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まとめ出しがしたくてCD12万円分買ったけど運営スタッフに怒鳴られて終わった

握手会。
CDなどに封入されている握手券(1枚につき秒数が決まっている)と引き換えに、推しと握手ができる、地下アイドルや若手俳優界隈でよく行われる販促イベントです。(いわゆるAKB商法とか呼ばれているやつ。)

まとめ出しとは、何度も何度も周回して、最後に残った者が残りの券をまとめて出し、その枚数×決められた秒数、推しと2人で話すことができる、という夢のようなシステム。
私の推しはアーティスト活動をしており、例に漏れずCDのリリースイベントでは握手会が行われていました。毎回最後に残った数名(だいたい5〜6人)はまとめ出しをするというのがお決まりです。

私はどうしてもまとめ出しがしたかったのです。

我々若手俳優オタクが推しに直接思いを伝えられる唯一の機会が接触イベント。しかし通常は5秒から長くても10数秒ほどの話。積めば積むだけ推しと話せるまとめ出しは憧れでした。
推しがはじめてCDを出した時からずーっと、まとめ出しをする強いオタクを横目で見ながら、いつか自分もまとめ出しがしたいと、ずっとずっと思っていました。夢でした。
ニューシングルが発表された時、今回は絶対にまとめ出しをしようと決めました。一生に一度でいい、私はどうしてもまとめ出しがしたかったのです。

だいたい毎回のリリイベの周回数は10周から多くても15回、そのあとは残ったオタクがまとめ出しという流れです。

だから、握手券1枚5秒として、例えば1分まとめ出しがしたいと思ったら、周回分約15枚+12枚の握手券を揃えなければなりません。
CDには必ず握手券が封入されているのではなく、ランダムで握手券が入ります。だから買いました。CDを60枚買いました。
握手券は29枚入っていました。

約12万円。
これは私にとってはかなり無理をしたお金のかけ方でした。なぜなら手取り16万(※当時)。一人暮らし、奨学金の返済アリ。足りません。
昼だけでなく夜の仕事も増やしました。
今思えばもう少し頑張れと思いますが、これでも必死で稼いだ金です。それでも、ひとつ夢が叶うのだからきっと安いものなのです。そう信じていました。

もちろん、まとめ出しおまいつの強いお姉さんたちは数百枚あるいはそれ以上買っているのです。私のようなケネナシ弱小オタクにはそれは無理。
しかし今までのシステムであれば他のオタクがどうとかじゃなく、とりあえず周回の最後まで残れたらまとめ出しができるわけです。
とにかく私はまとめ出しがしたい。そして、29枚あれば、まとめ出しができる。私の計算では最低でも1分10秒はできる計算です。
1分10秒も推しと話ができるなら、もう私には思い残すことなどありません。

浮かれまくるオタク

朝、私は4時には目が覚めていました。というよりも、眠れませんでした。

アラサーが死ぬほどワクワクし、2時間かけて顔面を塗装、ヘアメをするために美容室に行き、優先エリアでライブを見るために9:30から1時間並びました。
異臭がするタイプのオタクと、腕の毛が未処理でメガネが脂で曇っているタイプのオタクに挟まれてしまった上、整理券の番号は大変クソだったのでいつもなら不機嫌案件でしたが、この日は全く気になりませんでした。
なぜなら今日私はまとめ出しをするのです。ガハハ。

ひたすらに調子に乗っていました。

最高の推し

ライブが始まりました。
久々の推し。こんなに暑いのに、推しを見ていたら暑さなんかどうでも良くなってしまいます。まあ死ぬほど暑かったのですが、心頭滅却せば火もまた涼し、と自分に言い聞かせ、出来るだけ汗が出ないように頑張りました。現場でのオタクというものは自分の汗腺までをコントロール出来ます。プリンセス天功の如く。

「夏の終わりをイメージした曲。終わりというのは成功して終わることもあるし、失敗という結果もあるけれど、それでもまた前を向いて進めるような曲にしました。」

これは推しが作詞した曲について推しが語った言葉です。この言葉が数時間後、私をメッタ刺しにすることを私はまだ知りませんでした。

1回目のライブ後の握手会は1回だけにしました。なぜなら2部後にまとめ出しをするからです。
今回の剥がしはいつもより早いな?となんとなく感じましたがそんなことは私には関係ありません。
なぜなら私は今日まとめ出しをするので。ガハハ。

推しはいつも通り最高の笑顔で「ありがとう!」と言いました。

絶望のLINE

2回目のライブまで時間を潰そうと、ひとり喫茶店でコーヒーを飲んでいました。
すると、交流のあるオタク(いわゆる強いオタクでまとめ出しおまいつのお姉さん。数百枚積む世界)から衝撃のLINEが来ます。

「今回まとめ出しさせてくれない」

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そのオタクは1部の握手会から、いつも通り全ての回でまとめ出しをする予定で周回をしており、いつもは10周程度でまとめ出しになるところが27周目に入ったと。疲れたから抜けたと。そういうことでした。(あとから聞いたところ、最後まで残ったオタクに聞いたところ40周以上になったという。これはさすがにバターになってしまう。)

今回から運営がまとめ出しシステムを廃止。

今回からは絶対にまとめ出しをさせないと。最後の1人にならなければまとめ出しはできない、いわゆる鍵閉め方式を採用したわけです。

とはいえ、この時点ではまだ私は信じることができませんでした。だって12万使ったし。何かの間違いかも。2部のあとの握手会ではまとめ出しさせてくれるかも。という淡い希望をまだ捨ててはいませんでした。

それでもライブの時間はやってきます。
完全に元気がありません。あの後LINEをくれたオタクに呼ばれて一緒にお茶をしましたが、トイレに行って全て吐きました。

地獄の開門

握手会が始まります。

推しの手前にいるスタッフに握手券を渡し、推しとの握手へオタクたちはぞろぞろと連なっていきます。

1周目〜5周目くらいまでは沢山のオタクの中に紛れて、推しの答えやすい質問を投げかけます。
ここまではいい、しかし今回なんせいつもより剥がしが早いのです。推しに質問終わったくらいでスタッフにどつかれます。(推しは何か返そうとしてくれていますが。)
今までの接触で一番早い。早口になるしかないので、通常の5割増しのキモいオタクです。
後からわかったことですが、今回は握手券1枚で3秒だったらしいのです。私のオタク時計は正確でした。

10周目を超えてくると、質問が無くなってきます。そりゃそうだ、こちらはまとめ出しの時に伝えることしか考えてきてない(勝手なオタク)。

それでも推しは、一生懸命に打ち返してくれます。
疲れてない?に対して全然元気!ありがとう!と笑顔で答える推しの優しい嘘。明らかに疲労困憊している推し。
それでも握手券を使い切るまで周回をやめる気のない自分の薄汚い根性がキモすぎました。私のくだらないエゴのせいで推しを疲れさせているのがただ辛く、そして俯瞰的に見る自分のキモさがつらかった。
オタクというものは基本的にキモいのですが、必死なオタクというものは本当にキモい。

運営スタッフにどつかれ、まるで犯罪者の如く剥がされても、推しはオタクの手をギュッと握ってギリギリまで離しません。推しのお得意の手ということはわかっているのですが、それはやっぱり嬉しいのです。

20周を超えると、周回しているのは私を含めて3人ほどになり、その状況はさながらシャトルラン。死ぬほど嫌いだった体力測定の、中でも一番嫌いだったシャトルランをアラサーにもなって、しかも推しの前ですることになるとは夢にも思っていませんでした。流石にこうなると自分の汗腺をコントロールすることは難しく、改めてプリンセス天功の凄さを感じます。

少しでも周回が遅れると、握手券を回収しているスタッフからあからさまに嫌な顔をされ、「列詰めてください!!!」と怒られました。3人しかいないのにそれでも列と呼ぶのか、これを。
3人しかいないので、大袈裟ではなく駆け足でないと間に合いません。そして、3人の気まずさ。「列詰めて下さい!」状態なのでお互いに推しとのやり取りが丸見えなのです。その辺りは推しも考慮してくれているのか(いや判子対応というのもあるけど)、まあ同じような対応ではあるものの、やはり他の人と推しのやり取りは気になるもの。3人のオタクとそして推し。気まずさでゲロが出そうでした。

こんな意味不明な12万の使い方がこの世に存在するのか。

最後の一枚、「これで終わり。ありがとう」と推しに伝えると、推しは「ありがとう、また来てね」と言って長めに握手をしてくれました。全員にやっていることはわかっていますが、やっぱり嬉しかった。

29周もして、伝えたかったことは何も伝えられませんでした。それが悔しくて、悲しくて、鍵閉めのまとめ出しがされているであろうカーテンの向こうを想像しながら唇を噛むしかありませんでした。
最後の1人が終わり、推しが出てくる。
全日程が終了。

自分を殺したい

ものすごい数のオタクたちが会場を後にする中、私は動くことができずにいました。あれだけ周回して何も推しに伝えられなかった虚無感。呆然とするしかありません。
LINEをくれたオタクが私を見つけ、手を振りながら駆け寄ってきた瞬間、涙が止まらなくなりました。めちゃくちゃキモかったと思います。

あの気持ちはどう言葉にしたらいいかわからないけれど、達成感とかそんな良いもんじゃなく、ただ、私如きがまとめ出しに憧れてしまったことを、12万程度でまとめ出しが出来るなんて浮かれた自分を、ただただ恥じていたのです。とにかく、恥ずかしさで自分を殺したかった。

私のような貧乏人はただ、鬼のような握手券の束をチラつかせるオタクを横目に指をくわえて見ているくらいでちょうどよかったのです。身の程を知らない弱いオタクなんかがまとめ出しをしようだなんて。

惨めです。

後にも先にも、あの時くらい惨めな気持ちになったことはありません。
結局私は会場をあとにする数百人の中の1人というだけで、3枚くらいしかCDを買っていないオタクと何も変わらないばかりか、むしろ、3枚しかCDを買わなくても楽しめているオタク以下。
ただ人より少し多めにシャトルランをして、推しを疲れさせただけのオタク。
私より後に残った2人や、事情を知る仲の良いオタクには、私はまとめ出しさえ出来ない弱いオタク、と、かわいそうに思われているのでしょう。
事実、こんな惨めな気持ちになるために、私は死ぬ思いで仕事をして稼いだ12万を使ったのでした。

推しの握手会が教えてくれたこと

どんなに頑張っても、たとえ根拠があって確実だと言える準備をしたとしても、それでも叶わないことはありました。
強いオタクたちを監視し、行動が一番強いと学び、行動することを大事に一生懸命に頑張ったけれど、それも絶対ということはないのです。
あくまでも、行動することは運を引き寄せて自分のものにするための手段であり、結果ではないのです。

金を使えるということは強い。
若手俳優オタクという生き方は人生を学ばせてくれます。

サポートありがとうございます! 全額しっかりと推しに使わせていただきます。