アバターを活用したスクールカウンセリングサービスを開発:vroom・諸戸隆宏
不登校の小中学生は増加傾向にあります。文部科学省の2022年度の調査によると、2012年〜2022年までの10年で不登校者の数は約2.7倍に増加しました(*1)。
また、自ら命を絶ってしまう児童・生徒の数も増えており、同調査によれば、高校生を含む自殺者の数は10年前の2.1倍に増加しています(*2)。
株式会社vroomの諸戸隆宏(もろと・たかひろ)さんは、心に悩みを抱える子どもたちを助けたいとの思いから、学校向けに、アバターを活用したオンラインのスクールカウンセリングサービスを開発しています。
アバターを活用したスクールカウンセリングサービス
心理学の専門家であるカウンセラーが小・中学校などの教育機関に出向き、在籍する児童や生徒たちの話を聞くことによって心のケアをする「スクールカウンセラー」という制度があります。
文部科学省の施策として1995年に開始され、現在は9割以上の小中学校がスクールカウンセラーを配置するまでに浸透しました。
諸戸さんは、現在対面(リアル)で行われているこのスクールカウンセリングをオンラインで、かつアバターで実施できるサービスを学校向けに開発しています。
「現行のスクールカウンセリングにはいくつかの課題が指摘されています。1つは、相談できる時間が短いということ。上図のとおり、小学校の約76%、中学校の約36%が週4時間未満の実施となっています。しかも、そのうちのほとんどが授業時間中なんです。
また、スクールカウンセリングは学校内で行われることや教師に予約をお願いする必要があるケースが多いため、秘匿性が低くなってしまうことも課題だといえるでしょう。
そして、不登校の子どもは学校に行くこと自体を苦痛に感じる場合が多いので、カウンセリングを受けるために学校に出向くということは、子どもにとって心理的な負担になります」(諸戸さん)
こうした課題を解決できるのが、諸戸さんが開発しているオンラインのスクールカウンセリングサービス「vroom(ブルーム)」です。子ども自ら、アプリ上からカウンセリングの予約、利用ができます。そして最大の特徴は、アバターを活用することで、相談者とカウンセラーの双方が顔を出さずにやりとりできることです。
「相談者の中には、名前や顔を出したくないという人が多くいます。とはいえ、カウンセリングの性質上、相談者の表情や動きは重要な情報の1つですし、テキストでのやり取りでは信頼関係を築くのが難しい側面もあります。
その点、アバターであれば顔の表情がキャラクターに反映されるため、相談者はカウンセラーに親しみを感じやすくなりますし、人間でなくキャラクターに話しているようにも感じられ、警戒心なく、構えずに話せるのではと考えています。またカウンセラーとしても、相談者の表情をカウンセリングに生かせるというメリットがあります」
アバターのほか、通常のビデオ通話やチャット機能も盛り込まれているvroomでは、相談者が自分の希望に合わせて手段を選択できます。
自身も経験した、悩みを誰にも相談できないつらさ
諸戸さんは慶應大学大学院理工学研究科を修了後、2016年に日産自動車株式会社に入社。カーナビゲーションシステムのソフトウェア設計やプロジェクトマネジメントに従事しました。
そんな諸戸さんがメンタルヘルスの領域で起業をしたきっかけは、子どもの頃の経験にありました。
「私自身、小中学生のときに心を病んでいたことがあり、誰にも相談せずに我慢していたんです。」
小学5年生のときに野球クラブでお世話になっていた友だちの父親が亡くなったことをきっかけに、諸戸さんは「死」を強く意識するようになっていきました。そこから不安症のような症状が出たり、人間関係で悩んだりと、つらい時期を過ごしたことを、諸戸さんは当時を振り返りながら話してくれました。
「大学の学部を考える時に、心理系の勉強をすることも考えましたが、問題点はメンタルヘルスに対する抵抗感であると当時から考えていたため、テクノロジーとメンタルヘルスを組み合わせて、気軽に心のケアができるサービスを作りたいと考えていました。
就職活動でもメンタルヘルスの業界を調べたのですが、自分の中でこれだと思えるサービスや会社がなかったので、この領域で仕事をするなら起業しかないという考えでした。日産自動車入社後は、仕事にまい進しながら産業カウンセラーの資格を取ったり、Webのアプリ開発のスクールにも通ったりしました。
そんな中、顔を出さずに感情表現ができるVTuberを見て、これはカウンセリングとも相性が良いのではないかと思いつき、このアイデアで事業を立ち上げようと思ったんです」
メンタルヘルスやカウンセリングをもっと身近なものに
日産自動車を退職した諸戸さんは、2022年に株式会社vroomを設立。アバターを活用したオンラインカウンセリングのサービスを個人向けに運営しています。
個人向けから学校向けへとサービスを展開する理由を、次のように話します。
「社会人であれば、つらいときに自分で病院に駆け込むことができます。しかし子どもは自分で判断して病院に行くのが難しいと思うんです。まずは誰か身近な人、例えば親や教師に相談して、どこかにつなげてもらわなくてはならないでしょう。それを考えると、子どもが第三者に話を聞いてもらう機会を得ることは、なかなか難しいのではないでしょうか。
また、日本にはまだメンタルヘルスやカウンセリングに対する偏見があると思っています。カウンセリングを受けていることを人に言えないとか、恥ずかしいとか、そういう文化を変えていきたいですね。
そのためには、子どものころからそうした価値観を持ってもらうことが一番良いのではないかと思っています。また、大人になると自分でお金を払わないとカウンセリングは受けられませんが、スクールカウンセリングなら国や自治体の制度なので無料で受けられます。
子どもだからこそ得られる貴重な機会を利用して、カウンセリングを身近なものにする文化を醸成していきたい。そうした思いもあって、スクールカウンセリングに参入することを決意しました」
折しも2023年は、文部科学省がスクールカウンセリングのオンライン化を推進する取り組みをスタートした年。このことも大きな後押しとなり、諸戸さんはスクールカウンセリングに事業の舵を切りました。
誰にも悩みを相談できない子どもをゼロにする
オンラインのスクールカウンセリングサービス「vroom」は、2024年3月にβ版のリリースが予定されています。諸戸さんは現在、自治体や教育委員会へのインタビューを行いながら、開発を進めています。
「メンタルヘルスは人生で挑戦したいテーマ」と語る諸戸さんに、このサービスに取り組む思いと、到達したいゴールを聞きました。
「人生において、幸せになることを目標にしている人は多いと思いますが、幸せを感じるためには、心の健康は不可欠です。それなのに現在の日本では、体の健康に対しては軽い風邪でも病院に行くのに、心の健康に関しては学校や仕事にいけなくなるまで無理してしまうのが一般的です。最終的には体の健康のように、気軽に心のケアをできる社会を目指しています。
また、弊社では『誰にも悩みを相談できない子どもをゼロにする』をミッションに掲げています。不登校に関しては、無理に行かない方がいい人もいるので、そこをなくすというよりは、悩んでいるのに相談ができていない子どもたちをゼロにすることを目指し、この事業を推進しています」
株式会社vroomについて>