくなった。全然車の買い方がわからなかったので、当時出たばかりのボーナスを併せた貯金と、親から借りた金を併せて、60万円の現金を持って車屋に向かった。
 現地で初めて目にして、その車体の小ささに驚く。今どきの車はだいたいデカくて、軽自動車ですらトールワゴン(背の高いタイプ)が流行っているので、それらとは対照的な地面に張り付くようなクーペ型のボディと、5ナンバーのコンパクトさがそう思わせた。


 運転席に座ってみて、その狭さにも驚いた。まるで、戦闘機のコックピットだった。天井が低く、身長180センチの俺では、頭がこすれるかこすれないかの瀬戸際である。狭いフロントウィンドウから見えるコークボトルのような流線型のフロントフェンダーが美しい。
 恐る恐るアクセルを踏んでみると、スポーツカー特有の軽快な排気音がする。その瞬間、このクルマは俺のものだ、と思った。
 貯金がすっからかんになった。

 初めて乗った車がこれだったので、色々と苦労があった。自分の運転技術の未熟さから来るものとしては、張り出したボディゆえ後ろが見づらく駐車が難しいこと、アイポイントがかなり低いので、視界がかなり悪いこと。あとはオープンカー特有の問題ではあるが、雨漏りとか。
 まあ言い出したらキリはないけど、そんなこと本当にどうでもよくなるぐらい、楽しい車だった。晴れた日にオープンにして走ると、たったそれだけでその日が特別な日になるし、カーブを早めのスピードで曲がっただけで、主人公になった気分になれる。コンビニから出て車に戻るとき、その美しくも可愛らしいフォルムに、所有欲が満たされる。
 ロードスターとの出会いが、俺の運命のターニングポイントだった。ロードスターを買ってからドライブの楽しさに目覚めた俺は、ほぼ毎日ドライブをしていた。そこで車の自由さというものを知った。休日はほぼ外に出なかった俺が、車でなら毎週出かけられるということを知ったし、あんなにに怖かった運転も、慣れたらこんなに楽しいなんて。
 そこで気付く。俺は外が嫌いなのではなく、電車が嫌いなのだと。名古屋は地下鉄がかなり発達していて、どんな場所に住んでいてもだいたい徒歩20分圏内で地下鉄の駅がある。そのため、車を持っていない人間にとって移動=地下鉄に乗る行為に等しい。
 名城線の八事付近はイヤホンを貫通するレベルで音がうるさい。通勤ラッシュの電車に身体をねじ込むのも嫌だ。結構な頻度で変な人が居るのも嫌だし、臭いし、本当に、全てが嫌。
 そうした生活を続けていく中で、もしかしたら、名古屋よりも俺に合っている土地があるのではないか、と考え始めた。それこそ、車通勤が出来て、ドライブするとすぐ自然が見えて、友人が多い東京にもアクセスしやすい土地があるのではないかと。自動車アンチだった男が、いつの間にか、車中心の思考に変化していた。

 そういうわけで、俺は今群馬県に住んでいる。ロードスターとの出会いがなければ、俺は今頃、名古屋に居たのか、死んでたのかわからないが、車との出会いがここまで運命を捻じ曲げてしまうなんて。今後、同じぐらい俺の運命を変えるモノに、出会えるのだろうか。


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